危ないかもしれない、と思った時にはもう、
目の前にナイフを持った4人組がいた。
「死にたくない」と思った。
心臓がすごい速さで鳴っていた。
打開策を考えたり迷ってりする間も無く、
すべての荷物を奪われ、
彼らは車でどこかで走り去った。
真っ暗闇の田舎道に、ひとり取り残された。
念のため体を動かしてみて、
痛みがないことを確認した。
鼓動の高まりはしばらくおさまることはなく、
静寂を噛みしめ、拳を強く握った。
偶然ポケットに入っていた、
パスポートとipadが盗られていないことを確認した。
どうにか旅は続けられそうだというのが唯一の救いだった。
とりあえず街まで行かないと、
と遠ざかりそうな思考をなんとか繋ぎとめ、
誰に向けてかわからない平静を装って歩いた。
泊まる予定だった宿に着いたのが深夜2時頃。
事情を説明すると、
お金はいらないからとりあえず今日は休みなさいと、
ベットを準備してくれた。

日本からの送金や、警察関連の手続きが終わって、
これから先のことを考えていた。
タジキスタンに西から入った場合、
何人かで車をチャーターし、1週間くらいかけて、
キルギスへ抜けるのが一般的なルートになっている。
ほんとはすぐにでもその仲間を探さないといけないけれど、
強盗にあってから、なんだかやる気が出なかった。
考えるのが面倒になって、
布団から出たくないと何度も思ったし、
笑いかけてくれる人にもうまく反応できず、
靴のかかとを踏むことへの罪悪感も感じなくて、
そういったことの全てが、すごく悲しかった。
いつも通りに過ごせなくなっている自分が嫌だった。
そんな時、同じ宿に泊まっている
ドイツ人のグループが声をかけてくれた。
必要なものは全部貸してあげるから、
一緒にキルギスまで行かないか、という誘いだった。
ありがたすぎる誘いを断る理由はなかった。
次に進もうと、気合が入るのがわかった。
当たり前に続いていた毎日を、当たり前に続けようと思った。

強盗にあったという過去は変えられない。
そして、それをよかったと思うことなんて決してない。
けれど、それによって未来まで変えられるのは、ごめんだ。
取られた荷物は戻ってこないし、
命あるだけ良かったなんて思えないし、
だからみんなの優しさに気づけた、
みたいな美談で終わらせるのも癪だけれど、
これ以上、奪われてたまるかと思った。
時間をチャンスをこれからの旅を
僕のものとして守っていこうと思った。
生きているなら、
生きていこうと思ったし、
きっと、生きていけると思った。
「生きている」と思った。
(つづきます)