銀座・伊東屋、万年筆売り場の張替さんにお聞きした 万年筆のこと、教えてください!!  手帳と使う文房具にこだわりたいかた、多いと思います。 「ほぼ日手帳」のチームメンバーも同じで 文房具の話題は、わりとよく話にのぼります。 ある日、いつものように文具の話をしていたところ、 みんなの中から「万年筆が気になる」という声が出てきました。 値段が高い? 書きかたが難しそう? いろんな知識が必要? ‥‥いやいや、そういった面があるとしても、 やっぱりおもしろそうだし、気になる! そんなわけで、手帳チームの面々で 銀座・伊東屋の万年筆売り場ではたらく張替英行さんを訪ね、 「万年筆の基礎知識」について教えてもらいました。 たっぷりお聞きしたので、2回に分けてお届けします。
<前編> そもそも、万年筆って?

張替 こんにちは。伊東屋の張替と申します。
今日はよろしくお願いいたします。
ほぼ日 お世話になります。
「ほぼ日」の手帳チームです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
張替 ‥‥さっそくですが、
手帳と一緒に使うのによさそうな万年筆を
持ってきてみました。
ほぼ日 わぁ! すでに、わくわくします。
張替 「手帳と一緒に使う」ことを想定しながら
いくつか選んでみたら、
小ぶりなものが多くなりました。
手帳と比べてものすごく大きいと、
やっぱりバランスが悪いと思いまして。
ほぼ日 たしかに小さいほうが、持ちやすそうですね。
張替 ええ。胸ポケットにさすこともできますし。
また「手帳向き」の機能を持ったものもあって、
こちらはワンタッチ式の万年筆です。
頭をノックすると、ペン先が出てきます。
ほぼ日 つまり、フタがない、ということですか。
張替 そうなんです。
万年筆のフタには、キャップがネジ式になっていて
ぐるぐるまわして開けるものなどもあるんですが、
それだと両手を使う必要があるんですね。
でもこれは、片手だけで使いはじめられるので、
立ったまま手帳にメモしたいときなどに
便利なんですよ。
ほぼ日 ‥‥なるほど。
張替 実を言うと私、自分の手帳用にもこちらを
使用していたのですが、使いやすくて良かったんです。
商品としてはPILOTの「キャップレス デシモ」
というものですね。
ほぼ日 いまお持ちくださったものだけでもたくさんあるし、
この売場にも相当の数が並んでいますし、
万年筆って、本当にいろんな種類があるんでしょうね。
張替 そうですね。いろいろあります。
せっかくなので、すごいものをお見せしますと‥‥
ちょっと待ってくださいね。
(立ち上がり、奥のケースから持ってくる)
ほぼ日 (わくわくわくわく)
張替 ‥‥こちらは70万円くらいするものです。
ほぼ日 な、70万円‥‥!
そして、見るからに高そうです。
張替 筆記具というよりも、
ぜいたく品のようなものではありますが、
キャップの頭部分に
数学者のアインシュタインが数式を書いた
本物の紙が入っているんです。
ほぼ日 本物‥‥ですか。
張替 ええ、本物です。
作っている人がオークションで落札したものを
中に入れているらしいんです。
ほぼ日 お金持ちの方のコレクションアイテムというか、
なんというか。
張替 そうかもしれません(笑)。
そして、こちらは軸が翡翠(ひすい)でできた
万年筆です。
ほぼ日 こちらもまたぜいたくな‥‥
すごい世界ですね。
張替 このごろの万年筆は、各社がデザインに凝っていて、
非常に個性的なものが多いんです。
また、こういったものもありますよ。
「プランジャー式」と呼ばれる吸入式です。
こんなふうに引っ張って、インクを入れるんです。
ほぼ日 モノとして、そそられますね。
張替 そうなんです。
しかも、すごくマニアの人は、これだけでは物足りなくて、
さらに注射器のような部品(上の写真の銀色の部品)
を使って、インクを吸入したりするんです。
実際のところ、別にこれを使わなくたって
インクは入るんですけど(笑)。
ほぼ日 なんだか儀式のようです。
でも‥‥いいですね。
張替 追求していくと、非常におもしろいんですよ。
ただ、こういった高価なものというのは、
はじめから買うものではないですね。
みなさん、最初は使いやすい手頃なものから
万年筆自体に慣れていって、
その中で人によっては、こうした趣味の領域に
行く人もいるという感じです。
ほぼ日 初めて万年筆を買う方々は
みなさん、どんなことを基準に
最初の一本を選ばれていますか?
