「吉本さんが色紙にひと言書くとしたら、
 どういう言葉ですか?」
と、以前糸井重里が吉本隆明さんに
質問したことがあります。
吉本さんは
「サインといえば、たいてい
 この言葉を書いています」
といって、
宮沢賢治の言葉を引用した
サインをしてくださいました。

「ほんとうの考えと
 嘘の考えを分けることができたら
 その実験の方法さえ決まれば」

これは宮沢賢治の代表作といえる物語
『銀河鉄道の夜』の一節です。
この言葉のあとに
「宮沢賢治より──吉本隆明記」
と記入し、
肝心の吉本さんの名前は
色紙の隅っこにあるという、
変わったスタイルのサインでした。

宮沢賢治は農業の科学者であると同時に、
法華経の熱心な信者でもありました。

ですから、宗教と芸術、科学を
どのように一致させるかは
宮沢賢治が生涯をかけた問題でした。

たとえば
「死んだあとに人間はどうなるか」
という問題ひとつとっても、
人が「主観的に真理だ」と
思えるものと
科学が「誰がやってもこの結果が出る」と
定めるものとは
一致させることができないのです。

「誰かがボタンを押して
 ほんとうの考えは『ほんとう』と出て、
 嘘の考えは『嘘』と出てくることの実現は、
 現在のところ、まったく可能性はありません。
 しかし、それが可能になれば、
 おそらく科学と宗教は一致する。
 それが宮沢賢治の考えです」
と吉本さんは講演で語っています。

人と科学がまじわる場所を
つきつめて描く
宮沢賢治の「ほんとう」とは
いったいどのようなものだったのでしょうか。

『注文の多い料理店』
『よだかの星』
『セロ弾きのゴーシュ』
『銀河鉄道の夜』
そして
『雨ニモマケズ』

宮沢賢治の童話は、ときおり
夢ともうつつともつかない場所で
描かれることがあります。
たとえば『銀河鉄道の夜』で
ジョバンニがどこからどこまで
現実ではない世界にいたのか、
『注文の多い料理店』はどこまでがリアルか。
それは宮沢賢治が
あることがらを描くとき、
それを善とも悪ともみなさず、
(だから悪は悪で反省するわけでもなく)
その過程の、
「中性な内面のあり方」という場所で
白熱しているからだと
吉本さんは指摘します。

また、宮沢賢治の
最終的に理想的とする人間像は
『雨ニモマケズ』の「デクノボー」であると
吉本さんは言います。

誰が賢くて誰が賢くないかは
ほんとうにはよくわからない、
賢くふるまったかどうかは
ほんとうの賢さとは関係がない。
「ホメラレモセズ クニモサレズ」
という聖なる人間に
近づこうと一生懸命になって
できなかったのが
宮沢賢治の生涯だ

とも語っています。

吉本さんも、
東京工業大学卒業の理系出身であり、
詩人で批評家の文系の人です。
宮沢賢治とシンパシーを持つ部分が
たくさんあったかもしれません。

ほんとうの考えと嘘の考えを見つける装置を
探しつづけなくてはいけない、
その手をゆるめてはいけない。
親鸞に次いで多い、
宮沢賢治をテーマにした吉本さんの
10講演を本日公開します。