HOLAND
オランダは未来か?

「ホ〜!ラント」第18回目
【トム・ホフマンインタビュー】その1

とんでもなく長い間中断してしまいました。
私の一身上の都合でした。読んでいただいていた方、
インタビューさせていただいたままの方、
本当に申し訳ありません。
再びオランダへの手探りを開始していきます。

イアン・ケルコフ監督の
「シャボン玉エレジー」という映画は、
今年の11月に渋谷のシネマソサイアティで
公開が予定されています。
この映画の主演俳優であるトム・ホフマン氏への
インタビューを掲載します。
このインタビューは昨年末に行われたものです。
発表が遅れた非礼の責任はすべて私にあります。

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トム・ホフマン(Thom Hoffman)さんは、
イアン・ケルコフ(Ian Kerkhof)監督が
日本で撮影した『シャボン玉エレジー』という
映画に主演されているわけですが、
この映画についてお聞きしたいと思います。
Hoffman この映画のタイトルは、最初
『IN THE BERRY OF THE BEAST』でした。
それはあるきっかけで変更されました。
イアン・ケルコフは今回、映画の筋書きも
撮影しながら即興的に変えていきましたが、
映画のタイトルも途中で変えたのです。
撮影中のある時に、主演女優の星野舞さんが
童謡の「しゃぼんだま」という歌を
歌い出しました。それはとてもソフトな、
とてもメランコリックな歌い方でした。
彼女の歌を聴いて
イアン・ケルコフはとても感動して、
日本で撮る映画だから
日本語のタイトルをつけようと
『SHABONDAMA EREGY』
というタイトルに決めたのです。
この映画は、監督がもちろん南アフリカ出身の
オランダ人の監督でオランダの映画ですが、
本当に日本の映画でもあると私たちは感じています。
この映画のモチーフについていろいろ
お聞きしてよろしいでしょうか。
Hoffman オーケー。
ではまず私からこの映画のモチーフについて
最初にひとつお話したいと思います。
それはこの映画の核となっていることです。
私は1983年にアドリアン・ディットボースト
(Adriaan Ditvoorst)という映画監督と
知り合いになりました。
彼は1960年代にとても実験的な映画を作って
高い評価を得ている監督です。
1984年に公開された彼の映画
『ホワイト・マッドネス』が、
イアン・ケルコフの『シャボン玉エレジー』に
強い影響を与えています。
『ホワイト・マッドネス』は
自殺に関しての映画でした。
私はその映画の主人公を演じました。
それはあまりにも実験的な映画だったために、
商業的には失敗しました。
しかし、この映画は精神的なそして
視覚的な実験を深く探求した映画だったのです。
この映画は若いオランダの監督たちに
強い影響を与えました。
アドリアン・ディッドボーストは、
その映画を撮った後に自殺しました。
まるでその映画の通りに。

彼の自殺は、私の心に刻み込まれました。
日本にはハラキリという
特別な自殺のしかたがありますね。
そうした日本の文化に興味を持って
私は日本映画や三島由紀夫などを調べ始めました。
今、私にとって日本の文化や建築や
黒澤明などの映画はとても
重要な存在になっています。

ディットボーストが自殺したのは1987年でした。
私はアドリアン・ディットボーストが自殺した後、
彼についてのドキュメンタリーを
撮影しました(『DE DOMEINEN DITVOORST』)。
私が1992年に撮ったそのドキュメンタリーは、
オランダのナショナル・フィルム・アワード
(映画賞)をドキュメンタリー部門で受賞しました。
同じ年に、イアン・ケルコフが彼の作品で
(『Kyodai Makes Big Times』)最優秀作品賞、
最優秀女優賞を受賞しています。
そのフェスティバルで私は
イアン・ケルコフと知り合いました。
そして彼にディットボーストのことを話しました。
それが、イアンがディットボーストに個人的な関心を
深めていくことになったきっかけでした。
イアンは次第に、ディットボーストの自殺に
彼自身を重ねあわせるような深い関心を
示し始めました。
そして、ディットボーストの人生や、
彼の商業的な成功を第一目的とはしない
個人的な表現を重視した制作の姿勢に
共感するようになりました。

私はオランダには2人の重要な映画監督が
いると思っています。
ひとりは自殺した
アドリアン・ディッドボーストです。
もうひとりは、『ロボコップ』を撮った
ポール・バーホーベン(Paul Verhoeven)です。
バーホーベンは商業的に成功している監督で、
ディットボーストとは全く対照的な
監督ではありますが。

