糸井重里
・月日の経つのは早いものだ。
ほんとうに、ぼくらは日々たくさんのことを経験するが、
そのうちのあらかたを忘れながら生きている。
あのコロナ禍の時期に、どんなふうに生活していたか。
たとえば、どれくらいの頻度で会社に行っていたのか。
どんなふうに食事をしていて、どう仕事をしていたのか。
どうやってものを買っていたのか。
断片的に、こんなことがあったと憶えていることもある。
それは、たとえば、表参道の真ん中、
クルマが走ってなくて人もいないという景色。
ぼくは犬の散歩をするという都合と理由で、
外に出て、たしか表参道を独り占めして歩いた。
あの記憶は、ほんとうにあったことなのだろうか。
いつごろ、どれくらいの期間そんなふうだったのか、
それ以外の道路はどんなだったかも、記憶がない。
その当時の写真がiPhoneに残っているからと、
調べてみたら、景色よりも「テイクアウト」の案内をする
貼り紙の写真がたくさん出てきた。
「ほぼ日」も、仕事をリモートにしていたのだが、
あんなに長く家にいて、よく上司に嫌われなかったなぁ?
しかし、それより約10年も前になる
東日本大震災のときのことのほうは思い出すことが多い。
エレベーターホールの照明が最低限しか点いてなかった。
つまり、それは東京が電力を節減していたからだった。
いまでも、ぼくはこの古いマンションのフロアで、
「あのときは暗かった」と思い出しているくらいだ。
東京のことも、東北のことも、ずいぶん憶えている。
そう考えると、コロナ禍の長い時間については、
忘れていることが多すぎるようにも思う。
「この先どうなるんだろう」と「しゃちょう」として
真剣にたくさん考えたことは、意外にも忘れてない。
思い、考え、力を合わせた記憶はまだ生々しいものだ。
おもしろいことに、いつの写真を検索しても、
愛犬の写真と、娘の娘の日々の写真がほとんどだった。
犬はすっかり大人になったし、娘の娘も少女になった。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
悩むんじゃなくてどうするか考える。その練習ばかりだった。
12月27日(土)より、
更新時間は毎日11時になります。
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