ぼくの歩く、まんが道。矢部太郎さんと糸井重里の、漫画談義。 ぼくの歩く、まんが道。矢部太郎さんと糸井重里の、漫画談義。

お笑い芸人の矢部太郎さんが描いた
漫画『大家さんと僕』が、
20万部突破の大ヒットを記録しています。
なぜこの漫画は、ここまで多くの人に
読まれているのでしょうか?

かつて漫画家にあこがれていた糸井が、
漫画家デビューした矢部さんと、
作品の制作秘話や、
日本の漫画が持つ可能性について、
ほどよい熱さで語りあいました。

作品の中では語られなかった矢部さんの
葛藤や苦悩などにも迫った、全6回。
どうぞごゆるりとおたのしみください。

第3回
ぼくの漫画の描き方。
糸井
ぼくは矢部さんの本を読んでから、
「学校に漫画の授業があればいいのに」
って思いはじめたんです。
矢部
漫画の授業?
糸井
漫画といっても、
丸と線で描くようなものでいいんです。



ぼくは漫画や絵コンテには、
文章や図で人に伝えるのとはちがう、
「いっしょの時間を歩いている」ような、
そんなわかりやすさがあると思っています。
矢部
でも、絵だったら作文よりも、
先に学べるような気がしますね。
糸井
そういう表現のしかたを、
1年生や2年生くらいから、
教えてもいいと思うんですよね。



だって、子どもたちって、
お絵かきの時間に、
おうち描いて、お花描いて、
女の子とかを描くじゃないですか。
矢部
その子に吹き出しをつけて、
ちょっとセリフを足せば、
もう漫画のはじまりですね。
糸井
そうなんですよ。
そういう表現を日本人が
ちゃんと学びはじめたら、
もう、とんでもない表現力の国に
なるんじゃないかって。
矢部
ぼくでも描けるわけだから、
きっとみんなも描けると思います。
糸井
矢部さんご自身は、
なんで漫画が描けたと思いますか?
矢部
なんで描けたかというと、
それはいままでの
「漫画の記憶」だと思います。
糸井
そうか。ずっと見てたから。
矢部
「こういうシーン、
あの漫画にもあったな」とか、
そういう記憶だけでも、
けっこう描けるんですよね。



ぼくの場合は、
4コマ、8コマにしたので、
コマ割りで悩まなくていい分、
さらに描きやすくなりました。
糸井
それもベッタリと、平凡に。
矢部
はい。
それを決めただけで、
この漫画の形ができます。
そうすれば、
あとはハメ込むだけなので。
糸井
むずかしいものからは、
逃げてもいいんだもんね。
矢部
はい。たとえば、この場面も‥‥。
矢部
じつはここ、
車の対向車を描くのが大変だから、
空を飛ばせてみたんです。
空なら他の車を描かなくていいので(笑)。
糸井
なるほど(笑)。



じゃあ、食卓のシーンは
どうしたんですか?
けっこううまく描いてますよね。
矢部
食卓だけは練習しました。
でも、食卓のシーンは、
いままで読んだ漫画から、
かんたんに描けそうなものを探して、
それをマネしたんです。



ちなみに、玄関や階段などは、
『すーちゃん』などを描かれた
益田ミリさんを参考にしました。
糸井
へぇー、そうなんだ。
矢部
階段はけっこうクセモノで、
はじめのころは、
エッシャーみたいになってます。
糸井
うん、土台がない(笑)。
矢部
でも、階段は近づいたら
描けるってことがわかったんです。
部分的なら描ける、引いたら描けない。
糸井
へぇ、おもしろいね。
その発明を繰り返すことで、
その人の文体になっていくんでしょうね。



このロウソクの感じもいいですね。
矢部
これも、塗ったらたいへんなので、
スクリーントーンにして、
ちょっとでもラクしようと。
糸井
トーンの知識はどうしたんですか?
矢部
基本的に、漫画の知識は
『サルでも描けるまんが教室』から‥‥。
糸井
はいはい、『サルまん』ね(笑)。



ぼくらの時代は、
やなせたかしさんの『まんが入門』とか、
石ノ森章太郎さんの
『少年のためのマンガ家入門』でした。
矢部
へぇーー。
糸井
で、Gペンとケント紙を買うところで、
みんな悩むんですよね。
矢部
そこのハードルは、
ちょっと高いですよね。
糸井
矢部さんは? 
これ、ちがいますよね?
矢部
はじめはコピー用紙と鉛筆でした。
でも、消しゴムを使いすぎて、
すぐに紙に穴をあけちゃうので、
いまはパソコンです。
糸井
そうか、そうか。
これ、パソコンだったんだ。
矢部
たぶん、パソコンがなかったら、
ぼくは漫画を描いてないと思います。
1コマ目の顔なんて、
たぶん100回くらい描き直しました。
糸井
ケント紙なんて
買うだけでビビりますからね。
見た目がもう、パチーンとしてて。
矢部
さらに付けペンだし。
糸井
付けペンなんてポタポタ落ちるか、
2ミリくらい描いて
インクがなくなるかのどちらかです。
矢部
はい(笑)。
糸井
ぼくは漫画家にあこがれた
時期があったから、
そういうことはぜんぶやりました。
矢部
へぇーー。
糸井
中学の時にそういうことをやって、
どうもうまくできなかった。
それこそケント紙やペンを買ったんです。
でも、枠線を引こうとすると、
定規と紙の隙間にインクが染み込んで、
もう「あぁっ!」って(笑)。
矢部
枠線を引くのって、
じつはむずかしいんですよね。
糸井
だから、だいたいの人は、
漫画の中身を考える前に、
枠線ばっかり引いてますよ。
矢部
なるほど(笑)。
糸井
でも、いまとなっては、
あの苦労はしてよかったと
思っています。



つまり、漫画を読むときに、
そのことを知っているのと、
知らないのとでは、
けっこうちがいますよね。
矢部
ぼくもそう思います。
だから、はじめて原画を見たときは、
ほんとびっくりしました。
糸井
ちょっとショックですよね。
矢部
ショックです。
本当にこうやって描けるんだって。
糸井
そうやって一度は
恐れおののいたはずなのに、
なぜかまた描きたくなるというのが、
漫画のおもしろいところですよね。
(つづきます)
2018-02-04-SUN