嘘つく商売は、人より自由。 [対談]よしながふみ × 糸井重里

04「元気でるよ」
糸井 よしながさんが描いてる、ある種のねじれなんかも、
アメリカにも「待ってましたーっ!」て思える人が
いるんですよ、きっと。
そう考えるとちょっと嬉しいですよね。
よしなが 嬉しいです。ほんとにいるのかわからないですけど。
糸井 世代が違うんだけど、ビートルズが流行ったときに、
ジョン・レノンていう人の居方(いかた)が
何かすごく変でよかったんですよ。
イギリス人だからというのもあるけど、
いわゆるアメリカ人の挙動じゃないんですよね。
ちょっとひねってるというか、
まともに自分の思ったことを言ってない感じが
とってもよくて、ぼくらの世代の人って
結構そこんところで影響受けてるとこありました。
よしなが わたしも子どものころ、
欧米としてすごいひとくくりに考えてたんですけど、
ヨーロッパ映画が観やすいなって思ったんです。
たとえばイギリスの人は、男の人の胸板が
日本人みたいに薄いし、
そんなに鍛えてないんですよね。
ときに、誰かが、
「こういう(ムキムキに鍛える)ことやるのは
 世界中でアメリカ人だけだよ、むしろ」
って言って。
だから日本人とヨーロッパ人は
わりと似た感性だって考えると、
むしろアメリカの方が
すごい特殊な文化じゃないのかなぁ。
糸井 江戸の吉原って、日本中の田舎から
女の人を連れてきたから
「ありんす」っていう吉原言葉を
作ったっていうじゃないですか。
あれと同じように、世界中から
いろんな人が集まったんで、
ありんすに近いような、
こうやった方がわかるんじゃないかという
人造国家を作ったんじゃないですかね。
よしなが それはそれですごく強大な力ですね。
おもしろいですよね。
わたし、アメリカのドラマも
映画も大好きなんです。
糸井 行為で表現することの快感みたいなのものを表すの、
ものすごく上手ですよね。
危ないとこっていったら高いとこ。
どろどろしてるとこは怖い。
みんなが納得する記号みたいなものの使い方は
アメリカ映画に一日の長がありますね。
よしなが そうですよね。それもおもしろい。
どっちもおもしろい方がいい。
糸井 よしながさんは、お客さんというか、読者が、
どこでどう何を感じてるかっていうのは
何か仕入れる道はあるんですか?
よしなが 何もないです。
糸井 何もないんですか。
よしなが まず手紙は減りましたね。
それこそ同人誌で直接売ってたときには
直接お客さんの反応があって、
あれはすばらしいと思いましたけど。
それこそ、その日売ったら夕方、来て。
糸井 「おもしろかったです!」って。
よしなが 商業作品だともうそんなの
あり得ないことなので。
商業誌の場合は、編集さん(担当編集者)が、
わたしにとっての神だって思います。
いっぱい背負わせて本当に申し訳ないんですけど、
編集さんが「おもしろかった」って言うのは、
「商売として通用します」っていう意味も含まれると
わたしは思ってるので。
でも逆に言うとそういう意味では
その方が1人いらっしゃるから、
すごく伸び伸び描けます。
糸井 編集さんの代替わりみたいなはないんですか?
よしなが あります、もちろんあります。
糸井 でも平気なんですか?
よしなが 今のところは。
糸井 へぇー。
よしなが 最初はその信頼関係をつくるのが大変ですけど。
代替わりしたって向こうもそうやって
今まで何年もマンガの仕事をなさってきた方なので、
ご飯食べたり、雑談したりして築いていきます。
わたし、自分ではジャッジできないタイプなんです。
できるタイプの方もいると思うんですけど、
わたしはもう、
わたしがおもしろいと思ったものしか描けないから。
絶対おもしろいって勝手に盛り上がって描いて、
あとのジャッジは編集さんに委ねて、
ここ、直した方がいいっていうところを
直して出します。
糸井 編集さんのジャッジで
「いちばんいいです」
っていうのに当たる言葉は何ですか?
よしなが どうだろう、何かこの一言とかは、
