座談会4人のガラス作家たち。菊地大護さん 小宮崇さん 有永浩太さん 高橋禎彦さん

器であり生活のオブジェでありほんのすこしだけ使い手の暮らしを変えるもの。

「生活のたのしみ展 2026」に、
20代から60代までと、世代も環境もばらばらな
4人のガラス作家の作品が一堂に会します。
共通点は「みずからの工房を持っていること」、
そして「ふだん使いのできる
テーブルウエアの製作を続けていること」。
それぞれがどんなものを出展するのか知る前に、
「みんなで一度、ガラスの話をしましょう」と、
オンラインで座談会を開きました。
司会役は、4人の中では年長の高橋禎彦さん。
ガラス作家が集まって話す機会は
あまり多くないとのことで、
忌憚のない意見が飛び交う場となりました。
それぞれの人となりと作家性を
感じ取っていただけたらと思います。

プロフィール写真

菊地大護きくち・だいご

1997年岐阜県生まれ。
2018年富山ガラス造形研究所造形科卒業、「ピーター・アイビー工房 流動研究所」に。
2022から富山ガラス工房に所属ののち、2025年、富山県小矢部市に築炉。

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小宮 崇こみや・たかし

1985年埼玉県生まれ。
明星大学日本文化学部造形芸術学科ガラスコース卒業、2009年から2017年まで新島ガラスアートセンターに勤務、退社後富山にて作家活動を開始。
2020年に富山ガラス工房に所属、2023年、富山県砺波市で独立。

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有永浩太ありなが・こうた

1978年大阪府生まれ。
倉敷芸術科学大学卒業後、福島と東京のガラス工房に在籍。
2011年から2016年まで金沢卯辰山工芸工房ガラス工房専門員を務め、2017年能登島に自身の工房「kota glass」を設立。

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高橋禎彦たかはし・よしひこ

1958年東京生まれ。
多摩美術大学立体デザイン専攻
プロダクトデザイン専修クラフトデザインコース修了ののち、同大学立体デザイン専攻研究室副手に。
その後ドイツのグラスハウスアムヴァートゥルム工房のウード・エーデルマン氏のもとへ。
帰国後、神奈川県相模原市に工房を開設。
2022年3月まで多摩美術大学教授を務めた。

01 毎日、手を動かしていると。

高橋

僕、みんなに訊きたいことを
いくつか用意してきているんです。
みんな、ほら、僕より一応若いじゃないですか(*)

(*)高橋さんは60代、
有永さんは40代後半、
小宮さんは40代前半、
菊地さんは20代後半です。

僕ら4人の共通点は、
みんなそれぞれ自分の工房を持ってるということ。
最近のガラス製作は、工房を持たなくても、
窯を借りての作家業ができるし、
それで仕事になっている人がたくさんいる中で、
なぜ自分の工房を持とうと考えたんだろう、
というのがひとつ目の質問‥‥なんですけれど、
その前にね、ちょっと訊いてみたいんだけれど、
自分のこと「俺、ちょっとカッケー」とか、
「すげー」とか、思ってるでしょ? みんな。

全員

わははは!

有永

どういう質問ですか!

高橋

「思っていたことがある」でもいいですよ。
というのも、若い作家って絶対に
「俺すげー」と思ってるはずだと。

全員

うーん‥‥。

──

みなさん、言いにくそうですが、
そういう質問をなさるということは、高橋さん自身、
若い頃、そう思っていたわけですよね?

高橋

ハイ、20代のときは普通にそう思ってました。
今は、さすがにアレですけどね。
だから、ほら、20代の(菊地)大護君とか、
絶対思ってると思う(笑)。

菊地

え‥‥。

高橋

ふふふ。

菊地

えっとですね、「自分、カッコいい」というより、
やっぱり作品を販売という形で
世に出していかなきゃいけないとなったときに、
自分の作品に対して自信を持たなきゃいけないな、
自信を持とう、と考えるようになりました。
「ああ、自分なんてまだまだだ」と思いながら
販売するのは相手の方にも失礼ですし、
ちょっとした自信は大切なのかなって。

