野球の人。  〜田口壮、21年目の選択〜
 野球選手、田口壮さん、3度目の登場です。 オリックスの黄金期を築き、 アメリカに渡ってメジャーリーグで ワールドチャンピオンを2度経験し、 再び、オリックスに戻ってきたものの、 去年のシーズンオフ、戦力外に。 十分に拍手されるべきキャリアだと思うのですが、 42歳となった田口壮の選択は、 「現役続行を前提とする右肩の手術」という 前例のないものでした。 糸井重里とひさびさに語り合います。 そして、後半に「もうひとりの主役」が加わって まったく違う盛り上がりを迎えますので どうぞラスト3回をお見逃しなく。
田口壮さん プロフィール
 
2012-04-12
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2012-04-24
 


糸井 4年は経ってないけど‥‥。
田口 3年ぶりくらいですね。
よろしくお願いします。
糸井 よろしくお願いします。
いやー、いろいろありましたよね。
野球ファンは知ってますけど、
あんまり野球を知らない人に
ここ数年の田口さんを説明するとしたら‥‥。
田口 前回、ここにおじゃましたときは
フィリーズでワールドチャンピオンになった
直後でしたよね。
そのあと、カブスに移って、
日本に戻ってオリックスでプレーして、
戦力外になって、で、いまの無職です。
糸井 しかもいま、リハビリ中。
田口 はい、リハビリ中です。
糸井 もう、すごいことですよね。
ええと、説明すると、田口さんは、
オリックスを自由契約になったあと、
どのチームとも契約がない状態で
右肩の手術に踏み切ったという。
田口 はい。
糸井 しかも、けっこう大きな手術ですよね。
田口 6ヵ月かかるって言われてます。
糸井 つまり、フリーの状態で、
治るまでに6ヵ月かかる手術を受けた。
すごい度胸ですよね、それは。
過去のプロ野球界でも例のないことでしょう。
田口 うーん、まぁ、でもしかたがないですよね。
その、ぼくがオリックスを戦力外になった時期と
肩の手術をしないといけなくなった時期が
たまたま重なっただけで。
糸井 まぁ、野球の選手っていうのは
いってみれば自営業者なんですけど。
田口 はい。
糸井 その立場でいえば、
当然のことしたわけですよね。
自営業としてはあたりまえです、みたいな。
田口 そうです、どうしようもない。
糸井 でも、いままでいなかったですよね、
そういう人はね。
田口 まぁ、そうですね。
プロ野球の選手が手術をするときは
だいたいどこかのチームに所属してますもんね。
で、経過をみながらも、
チームにはずっと所属できている
っていうのが普通ですよね。
糸井 そう思います。
もしくは、ベテラン選手として
つぎの所属先を探しながら、
肩の故障については、だましだまし。
田口 というパターンが多いですね。
糸井 でも、よく踏み切れたましたねぇ。
田口 いや、理由はもう単純で、
ただ、ボールが投げたい。
それだけなんですよ。
糸井 はぁーー。
一同 はぁーー。
田口 それだけなんです。
糸井 このままだと、満足に投げられないから。
田口 はい。投げられなかったら、
この先、何もできないじゃないですか。
たとえば、子どもたちに野球を教えるだとか。
糸井 ああ、そうですね、たしかに、そうだ。
田口 誰かを教える立場になったとしても
ボールを投げないといけないだろうし。
それを考えたら。
糸井 で、もちろん、子どもたちに
野球を教えるっていう段階の前に、
選手としての可能性をきちんと考えてますよね。
田口 はい。それは、もちろん。
糸井 ああ、そういうところが、
なんていうかなぁ、
気持ちがいいですね、聞いていて。
田口 うーん、でもまぁ、
先はまったく見えていないですよ。
不安は、不安です。
でも、投げられない状態のままいても、
なにもはじまらないんで。
そこは、行かないとしかたがない。
糸井 はーーー。
あの、こんなことを訊くのは、
ほんとに失礼なんですけど、
でも、田口さんには訊けちゃうから
ぼくはすごくありがたいんですけど。
田口 はい(笑)。
糸井 ずっと昔から、ウワサとして耳にしているのは、
プロ野球の選手っていうのは、
