第2回

勝手に「いい木」は育たない。

──
こうやって見上げてみると、
杉って、本当に「まっすぐ」なんですね。
青木
「杉」というのは
「まっすぐ」がという言葉が語源だとも
言われています。

それほど、まっすぐ育つんです。
──
へえ、おもしろい。
青木
そのため、非常に加工しやすいんです。

学名は「クリプトメリア・ジャポニカ」で、
日本語で言うと
「日本の隠れた宝」という意味だそうです。
──
昔から重宝されてきた木なんですね。
青木
60年前、誰かが植えてくれた杉の木が、
60年後の今、
こうして、こんなに大きく育ってます。

「伐採して植える」というサイクルを
計画的に繰り返していけたら、
森は、いつまでも再生産可能なんです。
──
木の根っこが、
土砂崩れなども防いでくれるんですよね。
青木
はい、たとえ伐採したあとの伐り株でも
根はまだ張っているので、
10年くらいは
しっかり、土砂を押さえてくれますね。
──
人間が森の木を伐るという行為は、
森にとっては、
どのような意味があるんですか?
青木
そうですね、間伐といって
木を伐って適切な密度の森にしてあげると、
地面に太陽の光が届くようになるので、
草が生えてきます。

そうすると、たとえ雨が降っても、
草の根のおかげで
雨がゆっくり地面に浸透していきますので、
いきなり、
土砂が流れ出てしまうことがない。
──
へえ‥‥。
青木
つまり、ひとつの効果としては、
伐採によって崩れにくい山になりますね。
──
うまくできてるんですね。
青木
もちろん、伐っただけで植えなければ、
はげ山になっちゃいます。

この山も、炭や薪など燃料生産のために、
どんどん伐採していった結果、
一度、はげ山になってしまったんですよ。
──
え、ここが?
青木
ですから、いま立っている杉やヒノキは
戦後に植えた人工林で、
だいたい、どれも樹齢60年くらいです。
──
はげ山から復活するのに、60年。
青木
現代の日本は、
有史以来最大の資源量と言われてます。

戦後に植えた木が成長して、太って、
木材資源として蓄積されているんです。
──
そうなんですか。有史以来。
青木
今年は、この山で木を伐って炭を焼き、
来年は隣の山、
再来年はまた隣の山‥‥といった感じで
20年後、最初の山に戻ってくると、
木は、すでに立派に成長しているんですね。

その木をまた伐って‥‥というサイクルを、
ずっと繰り返してきたんです。
──
でも、木って、なんか、いいですよね。
非常に今さらですが‥‥。
青木
そうですね(笑)。

でも、改めてそういっていただけると、
うれしいです。
──
少し前、数寄屋造りの建築家さんに
取材させていただいたときに
「木や石は、手入れさえ怠らなければ
 年月が経てば経つほど、
 どんどん、よくなっていくんです」
とおっしゃっていて、
ああ、そうだよなぁと思ったんです。
青木
ええ。
──
震災後の気仙沼で取材したときにも、
こういう話を聞きました。

津波で流されてしまった家財道具を
拾いに行ったら、
大量生産されたプラスチック製品は
ぜんぶダメだったけど、
職人さんが手作りした津軽塗りの座卓は、
重油やガレキに埋もれていたのに、
流されたもの、ぜんぶ使えたんですって。
青木
そうなんですか。
──
職人さんがていねいに作った木の製品は、
津波でも簡単には壊れず、
残ってくれたんだなあと感動したんです。
青木
建材や家具にかたちを変えても、
木というのは生きてる、
つまり「呼吸」をしていますものね。
──
燃えたりしないかぎり。
青木
何十年、何百年も経っている木材でも
表面を挽き直してあげれば、
下からきれいな木目が出てきますし、
ぱぁっと、香りも立つんです。
──
生命が閉じ込められてるみたいですね。
なんだか、不思議です。
青木
ぼくらは「葉枯らし乾燥」をしてるので‥‥。
──
葉枯らし?
青木
はい。大抵の木材は経済性を優先して、
乾燥炉に入れて
人工的に、強制的に乾燥させるんです。

すると、速く乾燥するんですけど、
本来、木が持っていた成分、
艶や香りなどのいい成分も飛んでしまって、
スカスカになってしまうんです。
──
そうなんですか。
青木
それにくらべて「葉枯らし乾燥」の場合は、
木を山側に倒したあと、
枝葉がついた状態で、置いておくんです。