ないかもしれないんですけど、
詳しく言っていただけるときが嬉しいですね。
このコマ、このコマ、このセリフ。
全体的に見ておもしろかったですっていうのも
嬉しいけど、ここの展開、ここが
ぐっときましたみたいな、
そういうのはやっぱり嬉しいです。
あ、でも嬉しかった言葉がありますね。
それは「明日も会社、頑張ろうって思いました」。
糸井 ああー(笑)!
それはとっても嬉しい言葉ですね。
よしなが 言われたとき嬉しかったです。
全然、明るい話でもないし、
ハッピーエンドでもないし、
しかも担当さんは男性で、
わたしが描いたのは女性の話だったんですけど、
読んだ後に、そう言ってくださって。
糸井 それ、たまにぼく、メールでいただくことがあって。
「え、そーお?」っていう気持ちと、
「わかんないけど言ってくれるんだったらよかった」
って思ってます(笑)。
よしなが 『きのう何食べた?』は
『モーニング』って雑誌に連載してるんですけど、
決まりのあおり文句があって、
それは「読むと元気になる」って
必ず書いてあるんですね。
わたし、あれが大好きで。
悲しい話でも確かに元気出たりするので。
そうか、そうか、わたし、
元気出してもらいたくって書いてんのかなぁ、
って思うんです。
糸井 悲しい、どろどろした話でも元気になりますよね。
よしなが なります。
糸井 それは、負の意味も含めて
人間の可能性がおっきいってわかるからですよね。
人がちっちゃくつまんないものに見えたら、
明日頑張れないですもん。
悪党なら悪党で、たとえば、死んじゃった、
ヒース・レジャー(『ダークナイト』のジョーカー)。
あれ見て元気になるもんね、やっぱり。
ちっぽけさも含めた、あの大きさの悪党って、
俺は生まれて初めてお前を見たよって思って、
嬉しくって、帰って、みんなに、
見た方がいいよって(笑)。
よしなが そうですよね。わかります。
わたしは、つげ義春さんのマンガが好きで。
年下の子に、
おもしろいマンガないですかって言われたときに、
「つげ義春さん、わたし好きなんだけど読む?」って。
どこが好きなのかって聞かれて咄嗟に出たのが、
「元気出るよ」でした。
その子が、就職活動をやる時期になって、
別件だったと思うんですけど、電話してきたときに、
「元気出た、ほんとに!」って。
でもわたし、逆にその電話聞いて、
じゃ、わたしはいつも就職活動みたいな
気持ちなのかなぁって思って。
つげさんのマンガの中で、
売ろうとしていた石が全然売れなくて、
奥さんがばーんてその石を投げて、
もう、こんなのやだーっ、
あんたにはマンガしかないのよって言って、
後ろに喘息の子どもがうぇーって泣いてて、
最後にお寺の鐘がゴーン。
あれ、元気出るんです、すっごい。
もう何度読んでも、このゴーンてとこで元気が出ます。
糸井 その、頼りになんないつげさんを
頼りにしてる自分ていましたよね。
若いときはね。
ああ、あれは何だろう、
絵のせいもあるし、全部なんですよね、
マンガってやっぱりね。
つげさんは、仕事として水木しげるさんの
アシスタントをして、そのおかげで、
生活のために仕方なく身につけたペンタッチが、
人に何かを伝えたんだよね。
俺、そこんところがじんとくるんです。
よしなが ああー、そっか、なるほど。そうですね。
糸井 だってしょうがなく身につけたんですよ、あれ。
で、ああなったから描(えが)けたんですよ。
おそらく水木さんの楽天的なニヒリズム。
そこにも影響受けてますよね。やっぱり。
そこんところ抜きにして、
「俺、こういうマンガ描こうと思うんだよね」って
つげさんを目指す生意気なやつがいたら、
じゃあ描いてみろよって言いたくなる。
つげさんはもう早くお金がほしくて
しょうがなく描いてる時間が
全部あの中にこもってるから、
読んでいるぼくらも元気になるんだと思うよ。

(つづきます)
2013-01-23-WED
 
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