2018 新春とくべつ対談! 油井亀美也宇宙飛行士+糸井重里 人間を信頼する、人間の仕事。 2018 新春とくべつ対談! 油井亀美也宇宙飛行士+糸井重里 人間を信頼する、人間の仕事。
第4回 敬意があって、甘えがなくて、お金もない。
糸井
宇宙にいる仲間たちとだけじゃなくて、
地上のクルーとの間でも、
チームワークは、たいせつなんですね。
油井
はい、たとえば、
宇宙ステーションは無重力なので、
作業のツールを失くしてしまうことも、
あるんですね。

そのツールがないと、
その日の作業ができずに困るのですが、
そういうときは、
「すいません、何々のツールですけど、
 目を離したすきに、
 どこかへ飛んでいってしまいました」
と、地上に伝えるんです。
糸井
正直に。
油井
はい。すると、地上のチームが、
すぐ対応策や代替案を考えてくれます。

「ヨーロッパのチームが
 同じツールを持っているはずだから
 調整してみる」とか。
糸井
国は違えど同じチームなんですもんね。
油井
そうです、地上も含めてのチームです。

宇宙ステーションでは、
全員で助け合えなければ危険ですから。
糸井
ツールを失くしたのは自分だから、
俺が責任を取ると言って、
自分ひとりで何とかしようとしないで、
仲間の「頭を借りる」んですね。
油井
はい、そうです。非常に重要なことです。
糸井
自衛隊にいらっしゃるころから、
油井さんは、
チームワークをたいせつにする気持ちを、
お持ちだったんですか。
油井
わたし個人は持っておりましたし、
他の隊員も、そういう人は多いと思います。

わたしはパイロットでしたが、
機体整備の方々には感謝の気持ちが強くて、
機に乗り込む前など、
しっかりと挨拶をするようにしていました。
糸井
なるほど。
油井
なるべく機体にゴミを持ち込まないように、
靴の裏に何かついていないかどうか
確認してから乗るとか、
細かい気遣いをしているパイロットには
整備員のみなさんほうでも
「あ、この人は
 飛行機を大事にしてくれているな」って
思ってくださるみたいで。
糸井
うれしいコミュニケーションですね。
油井
おたがいに敬礼をし合う関係と言いますか。
糸井
階級は違えど。なるほど。
いいですね。「敬意」ですよね、つまり。
油井
そうです。敬意です。
糸井
以前、遠洋漁業の方に
「もし、船の中でケンカとか起こったら、
 たいへんじゃないですか?」
って聞いたら、
「いや、船では起こらないんです」って。
油井
なるほど。
糸井
あ、わかりますか?

ぼくが「どうしてですか」って聞いたら、
ひとつには「疲れ果ててる」と。
油井
そんな余裕ないんですね(笑)。
糸井
そして、もうひとつの理由は、やっぱり、
そんなことをしたら、みんな、
どうなるかが、わかっているからだって。
油井
はい。
糸井
宇宙ステーションの中でのケンカって、
映画のシーンではあるかもしれないけど、
実際は、絶対に起こらないように、
ものすごく、注意しているんでしょうね。
油井
いや、もう、もし万が一にも
閉鎖環境の中でケンカしてしまったり、
たったひとりでも
チームワークを乱すような人がいると、
深刻な影響を及ぼしてしまいます。
糸井
もう、生命の危険すら、ありますよね。
トビラの外は「宇宙」なわけだから。
JAXA/NASA Photo by Kimiya Yui
油井
たとえば、わたしは142日間、
宇宙ステーションに滞在したのですが、
本当にあっという間、
ものすごく、みじかく感じたんですね。

それは、クルーの関係がよかったから。
反対に、いがみ合って、
ただ義務感だけで集められた人たちが、
閉鎖的な空間に閉じ込められたら、
142日間は、
もう永遠のように長かったと思います。
糸井
それは‥‥「牢獄」でしょうね。

でも、助け合う、仲良くするっていうのは、
共通の聖典があるわけでもないし、
きびしい法律があるわけでもないですから、
それはつまり、全員が
「身につけて来てる」ということですよね。
油井
そうですね、文化も宗教も得意分野も
それぞれに違いますから、
宇宙では、
最終的には「おたがいを敬う」ことが、
とっても大事なことなんです。
糸井
これをやったら絶対に危ないリストを、
全員が共通で持っていると。
油井
はい、そのことについては、地上で、
これでもかというほど、訓練します。
その試験に受からないと、
宇宙に行くことは、できないんです。
糸井
じゃ、そういう意味では「ことば」って、
とっても大事なんでしょうね。

わるいことばひとつで、
モラルが失われることだってありますし、
冗談とかユーモアですら、
ある意味では、
安全圏を逸脱する可能性が、あるわけで。
油井
そうですね、ことばは大事です。本当に。
それがないと
コミュニケーションが取れませんから。

ただ、ロシアの宇宙飛行士や、
日本人のわたしが英語を勉強するのと同様、
アメリカ人も、ロシア語を勉強するんです。
糸井
あ、なるほど。
油井
そう、たがいに母語を使っていないことは、
よく理解しているので、
表現の微妙な部分には許容性があるんです。
糸井
そこはおたがいさま、ということで。
油井
ミスしたり、イライラしている人がいたら、
まわりも自然に気を遣います。
微妙な距離感でサポートをし合ってますね。

彼、忙しそうで食事の準備をする時間が
ないだろうなと思ったら、
ちょっと料理しておいてやるかみたいな。
そういうこともあります。
糸井
宇宙に行って帰ってきた人たちは、
あちらで、ずっと、
そういうことをやってきたと思うんですが。
油井
そうですね。
糸井
毎日となったら、たいへんじゃないですか?
油井
でも、それが楽しくて、やっていますので。
糸井
ああ、そうか。
油井
同じ環境で生活をしていると、
イライラするポイントも、だいたい同じで。

だから、けっこう自然に
「大丈夫、手伝おうか」「うん、手伝って」
といことばが出てきます。
糸井
他人に自分を投影したり、
自分に他人を投影したり。
油井
でも、宇宙ではそういうことができてるのに、
地球にある自宅に帰って、
なぜ、奥さんに同じ気遣いができないのかと
言われちゃうんですけど‥‥(笑)。
糸井
ああ~(笑)。
油井
でも、何でしょう、家族には、
これくらい言っても大丈夫だろういう‥‥。
糸井
「甘え」ですね。
油井
そうです、「甘え」があるから。
糸井
じゃあ、逆に言えば、
家にあって宇宙ステーションにないものは、
「甘え」ってことですね。
油井
そうですね。宇宙に「甘え」は、ないです。
糸井
なるほど、おもしろいです。
あとは、何か「ないもの」って、あります?
油井
はい、ストレスがなかったのは、
お財布がなかったからですね。
糸井
はあ~、「お金」か!
JAXA/NASA Photo by Kimiya Yui
<つづきます>
2018-01-04-THU