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LIFEのBOOK ほぼ日手帳 2017

LOFT手帳部門12年連続NO.1

ほぼ日手帳 2017

見かたがわかれば、おもしろい!絵巻-emaki-の世界

第1回絵巻ってなんだ?

そもそも、絵巻って?

――
はじめまして。
今日は、『絵巻マニア列伝』で展示されている
実際の絵巻を見せていただきながら、
「絵巻物」について教えていただきたいと思います。
上野
はい、よろしくお願いします。
――
ことしのほぼ日手帳springで
「世界の伝統柄emaki」というカバーを作りました。
いわゆる和柄をそのままデザインに使うのではなく、
伝統的な日本のモチーフから
イメージをふくらませていくことで、
いまの時代でもかっこよく持てるような、
モダンなカバーをデザインしていただいたんです。
上野
かわいい手帳カバーですね。
――
ありがとうございます!
でも、よく考えると
「絵巻」って、ふだんなかなか目にしませんし、
何が描かれていて、どうやって見たら楽しめるのか、
あんまりわかっていないと気づいたんです。
上野
ええ、そうですよね。
――
そもそも、絵巻ってどんなものなのでしょうか。
上野
まず、「巻物」という形状は、
屏風や掛け軸と同様に中国から、
奈良時代までに伝わったと考えられます。
――
奈良時代‥‥今から1300年ぐらい前ですね。
上野
これは風土の問題かもしれないのですが、中国の巻物には
延々と横につながっていくパノラマの景観だったり、
図鑑的な絵の羅列であったり、
あるいは、画面の上と下が2分割されていて、
まるで絵日記のような感じで
上に絵が、下にお経が書いてある
「二段形式」のものが主だったようです。
――
ああ、絵日記みたいに。
上野
日本にその画面形式が入ってきた後に
どういう変化が起こっていったのか、
現存作品が全然なくて、わからないんですけれども、
日本で発展した絵巻物の形式は、違うんです。
言葉があって、絵があって、
また言葉があって、絵があるんです。
重要文化財『病草紙断簡 不眠の女』 一幅 平安時代 12世紀
サントリー美術館蔵 【●】
――
日本に入って、変わったんですね。
上野
はい。言葉があり、その絵が描かれるという
「物語る絵」になっているんです。
さらに、日本では「ストーリー」を描くことに特化した
メディアに成長していきました。
――
中国では絵の羅列だったり、
お経が書いてあったりしたものだった巻物が、
日本では、お話を描くメディアになったと。
上野
いま日本に現存する最も古い絵巻は、
国宝の『源氏物語絵巻』です。
この『源氏物語絵巻』の時点では、すでに
中国の巻物とは、まったく違うものに成長しています。
巻物はそもそも
日本オリジナルのメディアではないんだけれども、
日本に入ってから、「物語を描く」というものに
成熟したんです。
――
変化、成熟するまでに
いろんな試行錯誤があったのでしょうか。
上野
あったかもしれないですね、
「二段形式」ではどうにもならない何かが(笑)。
たとえば「二段形式」では
文章の幅に合わせて絵を描かないといけないんです。
だから、作っているときに
「もっと絵を描きたいのに、文章が短いからなあ」
という気持ちが生まれたかもしれません。
それで何かしらの変化がおこって、日本では、
「詞書(ことばがき)」といわれる文章と、絵との
総合芸術になったんですね。
――
文字も絵も、同じ人が書くんですか。
上野
いいえ、まったく分業なんです。
そもそも、絵巻ははじめから
長いロール状の紙ではないんです。
――
文字の部分と絵の部分が
別々に作られるということですか。
上野
絵のうまい人、字のうまい人がそれぞれ書き、
持ち寄った上で、それを貼り合わせて作るんです。
――
その作業は2人でやるんですか。
それとも、誰かまとめる人がいるのでしょうか。
上野
指示を出す注文主もいますし、
プロデューサー的なことを手掛けていた第三者もいます。
そういう「絵巻マニア」がいたんです。
――
ああ、今回の展覧会に出てくるような
マニアな人たちが。
上野
やっぱり箔を付けるためには、
「あのかたに『詞書』を書いてもらいたい」とか、
「有名な絵師に描いてもらいたい」とか、
いろいろあるわけで。
だからこそ、マニアたちは、
オーダーメイドで発注して、交渉して、手配して‥‥
自分の目指す完璧な絵巻を生んでいったんです。
――
いまでいう、編集者のようですね。
上野
注文主の依頼内容や意図が
かなり反映されていたと思いますね。

「連続形式」と「段落形式」

――
日本のものはすべて、そういった
「文字、絵、文字、絵」という形式なんですか?
上野
絵巻には大きく分けて、
「段落形式」と呼ばれているものと、
「連続形式」と呼ばれているものがあります。
――
2種類、あるんですね。
上野
「段落形式」っていうのは、
「詞書」つまり文章に書かれた印象的なワンシーンが
挿絵のように象徴的に描かれているような‥‥
「ある一瞬を描く」という感じですね。
文章に対応する絵が挿絵のように入り、
文章と絵が交互に出てくるのが「段落形式」。
『地蔵堂草紙絵巻』 一巻(部分) 室町時代 15世紀 個人蔵 【●】
――
はい。
上野
それに対して「連続形式」は、
ほぼ、絵を楽しむための絵巻になっています。
「詞書」はちょろっとしかないもの、あるいは、
言葉がなくなっちゃっていたりするものもあります。
――
言葉がなくなって‥‥
絵だけで展開するストーリーということですね?
上野
はい。長い文章がないかわりに
絵の横に小さく書いてある文字「画中詞(がちゅうし)」が
入っているものもあります。
これは、今でいうマンガのふきだしですね。
こうやって、ほぼ絵の力だけで進めていくのが
「連続形式」です。
文字はなし、あるいはセリフ程度に入り、
絵をメインに物語が進行するのが「連続形式」。
『放屁合戦絵巻』 一巻(部分) 室町時代 文安6年(1449)写 
サントリー美術館 【●】
上野
たとえばこれは『放屁合戦絵巻』という戯画で、
平安時代の絵巻を写したものなのですが。
――
こんなにふざけた‥‥といっては失礼ですが、
おなら大会を描くような絵巻もあるんですね。
上野
おならを出すためにお腹を冷やしたり、
みんなでおならを袋につめたり‥‥
いろいろやっています(笑)。
――
でも、すごく表情やしぐさが豊かで
見ているだけでおもしろい。
上野
おならの空気を線で描いたりして、
現代的というかマンガ的ですよね。
わたしたちの視線は、絵の中で
指さされた方向や人物の視線にそって
動いていくんです。
文字がなくても、絵の中で
わたしたちの視線が動き回って、
ストーリーが進んでいくんですね。
――
なるほど。
そして、扇を割って美しく終わるという
エンディングもかっこいい(笑)。
上野
そう、残り香とともに終わる(笑)。
下の人が勝負に勝つ理由もわかりますよね。
これだけ力が入っているし、
ちゃんと的を狙っていますし‥‥。
――
こういうの、小学生の男子が好きそうですね。
上野
ちなみにこの絵巻は、
皇族のかたが最晩年に
楽しんでいたものなんですよ(笑)。
(つづきます)