糸井重里
・もともと音楽が好きだったわけじゃなかった。
そのことについては、ぜんぜん忘れてない。
小学校に入る前は、歌うことがいやではなかった。
保育園で、みんなと同じように歌っていた。
美空ひばりの歌なども、大人の前で歌うとほめられて、
10円もらったりもした、ずいぶんとうれしかった。
小学校の音楽の時間に、突然のように苦手になった。
順番に先生のオルガンの前に出て歌うのが、できなかった。
実際にどんな感じだったのかわからないのだけれど、
うまく声が出なくてただ困ったという思い出ばかりがある。
音楽の成績だけ悪くなってしまった。
父親が知り合いのピアノ教室を見つけて、そこに通わせた。
ぼく以外は、女の子だけだったので、それも嫌だった。
「バイエル」一冊分もやらずに、やめさせてもらって。
それ以来、ピアノやら音楽やらばかりでなく、
習いごとそのものも苦手になった気がする。
いまでも、習いごとと段取りはぜんぜんダメだ。
クラスのちょっとおもしろい子たちは、
兄や姉がいたりして流行歌をよく知っていた。
ぼくも、そういう影響も受けて流行りの歌はよく歌った。
いまでも歌詞を憶えている。どの歌も好きだった。
日本の歌謡曲もどんどん変化していったし、
外国のポップスがテレビで流れることも多くなって、
音楽の好みで友だちと遊んだりもできるようになった。
教科書にある歌を、合唱したり、ひとりずつ歌うのは、
いつまでたってもずうっと苦手だった。
それにしても、中学生から高校生になるくらいの時期に、
ビートルズに出会えたのは、ほんとによかった。
ひとつずつの曲を、何度もたのしむということをおぼえた。
まねしてバンドをやろうとしたのも、わるいことじゃない。
しかし、いつのまにか出てきたカラオケというのは、
好きになれなかった、順番がくるのが困りものだった。
ただ、演奏付きで歌えるのはちょっと気持ちがよかった。
以上のことを、すべて省略して忘れたようにして、
いまじゃ、ぼくは「カラオケ好きおじさん」である。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「シロウト+プロの演奏」というのが、うれしさの理由だな。
ほぼ日の更新時間は、土日祝も
毎日11時になりました。
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