あのときの若者に教わり続けている
奥野
大学を出てから20代の終わりくらいまで、
雑誌の編集部で仕事をしていた。
若い男性向けのファッション誌だった。
当時は「裏原ブーム」の真っ只中で、
原宿という場所にも、
ぼくらの雑誌にも、
じつに多様な人たちが出入りしていて、
毎日、何かしらワサワサしていた。

洋服のデザイナーやスタイリストなど
ファッション業界人はもちろん、
音楽方面からもクラブの人やロック系、
ヒップホップなお兄さんたち、
ブームだったミニシアター系の映画好き、
写真家、芸術家、映像作家、建築家、
素敵な内装屋さん、
おしゃれカフェのオーナー、
何者かになろうとしている途上の
加賀美健さんみたいな人、
海外のトイとかガジェットの愛好家、
グラフィティアーティスト、
スケーターのみなさん、
家具職人やインテリアデザイナー、
さらには、
当時、大流行していた総合格闘技方面。
じつに多種多様な人たちが、
「原宿」を扱う雑誌に集ってきていた。
もともと
やりたかった雑誌ではなかったのだが、
それだけ場所にも人にも活気があると、
さすがにおもしろかった。

そんなわけで、せわしない日々だった。
いまこれを言うと
古代の武勇伝みたいでカッコ悪いが、
ただの事実として記すとすれば、
会社に泊まり込むのは通常運転だった。
当時は編集長が30歳ちょっと、
いちばん年下のぼくが24歳くらいで、
その間に
12人とか13人くらいの編集部員が
ぎゅうっと詰め込まれていた。
いまの自分の年齢からしたら
「そんな若者たち」だけで、
隔週刊の男性ファッション誌の他に、
Tシャツやらスニーカーやら
人気ブランドやらのムックを
さんざんつくっていたのだから恐れ入る。
毎晩、誰かしらが
入稿か校了祭りをやってるような日々で、
そのまま徹夜で原宿へ服を買いに行き、
みたいな、
学生生活の延長っぽいノリもあったので、
さほど苦を感じなかったのかもしれない。

ただ、そういう状態が続くと、
一個一個の企画に「入魂」できなくなる。
編集部の並み居る先輩方が
どうだったかのかはわからないけれど、
キャパの狭い自分はそうなっていた。
つまりは、心の怠惰である。
せっかくもらった何ページかを、
右から左へ流していくようになっていた。
山積する「やるべきこと」の前で
「次はどうしてやろうかな~」という
編集者にとって大事な部分、
それを自分はある種のイタズラ心だと
考えているのだが、
そこが、お留守になってしまっていた。

そんなとき、当時人気だったブランドの
ディレクターの方と
いっしょに企画をつくることになった。
8ページくらいではあるものの
要素や視点が多く、
明らかに一筋縄ではいかない特集だった。
その人が関わることが決まった時点で、
そうなることはわかっていた。
何週間かかけて関連取材や撮影を終え、
最後の最後、その方に
インタビューをさせてもらったときに、
こんなことを言われた。

俺はずっと服のブランドをやってきて、
こうしてメディアに
取材してもらえるようになったけど、
いまの自分は、中学や高校で読んだ雑誌に
育てられたと思ってる。
だからいま君がつくってるこの企画で
育てられる若い子がいるんだ、
という思いで、雑誌をつくってほしい。

人は見た目ではないけれど、
当時の原宿のファッション界隈では
すでにめずらしくもなかった、
タトゥーがどっかーんと入った男っぽい人に
真っ正面から見据えられて、そう言われた。
「多忙は怠惰の隠れみの」を、
たぶん、見透かされていたのだと思う。

自分は、その言葉を、ずっと気にしてきた。
そして気づけば、大切な言葉になっていた。

自分のつくった企画をちいさなきっかけに、
将来を考える若者や
何かに思いを馳せる人がいるかもしれない。
別にそうしたいわけでもないし、
常にそこまで大げさに
考えているわけでもないんだけれども、
そういう可能性がある限り、
適当なものをお見せするわけにはいかない。
そして、そうするためにも、
どんなに物理的時間を拘束されていても、
頭の中だけは自由にしとかなきゃダメなんだ。

で、これ、いまさら驚くのは、
その人、
当時まだ20代だったんだよなってことだ。

もっと若者から学ぼうみたいな言い方は
世の中にあふれているけど、
ちゃんと言うなら、
何歳の人の言葉だろうが関係ない、
ということなんだと思う。
なにせ、40代後半になったいまでも、
あのときの「20代の若者」の言葉に
襟を正され続けている俺である。
年上の方の経験や考え方に対して
敬意を忘れる人間にはなりたくはないが、
縄文時代の人から見れば、
20代も40代も「同時代人」なんである。

盛者必衰の業界にあって、
なくなってしまったブランドは数あれど、
その人のブランドは、
いまでもカッコいい。
今日の一枚
なんかカッコよかった街角。

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