21世紀の「仕事!」論。

27 行司 34代 木村庄之助 伊藤勝治さん

第3回 軍配だけ上げてるわけじゃない。

──
行司さんには、行司をする以外にも、
別のお仕事があるんでしょうか。

というのも、あの独特の文字で、
力士の番付表を書くのも行司さんだと、
伊藤さんの本に書いてあって‥‥。
伊藤
そうですね、
行司の仕事は行司ばっかりじゃないです。

おっしゃるように、
あの番付表はわたしら行司が書いてるし、
それと同じように、
呼出だって呼出してるばっかりじゃない。
──
そうなんですか。
たとえば、呼出さんにはどんなお仕事が。
伊藤
いろいろあるけど、呼出の大きな仕事に、
「土俵をつくる」ってのがあります。
──
土俵をつくる‥‥と言うと?
伊藤
そのまんまですよ。つくるの、土俵を。

本場所の土俵、稽古場の土俵、
巡業に出たら出たで、
その巡業先の体育館に、土俵をつくる。
──
なるほど。文字どおり、物理的に。
伊藤
そう、巡業のときはちょっと特殊ですね。

土だけでつくっちゃうと、
重すぎて体育館の床がしなっちゃうんで、
アンコって、発泡スチロールでできた
座布団の親分みたいなので土台をつくる。
──
じゃ、その上に土を盛って。
伊藤
そう。
──
呼出さんたち、
きれいな声で四股名を呼び上げたり、
土俵のまわりを、
ほうきで掃き清めたりだけでなく、
そんな、
土木作業的なこともしてたんですか。
伊藤
朝は太鼓叩いたりとかもしてますよ。
相撲の進行役だからね、呼出は。

で、われわれ行司にも別の仕事があって、
本場所だったら、取組を校正したり、
印刷屋へまわしたり‥‥からはじまって、
ひまさえありゃあ、
番付封筒の宛名書きやってますよ。
──
それは、どなたかに郵送する番付表の、
封筒の宛名を書くお仕事?
伊藤
そうそう、わたしが現役のころは、
部屋関係やその他で多いときは4000枚くらい、
ぜーんぶ、筆で墨書きしてたんですよ。

あのね、封筒4000枚って、
そうとう、「書きで」があるんですよ。
──
はい、あると思います(笑)。
伊藤
力士や角界関係者の結婚式とか葬式の
招待状だとか、
出欠確認だとか、当日の段取りとかね、
そういうのも、だいたい行司の仕事。
──
へえ、そんなことまでされていたとは。
なんと幅広い、行司というお仕事‥‥。
伊藤
相撲取りの結婚式って言ったら、
出席者50人100人じゃ効かないんです。

500人からの関係者が来るし、
その名前ぜんぶ、
頭に入れとかなきゃなんないんです。
──
大変。
伊藤
あとは、司会ね。
──
あ、それは得意そうですね。伊藤さん、特に。
伊藤
いやいや、ぜんぜんそんなことないんだけど、
わたしがやったのは、
大相撲協会の80周年記念式典の司会でね。

角界関係者だけでなくて
文部科学大臣からみんな来るわけだけど、
NHKのアナウンサーが
NHKのアナウンサーじゃなく、
行司が司会をするんです。
──
そうなんですか。
伊藤
だから、わたしがやったんですけど、
その式典で、勤続年数のことで、
わたし自身が協会から表彰されてるんですよ。
──
え、じゃ、司会しながら?
伊藤
いやいやいや、
さすがに自分で自分を呼ぶわけにいかないし、
そのときだけ、
別の人に呼ばさしたんですけど‥‥
ま、そんなことはともかく、
結局、いちばん難しいのは「人の腹」ですよ。
──
人の腹?
伊藤
うん。あなたの腹。
──
つまり‥‥食べ物の差配?
伊藤
そうそう、いやね、イベントのときに、
各相撲部屋にちゃんこ鍋やってもらったり、
力士にお餅ついてもらって、
お客さんに100円で売ったりしたんだけど、
わたしの計算では、ちゃんこ鍋のほかにも、
あんみつだって焼き鳥だってあることだし、
お餅の分量は、
まあ、3000人ぶんくらいあればいいかと。
──
ええ。
伊藤
と、踏んだんだけど、足んなかったんです。

お餅は、5000人分は必要だった。
未だに「あれだけは失敗した」と思ってる。
──
反省されてるんですね(笑)。
伊藤
ちゃんこ鍋は5000から6000人分くらい、
各一門、班長が出てきてつくるんで、
これは、うまいですよ。文句なくうまい。

真冬の寒いときに、湯豆腐やったり、
ソップ炊きやったり、キムチ鍋やったりね、
自分とこの得意技でやるんだから。
──
わあ、それは、おいしそうです。
伊藤
でもね、餅が足りなかった‥‥わたしね、
お客のおばちゃんらに
「おもしろかった? おいしかった?」
って聞いたんですよ、そしたらね、
「あんまりおいしかったから、
 ちゃんこ鍋3杯食べた」「5杯食べた」
とか言うんですよ。それで
「あー、そうかそうか」と合点がいった。

ようするに、
わたしらは、1人1杯の計算だったけど、
おばちゃんたち、
1人で3杯も5杯も食ってたんですよ。
──
つまり、ちゃんこ鍋のみならず、
お餅とかも全体においしかったがために、
緻密な計算が崩れてしまったと(笑)。
伊藤
いやあ、ものすごいスピードで、
大相撲の力士が腰入れてついてんだから、
餅だって、そりゃあ、うまいはずですよ。

餅っていうのは、ペちゃんこペちゃんこ
ついたって、ぜんぜん、うまくないの。
バンバン力いっぱい一気について、
それをピャピャッとやるからうまいんで。
──
そのイベントというのは、感謝デー的な?
お相撲さんも会場にいたんですね。
伊藤
お相撲さんにも、いろんなことさしたの。
それも、わたしの役目。
──
いろんなこと。
伊藤
いろいろやったけど、失敗したのは‥‥。
──
また失敗の話(笑)、はい、聞きたいです。
伊藤
いや、ある力士に歌、歌わせたんだけど、
これが、忘れもしない、
ものすごい下手くそだったんですよ。
──
なんと(笑)。
お相撲さんって歌がうまいイメージですが。
伊藤
それがね、すごい下手くそだったんです。

力士の間では有名だったらしいんだけど、
こっちはそんなこと知らないから、
その力士に「歌、歌ってくれない?」って
お願いしたら、
本人は、すっかり冗談だと思って
「いいっすよ。歌なら任してくださいよ」
って言うんですよ。
──
伊藤さんが、わざと言ってるんだろうと。
伊藤
で、当日になって、その力士が
「歌のところに、俺の名前が書いてあるんですけど」
「そうだよ、歌だよ。言ったじゃない、夏の巡業で」
「いや、あれ冗談ですよ!」
「いまさらダメだよ! さっさと曲を選びなさいよ」
「えええー!」って(笑)。
──
おもしろいです(笑)。
伊藤
もう、本人、大弱りでね。

で、その力士の出番が来たら、
こりゃあ「見もの」だってことで、
他の力士たちが受け持ちやめて、
おおぜい集まって来ちゃって、大賑わいでねえ。
いちばんウケましたね、アレが。
──
失敗どころか、大成功じゃないですか(笑)。
伊藤
うん、大成功。いや、仲間うちにはね。
お客にしてみりゃあ、「下手な歌だな」だから。
──
おもしろいです(笑)。
写真提供 伊藤勝治
<続きます>
2018-02-01-THU
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