高橋

おお、すごい。
小宮君はどうですか。

小宮

「吹きガラスに関しては誰にも負けたくないな」
みたいな、ちょっと生意気だったところはありましたね。
そもそも僕が学生の頃に
ガラスを始めたきっかけの話ですが、
当時は海外から作家さんがワークショップで来日したり、
それこそ禎彦さんがデモをされたりとかして、
吹きガラスが一種の花形といいますか、
キラキラした世界だと感じていたんです。
僕はそれが憧れといいますか、そこに近づきたかった。
だから今も「負けたくない」。

高橋

絶対そう思ってるよ。ふふふ。

小宮

あはは! でもそれが一つの
「やる気スイッチ」といいますか、
「誰よりもうまくなりたい」であったりとか、
まだ誰も見つけていないガラスの表現を
自分なりに探したいと、学生の頃は思ってたんです。
だから最初、器を作ろうとか、何も考えてなかったです。

高橋

分かります。

有永

僕らの世代って、
器って大学ではあんまり習わなかったしね。
「ガラスの表現とは何ぞや」みたいな、
そんな雰囲気が強かったんです。

高橋

僕は(有永)浩太君が学生の頃から知ってるんだけど、
当時からカッコよかったよ。

有永

やった! そのときは、
吹きガラスが吹けるだけで
3割増しにカッコよく見える、
って言われていたんです。

──

しろうとの質問ですみません、
そもそも吹きガラスって、
そんな簡単には吹けないものなんですか。

高橋

前提で言うと、吹きガラスっていうのは、
できる人とできない人がいます。
多分ほかの物事と一緒だと思うんだけれど、
技術が必要なことだから。
‥‥ということは必然的に、
できるやつがちょっとカッコいい、
みたいなポジションになりがちで、
だから吹きガラスをやってる若い人はみんな、
「俺はちょっと、それができるぞ、カッコいいぞ」って
絶対思ってるに違いないと踏んで、
さっきの質問をしてみたんです。

──

それはどこかで落ち着くんですか。
カッコいいと思ってる自分から、
どうやってそれが消えていくんでしょう。
それとも、なくならない?

高橋

テクニカルなものって多分全てそうだと思うけれど、
スイスイ感とか操る感がある以上、
そこに乗っかってサーフィンしてるみたいな、
そういう気持ちの状態は、キャリアの長短にかかわらず、
多分、いつまでも乗っかってるはずだと思うんです。
どうですか。

有永

毎日手を動かしてると、すっごい調子のいいときと、
そうじゃないときがあって、
やっぱり没頭してすごく調子がいいときは
気持ちいいですよね。サクサク作れちゃうから。

菊地

たしかに乗ってくると本当に気持ちよくて。
だから、夜中に集中して作業をすると、
すごく効率が上がります。

有永

夜中に?! それは若いからじゃないかなあ。

高橋

そういえば僕も一番最初は夜中にやってました。

菊地

本当ですか。テンションが違うのか、
だんだん気持ちが乗ってくるのは
そういう時間帯だったりしますね。

高橋

僕はガラスを始めたとき、
たまたまちょっと通ってた
鹿沼の濱田能生(*)さんていうガラス作家が、
本当に夜中に作業を始めて朝までやる人だったんで、
そういうもんだと思っていたんです。
でもそのイメージで夜中に製作をしてたら、
ほかの人との時間帯が全く合わなくなって、
奥さんにやめてくれと言われて、やめました。

(*)濱田能生(はまだよしお)は
1944年生まれ、2011年没のガラス作家。
人間国宝の陶芸家・濱田庄司の五男。
多摩美術大学彫刻科卒業後に
イギリスの王立美術大学工業硝子科で学び、
栃木県鹿沼市に築炉。

有永

そうですよね、夜中に作業すると、
一緒に生活する人が大変になります。
僕も独立したとき、もう子どもがいたので、
保育園や学校に行く時間に
必然的に合わせて仕事のリズムを作るようになるんです。
だから、わりと本当にちゃんとした時間で仕事してます。

高橋

小宮君も家族がいるよね。

小宮

はい。僕、3年前ぐらいに
独立させてもらったんですけど、
最初のほうは仕事のリズムは生活と別で、
なるべくもう吹けるだけ吹いて、
ほぼ工房に出ずっぱりだったんです。

高橋

今は少し省みるようになった?

