和田安史さんのプロフィールはこちら
── ここにズラッと並んだ「吊り編み機」という機械は
今では、とてもめずらしいと聞いたのですが。
和田 ほとんどこのあたり(和歌山県)でしか
動いてないんちゃうかな。
── 大量生産の機械で編んだ生地にくらべると
とても柔らかくて
ふんわりした生地が編める
ということですが、
今、和田メリヤスさんでは‥‥。
和田 動いてるのんで、120台です。

その他に、動かしてはいないけれども
壊れたときの
部品取りみたいにして
倉庫に置いてあるのんで、300台。
── そもそも「吊り編み機」というものは、
現在の時点で
どのくらい、稼動してるものなんですか?
和田 500台いかないんちゃう。
── それは日本で、ですか?
和田 世界で見ても、ほとんどないと思う。
── はー‥‥。

しかも、1時間に1メートルくらいしか
編むことができないんですよね?
和田 そうです。
── その台数の少なさと、その速度ですから、
吊り編みでできた商品って、
市場全体から見たら
ほんっと「たかが知れてる」んですね。

ようするに「出回っている量」が。
和田 知れてます。ほんに知れてます。
── でも、そもそも、どうして吊り編み機って、
それほどまでに、めずらしいんでしょうか?
和田 もともとは、みんなこれやったんです。

でも、シンカーという
大量生産できる新しい機械ができたら、
みーんな、そっち行ったんです。
── いわゆる「近代化」というやつで。
和田 なにしろ、生産量は15倍もあるし、
工賃だって3倍も取れたんや、
その、シンカーが世に出てきたころは。
── つまり、1台あたりの生産性が45倍。
和田 だからみんな、そっち行ったんです。
── そりゃ、行きますね。
和田 ぼくは行かなかった。
── 和田さんは、逆に、日本全国から
吊り編み機を買い集めたんですよね。
和田 みんな手放すから、二束三文やったで。
60台で20万円とか。
── どうしてまた、そんなことを?
和田 シンカーいう最新の機械ができたと聞いてね、
その1号機を
見に行ったんですよ、東大阪の機械屋さんに。
── ええ、ええ。
和田 ほんで、いろいろ見せてもらってたら、
大量生産の機械は
たしかに早いし、手もかからないんだけど、
編みの「組織」がぜんぜんちがってたんです。

それまでの吊り編み機とは。
── 組織というのは「編みかた」のことですね。
和田 で、シンカーで編んだ生地の品質を見て
「あ、こんなだったら
 まだまだ吊りでやっていけるな」

というね、確信を持ったんです。
── 吊り編み生地よりも、大量生産品のほうが
品質が「良くない」と思えたわけですか。
和田 絶対に差が出てくると思った。
── それはまた、どういった理由で?
和田 シンカーの生地を見せてもらったら
「表糸」と「中糸」の
「糸の長さ」が、ちがったんです。
── はぁ。
和田 つまり、そのことによって
破裂強度
ぜんぜんちがってくると思った。

たぶん倍くらい。
── 破裂強度‥‥破裂する強度?
和田 生地をね、ふうせんみたいに
ぷくーーーーっとふくらませたときに、
どのくらいで破れるかという。
── つまり、吊り編みのほうが強いと。
和田 そう。吊り編みの場合は
表糸と中糸が、同じ長さなんやけども、
シンカーでは
表糸より中糸が短いがために、
ちからを加えると
短いほうの中糸が先に切れてしまう。
── それを、その場で見抜いたんですか?
和田 うん。で、実際に強度を測定してみたら
やっぱりシンカーでは
4キロちょっとしかなかった。

吊りでは7キロ以上あるんやけど。
── ようするに、吊り編みで編んだ生地のほうが
生地に伸縮性があって、丈夫である、と。
和田 シンカーだったら縦伸び、少ないんです。
横には伸びるんやけども。

吊りの場合、縦横に伸びるから身体になじむ。
── なるほど、だから着ごこちがいいんですね。
和田 感覚としては、ウールに近いと思う。
── ははー‥‥。
和田 洗濯、2回やってもらったらわかるよ(笑)。
── どうなるんですか?
和田 大量生産でやったのんと
吊りの生地、
2回、洗濯したあとのをくらべたら
ぜんぜん風合いちがう。

悪くならないし、長持ちするね。
── たしかに昨年、吊り編みの生地で
「ほぼ日」Tシャツを作らせてもらったとき、
そのように思いました。
この生地、洗濯してもゴワゴワしないなって。
和田 これは、自信持って言える。

吊り編みの生地つかってる
東京の目黒の
ベイウォッチャー(BAY WATCHER)って
ブランドさんでは
お客さんが
買ってから10年くらい経ったころに
「ほつれてきたんで、修理やってほしい」
って、持ってくるらしい。
── つまり、生地自体は傷んでないから?
和田 うん。
── ふつうのスウェットの生地よりも
丈夫で、伸縮性があって、
空気までいっしょに編み込んだように
とってもやわらかくて、
「1時間に1メートル」しかできない。
和田 はい。
── ぼくたち素人が、それだけ聞くと
なんか、
魔法の素材みたいに思えちゃうんですが
吊り編み機については
紡績のプロも不思議がってるんですよね。
和田 ナカムラさんね(笑)。
── そうなんです。

今日は、名古屋紡績株式会社の中村晶洋さんが
ご同席くださっているので、
ちょっと、おうかがいしてもいいですか。
中村 はい。
── 紡績の世界で20数年のキャリアを持つ
中村さんが、
この吊り編み機について
「あれは不思議だ」と
何度も、おっしゃっている理由は‥‥。
中村 不思議というより、わからないんです。
── わからない、というと?
中村 吊り編みという機械で
生地が、どうやって編まれていくのか、
その理屈がわからない。

