おさるアイコン

音楽家のアン・サリーさんは、
音楽家であると同時にお医者さまでもあり、
そして、お母さんでもある人です。
2005年、3年間のニューオリンズでの
医学研究留学と音楽活動を終え帰国、
日本での活動を、あらためて、はじめました。

ニューオリンズという街と、
そこで生まれたゆたかな音楽のこと、
そこで出会ったひとびとのこと、
そして昨年のハリケーン「カトリーナ」が与えた
大きな被害と影響について、
災害から半年経ったいま、
ニューオリンズのことをよく知っている
アン・サリーさんに教えてもらおうと思います。

最新の記事 2006/05/19/FRI
 
Vol.7(最終回) Bound For Groly


さて、しばらく連載してまいりましたが
実は今回が最終回となってしまいました。
日本に戻った後、私は、一児を出産し子育てしながら、
患者様を診療し、歌をうたう日々を送っています。
そんな日々の中、しばしば心にニューオリンズを、
そしてその地で出会った人々を思い浮かべています。
ニューオリンズで生活して以来、
私の心の中には人間の暖かさあふれる音楽が鳴り続け、
演奏する人々の姿が住み続けています。
例え今のニューオリンズが
その頃の姿とは随分違ってしまっていようとも、
何者にもそれを消すことはできないでしょう。

心にメロディーを響かせながら、
なぜ人間にとって音楽は必要なのだろうかと
いつも考えます。
育児の中で、子供が誰に教わった訳でもないのに
生来音楽を楽しむ素性を持っていることを感じるにつけ、
人間が生きる上での音楽の原初的な重要性を
感じずにはいられません。
そして人間の喜怒哀楽を表現し、
怒り、悲しみを昇華させ、
祈り、願いを込めることのできる音楽は、
人間の生活に必要不可欠な存在なのだと思います。
ニューオリンズは、その点で比類なく濃密に
音楽が人々の生活に結びついた場所であるということを、
ジャズヒューネラル(お葬式)を含む
セカンドライン文化やバプティスト教会での演奏、
日夜行われているライブでの
彼らの様子からひしひしと感じてきました。
去年末、被災後にも関わらず、
ニューオリンズのミュージシャンに来日いただき、
幸いにもライブツアーを行うことができたのですが、
その時に彼らの状況、心境について
たくさんお話を聞きました。
ほぼ全員がハリケーン以来避難先での生活を
余儀なくされており、
ニューオリンズにはとてもじゃないけど
戻れる状態ではない、とのことでした。
あるとき彼らは残念そうにこう言いました。
「ぼくらはニューオリンズ音楽にスポイルされてきた
 (いい演奏ばかり聴いてきた)から、
 別の場所に住みライブに参加したり、
 演奏を聴いたりしても、
 ちっとも心を躍らさせられることがないんだよ‥‥」
彼らの言葉は生々しくニューオリンズの
音楽文化の濃密さを表現していました。

ハリケーンの爪あとは誰もが予想したよりも深く深く、
もとのニューオリンズでは3分の2を
黒人が占めていたものの、
現在避難先から帰還できない多くの人々が
黒人であるがゆえに、
町の人種構成はがらっと変わり、
多くの地元音楽文化継承者の
ニューオリンズ不在という状況を生んでいます。
ハリケーンは長年住み慣れた土地だけでなく、
ニューオリンズをニューオリンズたらしめていた
音楽文化をさえ奪おうとしているようです。
これすなわち、私たちは地球上から
音楽文化の最重要発信地の一つを
失いつつあるということです。
実際ニューオリンズに住んだゆえに強く思うのですが、
これは本当に大事態なのです。
言葉にすると陳腐だけれども、
何とかもとの姿に戻っていくよう遠くから祈る日々です。

さて、書けども書けども
心のむず痒さはおさまることはないのですが、
少しでも私たちBound For Gloryの演奏が
いつまでもみなさまの心に響き続け、
ニューオリンズを思い続けてくださるよう願いながら、
文章を終わりたいと思います。
これまで読んでくださった方々、
また、Bound For Gloryを
お聞きになってくださった皆様も、
本当にありがとうございました。
みなさまの暮らしに音楽が、幸福が、
たくさんありますように!

(これで、おしまいです。またお会いできる日を!)

Photographed by Ann Sally




 
 
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Vol.1「Bound For Glory」への道
Vol.2 ニューオリンズでの暮らしと研究生活の始まり
Vol.3 地元バンドのセッションに飛び入る
Vol.4 ニューオリンズがニューオリンズたるための音楽
Vol.5 音楽とはいかに生きるかである
Vol.6 人種のるつぼアメリカにいて思ったこと、
想像することの大切さ
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