さよならは、こんなふうに。 さよならは、こんなふうに。
昨年連載した
訪問診療医の小堀鷗一郎さんと糸井重里の対談に、
大きな反響がありました。
あの対談がきっかけとなって、
ふたりはさらに対話を重ね、
その内容が一冊の本になることも決まりました。



小堀鷗一郎先生は、
死に正解はないとおっしゃいます。
糸井重里は、
死を考えることは生を考えることと言います。



みずからの死、身近な人の死にたいして、
みなさんはどう思っていますか。
のぞみは、ありますか。
知りたいです。
みなさんのこれまでの経験や考えていることを募って
ご紹介していくコンテンツを開きます。
どうぞお寄せください。
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illustration:綱田康平
032
何が起こっているか、
わからなかったかもしれない。
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母が亡くなりました。89歳。
転んで腰の骨にヒビが入り、
痛くて食事もとれなくなったので入院し、
リハビリも順調だったのに、
新型コロナウィルスの院内クラスターに巻き込まれて
亡くなりました。



日常生活をふつうに送れるほどの
認知能力はありましたが、
新型コロナの重大さは、
よくわかっていなかったと思います。



順調に入院生活を送っていたのに、
ある日突然、個室に移され、
自分を世話する看護師さんたちがみんな、
ものものしい服装(防護服)になり。
そうこうしているうちに高熱を出し、
どんどん苦しくなっていって‥‥。
自分の身に何が起こっているのか、
理解できていなかったんじゃないかなぁ。
そして、こんなに苦しんでいるのに、
どうして家族が誰も来てくれないのかと
思っていたかもしれない。
そう考えると、母が不憫で仕方がない。



結果的に最期となった日、
母は姉に電話をしてきました
(看護師さんがかけてくださったのだと思います)。
苦しそうな呼吸をしながら、
「いままでありがとう」と言ったそうです。
「そんな弱気なこと言わないで、気をしっかり持って」と姉は応えました。



夕方、再び電話が来たのですが、
今度は「はあはあ」しているばかりで、
言葉になっていなかったそうです。
苦しそうだったので、
「また明日ね」と早々に切ったそうですが、
その晩に亡くなりました。



コロナのため、入院中はもちろんのこと、
亡くなったあとも顔は見られませんでした。
病室で納体袋に密封されて、
そのまま葬儀社に安置となりました。
偶然にも、安置先は母の生家のすぐ近くでした。
そんなことが、私たち家族には、
ほんの少しの救いに感じられました。



通夜も葬儀もできないと言われ、
3日後に火葬場に集合。
炉に入れる直前の棺を遠巻きに目にし、
送り出しました。



お骨を拾っていても、全く実感がわきません。
元気な姿しか知らないから、
ほんとうにこのお骨は母なのか? という疑問さえ
浮かびました。
今日まで泣いてもいません。
いつか、何かの拍子に、わっと来るでしょうか。
そのきっかけを、いまは待っているような気がします。



(次女)
2021-03-16-TUE
小堀鷗一郎さんと糸井重里の対話が本になります。


2021年3月、増刷となりました。
多くのみなさまに本を手にとっていただき、
ありがとうございます。
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『いつか来る死』
小堀鷗一郎 糸井重里 著

幡野広志 写真

名久井直子 ブックデザイン

崎谷実穂 構成

マガジンハウス 発行

2020年11月12日発売