ある種のヒーローとして、
ふつうの人とは違う暮らしをしているから、
まぁ、貯金なんかとは
無縁な生活だったりするんだと。
でも、田口さんのケースだと、
あきらかにしっかりとした
キャリアがあってのいまですから、
ま、こういう、所属のない状態だとはいえ、
「食いっぱぐれる」っていう
心配はしないで済んでいる。
っていうふうに、ぼくは勝手に思ってるんですけど、
そう考えていいですか?
田口 うーん、それは‥‥ぼくの中ではわからないです。
糸井 あ、わからない。
田口 はい。さすがに、明日をも知れぬ、
っていうわけではないですけれども。
糸井 でも、不安がないわけじゃない。
田口 不安は、いろんな意味であります。
糸井 なるほど。
田口 とくに、手術をしてからは、
いままで知らなかった
自分の一面が見えてきたというか。
こうなるとは思わなかったなぁ、
ということもあって。
糸井 ほう。
田口 今回、戦力外になって手術をして、
ほんと、3週間くらい、リハビリ以外に
なんにもすることがなかったんです。
だから、ほんとに、ずっとぼーっとしてたんですよ。
まぁ、20年くらい休まずにやってきたから、
2ヵ月くらいは、なんにもせずに
ぼーっとしててもいいかなと思った。
そしたらね、身体に、すぐ脂肪がつきました。
糸井 ああ、そうなんだ(笑)。
田口 で、体型もちょっと変っちゃったんですけど、
その2ヵ月間でなにがいちばん怖かったかっていうと
働かない自分がめちゃくちゃ怖かったんですよ。
糸井 あああ、はいはいはい。
田口 「うわっ、仕事したい!」って。
糸井 それは、なんでもいいとさえ思うんですか。
田口 そう、とにかく働きたい。
なんでもいいから働きたい。
糸井 野球選手である以前の話として(笑)。
田口 そう(笑)。
ぼくは絶対ずっと働かないといけないな
ということは感じましたね。
糸井 家の用事とかじゃダメなんですね。
田口 はい。それも大事ですけど、違います。
収入が必要です。
糸井 ああー、そうかそうか。
田口 働いて、お金をいただくという、このうれしさ。
それがいくらだろうが
ぜんぜん関係ないんですけれども。
糸井 わかるなあー。
だって、ずーっと稼いできたんですもんね。
そのために、トレーニングを重ねて。
田口 はい。
糸井 あの、ぼくはいま、被災地に
しょっちゅう行ってるもんですから、
お話しをうかがって、
被災地のお父さんみたいだなと思いましたよ。
田口 あ、そうなんですか。
糸井 たとえば、漁師さんが被災して、
本人は健康でも船も港もない状態なんです。
そういうとき、海や漁と関係ないところで
「この仕事どうですか」って言われても
俺の力が活かせてないっていう気持ちがあって、
そこを乗り越えるのはけっこうたいへんなんですよ。
事務や建設の仕事があります、って言われても
じゃあそれやりますって言うには、
自分のなかでなにかが引っかかるんです。
田口 ああ、そうでしょうね。
糸井 で、たとえば決心して事務をはじめてみたら、
もっと若い人がどんどんうまくこなしたりして
自分の居場所がますます
わからなくなったりもするでしょうし。
ずーっと寿司を握ってた人が、
お店を流されたあとに、さっと割り切って
違うことができるかというと‥‥。
田口 できないんですよ。
糸井 そうなんですよねぇ。
寿司を握るためにやってきたことが
ぜんぶ活かせないとなると、
極端にいえば、生きている意味まで
わかんなくなるっていう話を聞きました。
田口 立場は違いますけど、わかります。
糸井 うん。お店のないお寿司屋さんみたいだなと。
だって、それ以外のことを
してなかったんですからね。
田口 そうですね。
ぼくもほんと、野球しかやってなかったんで。
お店のないお寿司屋さんと同じですね。
ぼくの場合‥‥
握ってたのは、バットとボールですが。
糸井 ‥‥‥‥ああ。
田口 ‥‥‥‥わかりづらかったですか。

 
(つづきます)


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2012-04-12-THU

 
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