HOLAND
オランダは未来か?

サッカーワールドカップのファンが言ったものだ。
オランダチームのサッカースタイルが、
「現代サッカーへの新しい提案」であったことを。
ニュース好きなら知っている。
オランダの麻薬中毒者は、公費で麻薬をまかなってもらっていることを。
旅の好きな人々は、アムステルダムの自由な雰囲気を口々に語る。

堤防に囲われた人工の領土。
海が怒れば、もろとも消えてしまうかもしれない国。
栄えて、静かに世界の盟主の座を退いていった国。

オランダは、ひょっとすると、
アメリカ以上の「実験国家」なのかもしれない。
どうしょうもない人間たちが、未来と折り合いをつけていくための
さまざまな試行錯誤が、ここにはあるような気がする。

「ホ〜!ラント」第18回目
【トム・ホフマン、インタビュー】その4
その1その2その3を読んでいない方は、そちらからどうぞ。

トム・ホフマンのインタビューの最後の回です。
トム・ホフマンはインタビューの後、私と通訳の人を
ホテルの自分の部屋に招いてくれました。
その部屋には彼が撮った素晴らしい写真がたくさんあり、
その写真のひとつひとつを丁寧に説明してくれました。
その小さな部屋の中の彼の姿から、
世界の中にただひとりでいる人、というような感じが
電気のように伝わってきました。
では、トム・ホフマンインタビューの最終回をどうぞ。

オランダの人は自分たちの社会を外に対して
オープンにしていて、それでもオランダ人という
アイデンティティを失わないのはなぜなんでしょう?
Hoffman オランダ人がオランダに対してアイデンティティを
そんなに持っているとは思いません。
もしオランダで100人の人に通りで会って、
オランダの国歌を歌ってくれって言ったとしたら、
そのうち15人くらいがせいぜい最初の何小節かを
歌えるくらいではないかと思います。
例えばオランダのサッカーの選手で
とても有名な人でも、別に自分の国のチームに
参加したいという意識はないです。
彼らはオランダでもどこでも、
もっと金の稼げるところに行きます。
それは現代のオランダ人の考え方です。
そうするとアイデンティティを持つところというのは、
国でも民族でもなく自分の財産とか家族とかに
なっていくんでしょうか。
Hoffman 私の両親はスペインに住んでいます。
父はインドネシアで生まれたんですね。
はあ〜。ぜんぜん違うんだなあバックボーンが。
Hoffman 私自身も半年は自分の仕事で
オランダにはいないですね。
ですからオランダ人だということを
あまり意識していません。
世界にはホフマンさんの感覚とは
対極的な人たちが大勢いますよね。
例えば白人中心主義とかがあるでしょう。
あるいは国家意識の強いところも
たくさんありますよね。
そういう人たちっていうものは、
ホフマンさんのようなインターナショナル、というか
国家への帰属意識が薄い方の目で見ると、
どのように見えるんですか?
Hoffman ……むずかしい(笑)。
しかし、いい質問です。
これは私の個人的な考えですが、
旗の下に集まる、旗に従っていく人というのは、
個人としてのアイデンティティを求めようとして
逆に失っているのではないかと思います。
個人ということ、インデヴィジュアルという
言葉のラテン語の語源は「分けられないもの」
という意味です。そういう意味での個人性を、
熱狂的なサッカーファンとか、
ああいうふうになると逆に失っているように思えます。
はあ〜そう感じるんですか。
印象的なご意見を聞けてうれしいです。
Hoffman このインタビューを受けながら
いろいろなことを感じているんですけど、
インデヴィジュアルというひとつの核になりたいと
思う者が集まって、オランダの社会というものは
出来ているという気がします。
だからそういう意味では
社会と個人のパラドックスがありますね。
日本人は戦争に負けるまでは
国というものにアイデンティティを持っていたと
思うんです。でもその国が戦争に負けて、
それから戦後の時代には今度は勤める会社に
アイデンティティを求めたってことになると思います。
でもそれがまただんだん崩れ始めています。
大きな会社もつぶれていきますからね。
地域も家族も崩れ始めて、
それで今や本当にいやおうなしに
インデヴィジュアルになりつつあるんです。
でもそれが急激に過ぎるのか、
バックボーンがないままに
素っ裸になっていくような不安が
あるんだと思うんです。
それで精神的な不安、無気力とか不眠とか
関係障害とかのような問題が
起こってきているんだと思います。
そこへいくと、オランダの人というのは
インデヴィジュアル慣れしてるというんでしょうか、
かなり筋金の通ったインデヴィジュアルの
保ち方をしているように見えるんです。
精神的にも安定してビョーキになることなく
外へ開いていける、そういうひとりを保つあり方に
とても興味があるんです。
Hoffman インデヴィジュアルであること、
個人主義的であるということが絶対的にいいことか、
というのは疑問です。
それは最初にお話した、
オランダの若者たちが抱いている
ペシミズムに関係してくるからですね。
そういうことにつながるから
必ずしもいいとは言えない。
オランダでも、誰もがインデヴィジュアルだとは言っても、
本当にそれを強く保っているという人は
とても少ないでしょう。だから教会に属するとか、
サッカークラブに属するとか、
どこかに逆に帰属するものを求めていく。
マイケル・ジャクソンのファンになってみたりとか(笑)。
結局帰属を求めていくんです。
私たちすべてはそういった帰属する「父」の
広げた手が必要なんでしょうね。
私たちのホームページを主催している
糸井重里さんの書いていたことなんですけど、
これから日本は経済的にも社会的にも
どんどん厳しく能力主義的になっていくし、
同時に国際化もしていくシビアな社会に
なっていくってことで、そういう時代には
やはり家族というものがたいへん大切に
なっていくだろうと言うんです。
男女が結びついて子供を育てて、
なんとか未来につないでいくっていう家族という
ものですよね。私もそうじゃないかと思うんです。
Hoffman 基礎(Fandamental)を作るという意味では
そのとおりですね。
男と女の関係っていうのが豊かな関係で
あるような社会が、結局個人がタフでいられる
社会なんでしょうかね。
Hoffman 私はロマンチックな人間です(笑)。
私は女性と生活を分かち合うことは
とても重要なことだと思っています。
男女の違いも共通するところも
お互いに楽しめるものだと思います。
『シャボン玉エレジー』の映画の話に戻りますけど、
この映画では主人公の男女は互いに国籍も違うし、
言葉も違うし、それぞれが互いに
理解の困難な心の傷を抱えていて、
非常にディスコミュニケーションの状態から
出発しますよね。そういうふたりが
共に暮らしていって、
それで心が触れ合うようなことが
可能なのか可能じゃないのか、
ということになっていくわけですね?
Hoffman これはイアン・ケルコフの映画です。
彼の映画には楽観的な社会観や人間観は
あまりありません。
私だったらもっと楽観的な映画にしていくでしょうけど。
仮にホフマンさんが監督するとしたら
どういう映画になるんでしょう。
Hoffman

