嘘つく商売は、人より自由。 [対談]よしながふみ × 糸井重里

06「生きること」を円滑にしてくれる何か。
糸井 ぼくは「ほぼ日」ていうものを続けてて、
最初は毎日って大変じゃないですかって
盛んに言われたんですよ。
で、だんだんと偉いですねって
言われるようになって。
で、とうとう、今、もう
15年目に入ってるんですね。
1日も休んでないんですよ。
よしなが 「ほぼ」と言いながら、
ほぼは要らなかったんですね、本当は。
糸井 いつか休んでやるとかいろんなこと言いながら。
で、とうとうですね、この1年ぐらい、
気付いてみたら、誰も大変ですねって言ってない。
よしなが はい(笑)。
糸井 自然現象のようになってしまうんですね。
今日は天気とか雨とかって毎日あることだから、
ほめたりしないじゃないですか。
あ、そこまでいって本物なんだって、
俺はちょっと自慢したい気持ちと、
ちょっと寂しい気持ちと。
よしなが ちょっとはねぎらってほしい気もしますね(笑)。
糸井 マンガを買ってる、よしながさんの姿も同じですね。
読んでるときは酒を飲んでるような感じ?
よしなが はい、そういう感じですね。
だから読むものが何もなくなっちゃうと
うろたえるっていうか、
糸井 それ用のスペースがあるんですね。
よしなが わたし、ほんとにマンガだけに特化した中毒で、
活字は書くのも読むのも苦手なんです。
もちろん何かきっかけがあれば読むし、
読むのが遅いわけでもないし、楽しいし、
おもしろかったってなるんですけど、
飢餓みたいな状態とはちょっと違う。
映画観に行くのもそうで、
「よしっ」て思わないと行動できない。
糸井 じゃあ頭の中にある材料っていうのは
今までに見たテレビドラマとか、
マンガが主なんですね。
よしなが そうですね、あとはもう事実。
自分が見てきたことですね。
友だちのこととか。
ぶつかったり、
あるいはぶつからないまでも、
そこはちょっと踏み込めないなって部分が
あったりっていう交友関係が続いてく中で、
ふとした瞬間に家族のことを聞いたり、
お家に遊びに行ってみたりして、
突然その子の取ってきた行動の、
全部や、あるいは特別なひとつがわかる瞬間があって。
自分の家族でもあります。親でもそうですね。
何でこうなのかなと思ってたことが
ふとした瞬間にわかるとき。
おもしろいなと思って。
糸井 よしながさんがのマンガって、
「俺はわかるけど、他の人はわかるんだろうか」
ってみんなが思ってるみたいなとこあるんですよね。
波瀾万丈だったりすると誰だってわかるんだけど、
波瀾万丈じゃないところで、
「たまたまこの側から見るとこう見えるよね」
っていうところがちらっとこう見つかったりして。
よしなが 逆にわたしにとっては
すごく普通のことなんでしょうね。
そういうことの喜びで
生きてきたみたいな部分もあるので。
自分としては『きのう何食べた?』も
すっごくドラマチックな話のつもりで
描いてるんですけど、
人からは淡々とした話だって言われます。
さすがに今は人からそう言われても
驚くことはないんですが、
自分としてはいつも、とっても盛り上げて、
ああ、何か、人生って大変だよね、ふぅ、
みたいなぐらいの気分でエピソードを描いてます。
こんなすごいこと、自分の身に起こったらやだな、
大変だなぁとか思って。
描いてるときは絶対おもしろいと思うんだけど、
できあがってみると
「あれ? やっぱりこれって
 あんまりドラマチックじゃないのかな」
ってしょんぼりします。
糸井 テレビドラマのサイズで
向田邦子さんが描(えが)くものとかって、
じつはそうですよね。
「うん、いろいろあってよかったね」
っていうもの。
家族の中であったできごとで、
そのときには誰の口からも語られなかったんだけど、
15年ぐらい経ってから、
今さらに言うのも何なんだけどさぁ、
あんときのあれってあれだよねって言うと、
そうそうそう、
それはわたしも言おうと思ったんだよみたいな。
よしなが そうそうそう、そうです!
たとえば、叔母さんが
Aさんていう男の人と仲良くしてて、
でもなかなか結婚できなくて、
結局全然別の人と遅い結婚をしたんだけど、
Aさんとはどうして
結婚しなかったのかって言ったら、
おばあさんが「だってAさんホモだもん」
って言ってたことを、
父親から聞いた時とか。
糸井 ああ(笑)。
よしなが そういえばAさん髭生やしてたなとか、
素肌にVネックのセーターを着ていたなとか。
糸井 ああ。何だろうね、
それは生きててよかったっていうか、
元気が出るっていうのとイコールなんですよね。
よしなが そうなんです。別に嬉しいエピソードっていうわけでも
ないんですけど、
「そうなの!」とわかったことが快感みたいな。
糸井 それをものすごく単純化したのがペットなんですよ。
犬や猫っていうのはまた複雑だから
今の話にちょっと近くて。
こうなんだよねっていうところが、
自分の目だけに見えてくるときがある。
よしなが 何でもそうですが、
何かの断片的な事実が、
物語になったときですよね、
そのとき、人って、わぁーって思います。
糸井 それはもう人間が生きる栄養素なんだね。
よしなが そうだと思います。
「生きること」を円滑にしてくれる、
何かなんですね。
糸井 よしながさんは、
それをものすごく取り込む体質になっちゃった。
よしなが 描くようになると、よりエピソードが
必要になる気もするし。どうなんでしょう。
糸井 出すからより必要になるんじゃないですか。
よしなが やっぱりそういうことなんですね。
アウトプットしてるからっていうことなのかな。
糸井 アウトプットでしか脳は育たないそうですよ。
よしなが むしろ出さないと苦しかった時期があって、
楽にはなった気がしますね。
糸井 たとえば10年あげるから
大傑作を1本だけ書きなさいって言われても
絶対作れないと思うんですね。
けれど出しつづけてることで
どれかが大傑作になるっていうことはある。
そこんところをぼくはやっぱり若い人は
誤解してると思うんですよ。
よしなが はい。
糸井 だから打席に立った数の多い
手塚治虫先生はやっぱりすごいですよね。
よしなが そうですね。
それはほんとにそう思います。
糸井 夭折はありますよ。
21才で死んじゃった人が
大傑作を作ったっていうことはある。
でも、その1回作ったっきり、
ずーっと次の作品をずっと構想してますっていう人が
作ったなかに大傑作は、基本的にはないですよね。
よしなが 確かに寡作の素晴らしい方ってのは
本業があります、だいたい。
糸井 そうですね。
そこで何かアウトプットしてるんでしょうね。
よしなが わたしの大好きなマンガで、
何かに感動したり、人を好きになったときに
音楽を作れる青年がいて、
自分には音楽があるからよかったけど、
はけが悪い人たちが問題だって言ってるんです。
糸井 はけが悪い人ね。
よしなが はけ。
うまいこと言ったなぁと思いました。
思っても上手に出せないっていう。
その舞台が刑務所なんですが、
うまくいかないと
こういうとこ来ちゃうんだよねって。
糸井 なるほどなぁ。

(つづきます)
2013-01-25-FRI

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