小宮

子どもが大きくなってきて、
1人じゃ回せなくなってきたんですよ。
もう子どもたちのほうがカオスで。

高橋

ああ、家庭のほうが、
奥さんのワンオペでは回らない。

小宮

そう。奥さんに負担がかかってきちゃったので、
生活はちゃんとしたほうがいいと思って、
寝るときはもう寝る、
で、日中にちゃんと仕事して終わる、
と、今年から意識してやってます。

高橋

へぇ、面白い。ちなみに、僕がさっき言ってた
濱田さんって人の家は、5人子どもがいたんですよ。
3歳ぐらいから中学生までいて、
その中で仕事してるんで、
僕はすっげーなと思って見てました。
それで夜中に作業をしてたんだと思います。

小宮

すごい。子育てもしつつ?

高橋

濱田さんの場合は、
昼間はもう本当に家族と一緒に遊びに行ったり、
普通に家庭生活をしていました。
それで夜になってから自分の仕事場に行くみたいな。
そういうことができるのがちょっとすごいなと思って
僕は見てたんです。

有永

いつ寝てたんですか。

高橋

晩ごはんを食べて、酒飲んで寝るんです、1回。
それで、12時ぐらいになると起きる。
僕が音で目覚めると、
グローリーホールに火がついてて、
そこから朝までやるみたいな感じでしたね。
益子焼の人間国宝の息子だから、
そういうものなのかなって見てましたね。
作家というものはこういうふうに生活するんだという
イメージは、僕は濱田さんって人から
影響を受けたかもしれないです。

(つづきます)

Column 01

菊地大護さんの出展予定作品

▲ ▼ 菊地さんの工房

僕の器は薄吹きのものが多いので、
特別な日に使っていただいたり、
贈り物としていただいてもいいかな、
っていうふうに思います。
もちろん日常で使えるものもあります。

ここ2、3年の話なんですけど、
在廊してると、お客さまがゆっくり手に取って、見て、
またスッと置いてくれるという、
その所作がすごく美しいなと感じます。
薄いので、ある意味怖いというのもあると思いますが、
日常でもそういう所作を
取り入れたらいいんじゃないかなって思って見ています。
スッと手に取って置く、
そのゆっくりとした動作を日常でも取り入れてくださって、
その日常が、ほんの少し変化したら、
すごく僕は嬉しいなと思っています。
その影響を与えられるのが
僕の作品の長所かなってふうに思います。

ほかに縦筋の型吹きグラスがあるんですが、
これは夏に考えたものなんです。
夏、吹き場でこのグラスに氷と水を入れて飲むと、
持ち歩くときに氷がギザギザに当たって、
カランカラン音がするんですよ。
それが風流だなと思って。
吹き場ってすごく暑いんですけど、
その暑い中に、涼しげな感じがして。
そんな風に使っていただけたらなって思います。

そしてこのグラスは、光が当たると綺麗です。
テーブルに置いて日常的に使ってもいいですし、
キャンドルホルダーとして使う方もいらっしゃいます。
水を張ってフローティングキャンドルを浮かばせると
光がすごく綺麗に見えるんですよ。

ちなみにうっすらとピンク色をしたガラスは、
僕の今の器の特徴です。
本当にいろんなことをしようと試していた中で、
ちょっと薄く黄色くできたらいいな、
と思って作ったものが、
窯から出たらピンクに変化してて「え?」と思って。
もとはアンバー、琥珀色ですね。
ガラスの発色に詳しい先生に訊いたら、
黄色にもピンクを発色させる鉄分が入っているので、
その中の黄色みが飛んだ結果じゃないか、と。
「黄色で作ってたつもりが、ピンクになるんだ」
と面白くなって、ピンクでいろんなものを
攻めて作っていったら、またピンクのよさが見えてきて。
「違う色を作らないのか」ってよく言われるんですけど、
この発見したピンク、今でも飽きないんです。
だから作り続けてます、ピンク。
よく「メロウピンク」っていわれてます。(談)

2026-05-15-FRI