怪・その33

「山の雪と足音」



私の父が20年前に体験した出来事です。

父の趣味は登山で、その日は
日本百名山のひとつに数えられる山を登っていました。

春の暖かい日差しの中、
父は順調に進んでいましたが、
山頂付近の岩場を歩いていたところで天気が急変、
季節外れの雪が降ったそうです。

自分がいる場所の近くに
山小屋がないことを確認した父は、
この雪はすぐに止むと判断。
雪が止むまで持参したテントを岩陰に設置し、
やり過ごすことにしたそうです。

雪はあっという間に積り、
地面が白くなったころ、
遠くの方から

「ザッ‥‥、ザッ‥‥、ザッ‥‥、ザッ‥‥」

と、登山靴で雪を踏みしめる音が聞こえてきたのです。

父は一瞬、
「こんな雪の中をわざわざ歩くのか」
と思いましたが、すぐに
「ああ、これは生きている人ではないな」
と感じたそうです。

父は普段、霊感はありませんが、
山の中では不思議な出来事に
何度も遭遇しているらしく、
その時もなぜか直感でわかったらしいのです。

足音が近づいてきても、
テントの外に出てはいけないような気がして、
テントの中でじっと目をつぶり
「どうか俺を連れて行かないでくれよ」
と呟いたそうです。

足音は確実にテントに近づき、

「ザッ‥‥、ザッ‥‥、ザッ‥‥、ザッ‥‥」

という音が
いよいよテントの前まで迫っていました。

すると今度は、テントの周りをぐるぐる回るように、

「ザッ、ザッ、ザッ、ザッ」

と足音がテントに響きました。

父は、何者かが
テントの入り口のジッパーを開けるような気がして
怖かったと言います。

テントの周りを歩く足音は5分ほど続いたそうです。

足音はテントの入り口付近で急にぴたりと止み、
そのまま聞こえなくなりました。

空気がふっと軽くなったような気がして、
思い切って外に出てみると、
降り積もった雪の上に
足跡は全くなかったそうです。

父は、
「あれは、山で遭難した人の魂が
いまだにさまよっているのではないか」
と後に語っています。

(さりゅ)

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2021-08-25-WED