木というのは、
枝の葉から水分を蒸散させて呼吸しながら、
根から水を吸ってるんですが、
もう、水分は吸い上げられませんよね。
──
伐り倒されているから。
青木
そのため、
葉から水分が蒸散していく一方になる。

そうやって木を乾燥させるのが、
いわゆる「葉枯らし乾燥」なんです。
──
そうすると、艶とか香りなどの
木のいい成分を残したまま、乾かせる?
青木
そうなんです。
──
その場合の乾燥時間は‥‥?
青木
人工乾燥の場合は、1~2週間。
葉枯らし乾燥だと、3ヶ月から半年くらい。
──
何倍も時間をかけて乾燥させるわけですね。
その間、雨に濡れても、大丈夫なんですか。
青木
濡れて乾いて、濡れて乾いてを繰り返して、
だんだん芯から乾燥していくんです。

昔は、海外から輸入した丸太って、
海に漬けたままで乾燥させていたくらいで。
──
なるほど。
青木
人工乾燥の場合は、
木の外側から乾燥させていくんですが、
そうすると、
木の芯が生のままだったりするんです。

でも、葉枯らし乾燥は逆で
内側から水分を抜いていく方法なので、
芯から乾いて、さらに脂分が残るので、
艶っぽさも失われません。
──
木って、乾燥させる過程で、
硬く、強くなっていくものなんですか?
青木
はい、時間が経てば経つほど強くなります。
空気中の二酸化炭素を吸って炭化するので。

古民家の古い柱なんて、
石みたいにカチカチになってたりしますね。
──
木って不思議です、そう考えると。
青木
不思議です。時間が経つにつれて
弱く、衰えていくものがほとんどですけど、
木は、水の養生さえしっかりしてあげれば、
どんどん、強くなっていくんです。
──
それも、木の魅力のひとつなんでしょうね。
青木
山全体のことに配慮してあげることで、
個々の木を、強くすることもできるんです。

具体的には「間伐」なんですが。
──
間伐というと、
さっきの「木を間引く」作業のことですね。
青木
はい。間伐してあげないと、
ひょろひょろの木に、なってしまうんです。
──
どうしてですか?
青木
満員電車に乗ったときって、
ぐっと踏ん張らなくても倒れないですよね。
隣の人に支えられてますから。

それと同じで、
木も、すぐ隣に別の木が立っていたら、
しっかり根を張らないんです。
──
なるほど。自分が、強くならないんだ。
青木
逆に、適切に間伐してあげると、
木が、自分自身で、
倒れないように根っこを張るわけです。
──
踏ん張らなきゃ、と。
青木
かといって、間を空けすぎてもダメで、
その場合は、
フワフワ太った弱い木になってしまう。
──
フワフワ?
青木
間伐がちょうどよく行われている場合は
木の成長の速度が少しずつになり、
結果、木の「年輪」が、細くなるんです。

そうすると、同じ年月でも強い木になる。
──
ギュッとしてる?
青木
締まってるんです。
──
隣の木との間隔が空きすぎてしまうと、
締まりのない体になっちゃう。

イメージ的に、すごくよくわかります。
青木
だから、ちょうどよく間引いてやることで、
強い木に成長するための空間を、
人間が、コントロールしてあげるんです。
──
ただ放っといただけでは、
勝手に「いい木」は育たないんですね。
青木
はい、手入れをきちんとやらないと。

しっかりした枝ぶりの木に育ったら、
その木の根も、しっかり土に張ってます。
枝と根っこは、連動しているので。
──
ええ。
青木
ですから、間伐の際にも
枝の張っていない木を残してしまうと、
根も張ってませんから、
強い風が吹いたら、倒れちゃうんです。

満員電車で油断してたら、
急に、みんなが新宿駅で降りちゃって、
おっとっと、みたいな。
──
満員電車のたとえ、わかりやすい(笑)。
青木
先ほどの、気仙沼の津軽塗りの座卓の件も、
木が育った環境、乾燥させるプロセス、
そして何より、
職人さんがていねいに作ったものだから、
津波に流されても無事だったんでしょうね。
──
ありがたいものです、木って。
青木
本当に、そう思います。

きちんと山を管理して育ててあげたら、
長く、人間の役に立ってくれますから。

<続きます>

2016-10-18-TUE

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