たぶんとてもつまらない映画に
なってしまうでしょう(笑)。
私とイアン・ケルコフは性格が違います。
彼は傷があれば、そこにナイフを差し込んで
こじあけるような性格です。
私は傷があればなるべく触れないように
避けるような性格ですね。
イアン・ケルコフは「衝突」ということを
象徴しているような存在です。
だから私と彼は互いに調和しているんです。
イアン・ケルコフは、私と主演女優の星野舞さんとの
演じる男女の関係に、柔らかさとか温かさが
すごくあることに驚いていました。
それは結局私が演じてしまうからですが、
私が割合と柔らかく優しく演じたことが、
イアンが最初にこの映画に対してもっていた
考えかたとバランスがとれて、
結局良い結果になったと思います。

ホフマンさんは国際的な評価の高い
素晴らしい俳優さんですからね。
Hoffman 私は自分の出演作の中では
『イブニングス(Evenings)』が
最高の出来だったと思っています。
1990年にその演技で
ベスト・ヨーロピアン・アクターに選ばれました。
その授賞式はジュネーブで行なわれて
私は最高に幸福でした。
私は映画には常に人間的な暖かみがあるべきだと
思っています。たとえどんなに過激な映画でも。
それがホフマンさんの演技観の核心なんですね。
Hoffman そうです。私が誰かを演じる時には、
その人物を単純な性格ではなくいろいろな側面を
持っている人間として表現したいんです。
もちろん良い面だけを見せるのでもなく、
人間がいろいろな面を持っていることを強調したいのです。
プリズムのようにですね。
Hoffman そうです。
ひとつお話していいですか? 私は『イブニングス』で
オスカーのノミネートを受けたいと思っていました。
それでロスアンジェルスに行きました。
ロスアンジェルスの空港で入国の管理官に
「アメリカに来た目的は?」と聞かれました。
1990年のことです。
それで「アカデミー賞のノミネーションを受けるために
来たんです」と言ったんですよ。
それを聞くやいなや、仏頂面だっ管理官が
急に笑顔になって態度が急に良くなりました。
「じゃああなたは監督ですか? 俳優ですか?」
と聞くので「俳優です」といいました。
そしたら彼はこう言いました。
「ワーーーォ!! 悪役(Bad guy)かい?
善い役(Good guy)かい?」(笑)」
ありゃまあ。いかにもアメリカですねえ。
Hoffman アメリカ映画の歴史を見ると、
フロイトやユングとか、
さまざまな人が積み重ねてきた人間に対する
洞察をすべて忘れて、単純に悪玉善玉といった
人間観に再び退行してしまっています。
それがハリウッド・スタイルです。
確かに映画を楽しむ人の多くは、
悪玉善玉といった見方で映画を見がちでは
ありますけどね。
オランダとスウェーデンとハンガリアとそして日本、
そういう国はもっと映画を作るべきです。
なぜならば、それらの国で作られた映画は
人間の多面性をよく表現しているからです。
ハリウッドのように人間を単純に
カテゴリーで固めたものではない映画が
作られているからです。
ですから、私は日本は今のままの
日本であってほしいと思います。
長い時間、貴重なお話をありがとうございました。

(おわり)

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1999-09-25-SAT

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