ほんっと、魔法がかかってるみたいなんです。
── でも、じっさい編まれていくんですよね?
中村 そうそうそう。

いや、結局ね、シンカーという機械では
カギ状のフックで糸を掴んで、
引っ張りながら、編んでいくんですけど。
── ええ、ええ。
中村 まぁ、基本的に「編む」という作業は
そういうものなんですけど、
吊り編み機の場合、
まったく糸にテンションをかけずに‥‥
つまり糸を引っ張らずに、編んでいく。

そのために、なんで編めてるのか、
その理屈が、ようわからんのです。
── 不思議な話ですね‥‥。
中村 さっき空気まで編み込んだみたいって
おっしゃいましたけど、
まさしくそのとおりで、
糸にストレスを一切かけないで編んでいく。

だからこそ、編み上がりが
ものすごくふんわりするんですけどね。
── なるほど、「引っ張らない」ことが
「吊り編みのやわらかさ」のひみつ、だったんだ。
中村 引っ張りながら編むシンカーを
「強制的に糸を編んでいる」と表現するとすれば
吊り編み機の場合は、
糸や生地が「自ら編まれていく」感じやなあ。
── へぇ‥‥。
中村 ようするにね、この編み機の特徴として、
生地が、自分で前後運動してるんです。

生地が自ら動きながら、
自らループをつくっていく。

極端に言うとですね、
生地が、まるで生きもののように
ゆっくり動きながら、
だんだん大きくなっていく
んですわ。
── 生きもの‥‥ですか。
中村 シンカーは、
精密なICチップを作るように
生地を、均一に、大量に編むことのできる、
それはそれで素晴らしい機械。

それに対して吊り編み機は、
極めてハンドメイドに近い風合いのニットを
編むことができるんです。
── だから「生きてる」と。
和田 むしろ、吊り編みの場合は
余裕なくなるくらいにキッチリやりすぎると、
ぜんぜん、回らなくなるんよ。
── 回らない、というのは?
和田 うまいこと編めん。
── あ、そうなんですか。
和田 ガタガタさせるとはいわないまでも、
ネジ一本にしても、
あるていど「あそび」を持たせながら
紙一重のところで
全体のバランスを取ってあげないと、
うまく回らんし、うまいこと編めん。
── なんか「整体」の話みたいです。
中村 はじめにシンカーという機械があって
そのあと、吊り編み機が発明されたんなら、
なんとなく、わかるんですわ。
── それはつまり‥‥吊り編み機が
最新の機械の「進化形」に見える、と。
中村 そうそう、めっちゃ古い機械なのに。
和田 むかしの人は、すごいよね(笑)。
── ここにある吊り編み機って
どのくらいの歴史があるものなんですか?
和田 いちばん新しいんでも‥‥どうやろ?
25年とか、30年くらい前かな。
── はぁー‥‥。
和田 明治時代に日本に入ってきた機械だから、
古いやつなんかだと
大正時代とか、そんなのんもあるけど。
── 大正ですか!
和田 うん。
中村 ぼくたちが中学生くらいのときに
トレーナーブームというのがあってね、
猫も杓子も
アディダスのトレーナー着てたんです。
── へぇ、そうなんですか。
中村 つまり、売れて売れて仕方がない時代、
最新のシンカー編みが1反でも欲しい‥‥と、
そういう時代に、
この吊り編み機は、忘れ去られてしまって。
── でも、和田さんは、忘れなかった。
和田 ‥‥これこれ、こっちの丸いほうが、
吊り編みの針。
で、角張ってるのがシンカーの針ね。


右が吊り編み機の針、左が大量生産機の針。
── ほー‥‥。
和田 吊り編みのほうは、丸いでしょう?
シンカーのほうは、板でしょう?
── ええ。
和田 ニットのループいうたら、
板みたいに角ばってないでしょう?
── ループというのは輪っかですから、
丸いですよね。
和田 だから、吊り編みの針のほうが
糸に対する抵抗がない。無理かからへん。

シンカーの針の場合は、
編んでるときに
絶対、糸に無理がかかってるはずなんや。
── 針が丸いか角張っているかって
なんか、本当にささいに思えることですけど、
それが、出来上がる生地の風合いに
決定的な影響を与えているというわけですか。
和田 そう思う。
── 吊り編みは、ノーストレスで編んでるから
リラックスした生地が生まれる、と。
和田 糸を引っ張って編むか、
引っ張らんで編むかで、
生地の仕上がりが、ぜんぜんちがってくる。
── 糸だって、特別に良いものを
使っているわけでは、ないんですものね。
和田 同じ、同じ。
中村 だから、弱い糸‥‥たとえば
カシミアの細番の糸なんかでも編めるんです。
和田 結局ね、さっき中村さんも言うてたけど
吊り編み機の針って「殿さん」なんよ。
── 殿‥‥さま?
和田 自分は動かんと、じぃっとしてるだけで、
頭を撫でるように
ごはん食べさせてもらうように、
生地がまわりを回っていって
編み上がったら、脱がしてもらって。

つまり、
まわりがぜんぶ、やってくれるんです。
── はー‥‥。
和田 そんな機械。
<つづきます>
2011-04-18-MON
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もくじ  
第1回 魔法のかかった編み立て機? 2011-04-18-MON
第2回 生まれは明治、進化の途中。 2011-04-19-TUE
第3回 道具を信頼する、ということ。 2011-04-20-WED

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