ディットボーストが自殺する1ヶ月前に、
私は彼に一緒に映画を作ろうという提案をしました。
それは『シャボン玉エレジー』の原形となった
アイデアです。
私はその時、ディットボーストが
とても落ち込んでいることには気がついていましたが、
まさか自殺をするとは思いませんでした。
彼と話し合った映画はとても低予算で
作ろうとした映画でした。
撮影も私のアパートの部屋にして、
監督とカメラマンと、主人公役の私と女優と、
あと数人だけのスタッフだけで作るつもりでした。
この映画のアイデアは大島渚監督の
『愛のコリーダ』(『L'EMPIRE DES SENS』)の
影響を受けていました。
『愛のコリーダ』は小さな
プロダクションの制作ですが、
精神的にとても高いレベルのものを目指した
作品だったからです。

1992年に私はイアンと出会い、
1996年に『アムステルダム・ウェイステッド』
(『WASTED!』)という彼の映画に出演しました。
その映画は東京で多くの観客に見てもらうことが
できました。
私も見ました。
トムさんはDJカウボーイの役で
出演されてましたね。
Hoffman その映画を作っている時に、
私はイアンと『愛のコリーダ』の話をしていました。
その時、私は彼にディットボーストに提案した
映画の話をしました。するとイアンは
その映画を作ろう、と言ったのです。
『シャボン玉エレジー』には、
その亡くなられたディットボーストさんに捧げる
というような気持ちがこもっているんですね?
Hoffman そうです。
10月27日というのは、ディットボーストが
自殺した日です。この映画の撮影のために
イアンが私に東京に来る飛行機のチケットを
送ってきましたが、
それがちょうど10月27日でした。
私はその偶然に因縁を感じました。
イアンにとっても、この映画は
イアン・ケルコフ自身の非常に内的な
ドキュメントでもある作品なのです。
しかし同時に、この映画は9割以上が
東京の印象から
インスピレーションを受けて作られた、
日本の映画でもあるのです。
この映画の主人公の男は、
オランダから日本に逃亡してくるんですね。
Hoffman 犯罪を犯して、警察に追われて日本に来ます。
その主人公は最後に死んでしまうんですね。
Hoffman それは一種の自殺なんです。
主人公は自分がヤクザに殺されるということが
分っているので、結局彼は自分で
自分の死を選び取ったことになるのです。
しかしこの映画では犯罪の話は
特に重要な要素ではなく、
やはりアパートの一室での
人間同士の関わり合いが重要なのです。
その死を選んでしまう主人公の苦しみというのは、
現代のオランダ人の苦しみの
象徴という意味を持っているんですか?
Hoffman 彼の苦しみというのは、
オランダ人だからということではありません。
オランダの社会との関係というのは、
彼の犯した犯罪がドラッグに関係したものだったと
いうことくらいです。
彼は自分の生活、自身の生き方についての
問題を抱えているのであって、
オランダの社会ということは
あまり関係はありません。
もっと普遍的な、
心の奥底の問題だということですね。
Hoffman この映画の中に
アメリカの詩人の書いた詩が登場します。
ジャック・ヘンリー・アボットという人の詩です。
彼は詩人でもあり、2人の人間を殺した
殺人犯でもあります。彼は看守に逆らったために、
10年くらい独房にいたのです。
彼は監獄の中で社会とか法律についての、
また寂しさとか孤独についての詩を書いています。
イアン・ケルコフは、
ジャック・ヘンリー・アボットの
独房での生活を「人生」のメタファーとして
感じているのです。
ですから、この映画の主人公が
仮にアメリカ人であってもおかしくはありません。
ではオランダ人の男と日本人の女が
主人公だということに、特に必然的な理由が
あるというわけではないんですね。
Hoffman そう、必然性はありません。
他の国の人間の話であっても
成り立つストーリーです。
この映画の中にはオランダに関することは
何も出てきませんし、主人公もオランダ語ではなく
英語で話しています。オランダということは
映画の中ではあまり関係がないですね。
確かに映画の編集は最終的にオランダで行いますし、
ワールドプレミアはオランダで公開されます。
そういう意味ではオランダと関係しますけれども。
この映画は、日本とオランダが共に作った映画と
言えるでしょう。けれどもこの映画は、
日蘭の政府が提唱する「友好」とは
まったく異なった意味のディスコミニケーションと
コミニケーションを描いています。
イアン・ケルコフは冗談交じりに
「この映画は、
日本とオランダの400年の友好関係に
終止符を打つものになるだろう」と言っています。

(つづく)

1999-09-13-MON

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