HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN https://www.1101.com/home.html   「大坊珈琲店」 大坊勝次さんの38年            書籍『大坊珈琲店』刊行記念対談

第5回 大坊さんは、すばらしくみずくさい。
糸井 「大坊珈琲店」には、
ペーパーバックスが並んでいますよね。
山下 はい、並んでました。
福田 ハヤカワミステリのシリーズが。
糸井 最初ぼくは、
あれがすごく目立って見えたんですよ。
なんかその、
ハヤカワミステリがたくさん並んでいることで、
「相手をする気はないけど、いてもいいですよ」
っていうこと表現してる気がして。
山下 あぁ。
福田 ほぉ。
糸井 大坊さん、あれって、
「お客さんとおしゃべりをするつもりはないけど、
 時間があるなら本でも読んでってください」
そういうこと、なんですよね?
大坊 あの‥‥私はべつに、
話そのものが嫌いなわけじゃないですけど、
なんと言いますか‥‥座持ちは下手なんです。
糸井 座持ちは(笑)、そうですか。
大坊 どちらかというと、
話が途切れて、シーンとしてるような、
そういうときの感じがいいなと、
ぼくは思ってます。
次から次へと話題が入れ替えられる人は
すごいと思いますけども、
私は、ちょっと気まずくても、
喋らないで、
シーンとしているほうを好むんです。
糸井 ああーー‥‥。
だからまったく、大坊さんには、
「へい、らっしゃい」っていう感じはないですよね。
一同 (笑)
大坊 もちろん、心から、
「よく来てくださいました」と思っているんですよ。
糸井 わかります。
でも、「へい、いらっしゃい」
と言われてる感は、ほんとになかった。
それに慣れるとね、
「何もない、このゼロな感じの関係がいいな」
っていう付き合いになれるんです。
‥‥ねぇ、福田さん!
福田 わぁ、いきなり(笑)。
糸井 大坊さんって、そうでしょう?
べたべたしないじゃないですか、まったく。
福田 そうですね、たしかに。
いい具合で放っておいてくれます。
大坊 おっしゃっていただいたように‥‥
お客様との関係性をゼロにしたということが、
最終的に‥‥結果としてですけれども、
いらっしゃるおひとりおひとりにとって、
自分のことを考えられる時間になったのではと。
糸井 あぁ‥‥。
大坊 こういう都会の中で、
人間の関係性というものを無しにした、
らくな状態になれたんじゃなかろうかと。
今になってみれば、そう思います。
糸井 今、そう思うんですか(笑)。
大坊 そうだったのかもしれないなぁと。
糸井 それは、当たっていると思います。
ぼくもね、ほっと一息したいときに、
元気よく「こんにちは!」と言われると‥‥
ありがたいんですよ、ありがたいんですけど、
「ああ、また作り笑いしなきゃならない」
という気持ちに、正直なります。
山下 はい、はい。
福田 そっとしといてほしい。
糸井 その意味では、大坊さんのやり方は、
すごくいいことだったかもしれないですね。
人の関係ではなくて、
コーヒーにぜんぶ乗せちゃって、
コーヒーだけのやりとりにするっていう。
ものすごくクールな感じですけど、
らくになれてた人はたくさんいたと思いますよ。
大坊 そうですか。
そうだったらうれしいのですが。
糸井 ぼく、大坊さんから、
「原稿書いてくれませんか?」って言われて、
ちょっとうれしかったんですよ。
いや、ちょっとどころじゃない。
かなり悪い気がしなかったんです。
大坊 お礼を申し上げるのが遅れました。
その節はご寄稿文を、ありがとうございました。
(※書籍『大坊珈琲店』に、糸井は原稿を寄せています)
糸井 こちらこそ、あのようなものでよければ(笑)。

大坊さんとはそれこそ、
ずーっとゼロで付き合ってきたじゃないですか。
それが、
「頼みごとがあるんです」と言ってくださった。
それだけでうれしかったんです。
大坊 そうですか。
糸井 「原稿料はないですがコーヒー豆をさしあげます」
って、また正直に言ってくださって。
ぼくはよろこんで書かせていただきました。
たいした原稿ではないんですがお渡ししたら、
そしたら、コーヒー豆が返ってくるんですよ(笑)。
これでまた、きれいに、
関係がゼロになるんです。
だからなんて言うか‥‥‥‥
そう、すばらしくみずくさいんです。
山下 ‥‥すばらしくみずくさい。
福田 ‥‥ああーーー(笑)。
糸井 大坊さんは、すばらしくみずくさい。
あの場所はそういうお店だったと思う。
そしてぼく自身もそうでした、
大坊さんに対して。
いい感じで、みずくさくしていられた。
「オヤジ元気か」なんて、ぜんぜん思わない(笑)。
一同 (笑)
糸井 ほんとにクールに語れるんですよね。
でも、約束は守るんです。
大坊 ああ、約束は‥‥はい。
糸井 約束については、
うちの会社でもよく話してるんです。
「約束3原則」っていうのがあって、
ひとつめが、「できるだけちゃんと約束をする」。
ふたつめが、「それを守る」。
みっつめが、「守れなかったら、心から謝る」。
大坊さんもまさしくそれですよね。
大坊 そうですか(笑)。
糸井 あの本(書籍『大坊珈琲店』)には、
たくさんの方々が寄稿されてますが、
全員に、原稿料のコーヒー豆を?
大坊 そうです。
みなさんにお約束しましたので。
糸井 原稿の依頼は大坊さんがされたんだと思いますけど、
あれはなかなか、
勇気の要る仕事だったですよね。
大坊 はい。
糸井 それぞれのみなさんと、
関係性がゼロに近いはずですから。
大坊 あの‥‥断られる、引き受けてもらえる、
それはともかくとしまして、
なんでしょう‥‥
「頼めると思えた人」にお願いしました。
糸井 あぁー、判断したんですね。
大坊 はい。
それは、その、
ほんのすこしですけれども、
カウンターを通して、ひと言、ふた言、
言葉をかわしたときの‥‥
糸井 感じ?
大坊 感じ、です。
「手応え」です。
これも根拠はないです。根拠はない。
自分で、「あ、頼める」と思えた方、
そういう方に原稿をお願いしました。
糸井 それは大坊さん、
お願いするときの判断としては最高だと思います。

(つづきます)
2014-07-23-WED

まえへ
トップへ
つぎへ


ツイートする
感想をおくる
「ほぼ日」ホームへ