SHIRU
まっ白いカミ。

まっ白いカミを目の前にしたとき、ぼくらは困惑する。
それは何も映ってない鏡を見せられた時のようで、
いまこの時透明人間になっている自分に気付くからだ。

しかし、このまっ白いカミを前にして、
なにかができるかもしれないと知ったときのぼくらは、
急速によろこびに満たされる。
なんでもできるかもしれない、と。

ある人の前に、まっ白いカミをさしだしてみようと、
ぼくは考えました。
22歳の青年です。
名前は、“シル”というらしいのですが、
そんなことはどうでもいいでしょう。

168枚目:「素描、冷蔵庫。あるいは豊かな食卓への提案。」

 

部屋に冷蔵庫がある。
その部屋では女が暮らしている。
女は野菜嫌いではなかったが、
人の頭ほどもあるキャベツは
彼女が食べきるまえに痛んでしまう。

半分に切られてしなびたキャベツのとなりには
これも半分になってラップにくるまれたままのタマネギ。
それからビアジョッキがひとつ入っている。
ある男がこの冷えたジョッキでビールを飲むのだ。

しかしジョッキがもう半年も入りっぱなしなことに、
冷蔵庫に長年暮らしている味噌は気付いていた。
味噌の手前に同じく長いこと暮らしている乾燥椎茸は
女の実家から母親が送ってきたものだった。
母親は一族がガン家系なのを思って、
折にふれてキノコ類を娘におくってくる。

冷蔵庫の扉、卵ケースにはイソジンと
超純粋でできた化粧水のサンプル瓶が冷えている。
それからラーメンのスープや調味料。
これは例の男がたくさん食べるので、
ふたりで3袋を茹でたりする折にたまったのだ。

それから、封をあけたはいいが、
ぜんぜん食べられないで放置された
アスパラガスの水煮缶。
女はこれが古くなったら、それを口実に捨てようと思ってる。
どうやらアスパラガスは口にあわなかったのだ。
アスパラガスは鍋に飛び込む夢をみていた。

ペットボトルが取り出され、また戻ってきて
扉はしめられた。どうやらコンビニ弁当なのだろう、
冷蔵庫の中に失望の色がひろがる。
仲間も減ったいま、賑やかだった当時を
ケチャップは懐かしんだ。
あの頃は毎夜、扉がひらいて
ライトがつくとこんどは誰の出番かと、
みんな胸が高鳴ったものだった。

ミネラルウォーターは
暗闇の中で静かに水をたたえ、
超然的な能力でもって予知していた。
女は明日、図書館で勉強していると
缶コーヒーをもった男に声をかけられるだろうと。
ミネラルウォーターは男が、
ソース味のものが好きということまで予知できた。
しかし女はいまだジョッキを冷やしてはいるが、
自分の気持ちさえわかっていない。

冷蔵庫的にはこの事態を歓迎しているが、
特に、ビアジョッキはそろそろ凍えているのだが、
女は未だ、もう恋なんてしたくない的な気分なのだろう、と
賞味期限の切れている生クリームが分析した。
どうやら今回も望みはなさそうなのだ。

つまりこれは冷蔵庫的な物言いですまないが、
もうアスパラガスなんてこりごり!と女が思っている。
ぜんぶがぜんぶ一緒にしないでくれ、俺は違う!
世界のあちこちで、アスパラガスは思うだろう。

しかし、女はいうのだ。
アスパラガスを嫌いだというのに、
世界中のアスパラガスを食べなくちゃなんて
まるっきり馬鹿げてるわ、と。

 

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2001-03-25-SUN

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人類に幸福をもたらすかということについて。