張替 売り場だと、まずはみなさん、
やはり「試し書き」されることが多いですね。
そして、持ったときの
「重さ」「持った感じ」「書いた感じ」などを
確かめていらっしゃいます。
ほぼ日 まずは「試し書き」。
張替 はい。「試し書き」はぼくらとしても、
ぜひ買う前にしてもらいたいことの一つです。
ただ「試し書き」はとても大切なんですが、
じつはもう一つ
気にしてほしいことがあるんです。
ほぼ日 なんでしょう。
張替 それは「自分の使い方に合った字幅(じはば)を選ぶ」
ということなんです。
万年筆には「字幅」という「ペン先の太さ」があるんですけど、
どうしても「字幅」が「細い」ものは、
「太い」ものより
書くときに引っ掛かりを感じるんです。
逆に「太い」もので書くと
書き味が「なめらか」なんですね。
だから、試し書きをして、太いものを
「これ、すごく書きやすい」っていうふうに買われて、
家に持って帰っていざ書こうとしたときに
「太すぎて使いにくかった」というケースがあるんです。
ほぼ日 あぁー。
張替 だから、最初に買うときは、
「自分が使うシーンをしっかりイメージしながら、
試し書きをして、選ぶ」
というのがいいかな、と思います。
手帳と一緒に使うのか、原稿用紙に書きたいのか、
手紙を書きたいのか、サインをしたいのか。
それを想定した上で「試し書き」していただく。
そうすると滑らかさだけに惑わされずに
使いやすいものを選ぶことができると思います。
ほぼ日 「字幅」って、たくさんあるんでしょうか。
張替 スタンダードなものになればなるほど、
細かく分かれてますね。
極細、細、中細、中字、太字とか、いろいろ。 
あと「字幅」で注意していただきたいのが、
外国のメーカーと日本のメーカーだと
「字幅」の基準がまったく違うんです。
たとえば「細字」という名前から細いと思って買って、
実際使ってみると
「‥‥あれ、すごく太い」
ということがあるんですよね。
だから、その言葉に惑わされないで、
実際に試し書きしてもらって、
見た目の太さで選んでもらうのがいいと思います。
ほぼ日 安易ですが、
「手帳には、細めのものを買っておけばいい」
ということでもないですか?
張替 字幅が細いものは手帳などに便利ですけど、
大きく書きたい場合に
字としては貧相になっちゃうんです。
だから、その中間というんじゃないんですけれども、
いいおさめどころをお客様に判断してもらうというのが
いいかな、と思います。
ほぼ日 万年筆って、けっこう値段に幅がありますけど、
やっぱり値段が高いもののほうが
書き味が良いのでしょうか。
張替 実はそうでもないんです。
値段の理由って、書き味だけではないんですよ。
さきほどお見せしたもののように翡翠を使っていたら、
それが理由で値段で上がりますよね。
高いものにはそれぞれ、高いなりの理由がありますけど、
それが、買う人が求めている部分かどうかは
また別なんです。
ほぼ日 「重いものがいい」とか
「軽いほうがいい」とかってありますか?
張替 ああ、重さや軽さも一概には言えなくて、
ほんとうに好みになってしまいますね。
傾向としては、比較的、
男性のほうが重いものが好きで、
女性のほうが軽いものが好きな印象はあります。
ただそれも本当に人それぞれで、
「重いのがいい」という人、「軽いのがいい」という人、
どちらもいらっしゃるんです。
ほぼ日 個人的な話になりますが、わたし、
極細のボールペンとかだと、
先をつぶしちゃうことがあるんですけど、
万年筆も筆圧には気をつけたほうがいいんでしょうか。
張替 あ、筆圧はとても大事です。
ぼくは修理も担当しているので、
お客さまが使ってこられたものをよく見るんですけど、
お客さまの筆圧とペン先とが
まったく合ってないものってよく見るんです。
万年筆のペン先って、
柔らかいものと固いものがあるんですが、
筆圧が強い人が先のやわらかいペンで書くと、
ペン先のかたちが変わってしまうことがあるんです。
インクが出すぎるくらいなら、まだいいんですが、
先がグッとひらいちゃうこともあって、
そこまで行くと、おすすめしません。
大まかにですけど
「筆圧が高い人は固めのペン先、
筆圧が弱い人はやわらかめのペン先」
を選ぶといいと思います。
また、ペン先がやわらかいもののほうが
筆のような書き心地になって、
書く線にニュアンスは出やすいんですが、
扱いにくくはなります。
ほぼ日 持ち方のコツというのも、あるのでしょうか。
張替 この、ペン先の平たくなっているところの先に
丸いペンポイントがついているのですが、
この部分が紙に触れるように持つ必要がありますね。
万年筆は、ここが紙に当たらないと
うまく書くことができません。
だから、ペンポイントがきっちり紙に当たることが、
いちばんいい使い方なんですね。
ただ、それだけ守れば持ち方は人それぞれで大丈夫です。
ほぼ日 ペンの先の、この切れたところを伝って、
インクが流れるんですか?
張替 そうです、そうです。
インクはこの切り割りを通ってきます。
そして、この切り割りが長ければ長いほど、
ペン先っていうのは柔らかくなります。
逆に、切り割りが短いと開かないので、
硬くなります。
ほぼ日 知りませんでした。
張替 また、ペン先のかたちにも色々あって、
先がすごく細いものもあれば、太目のものもあります。
そして先が細いほうが、
筆みたいなタッチで書けるペンが多いですね。
太いものは、ペン先が動かないので硬めなんですよ。
ほぼ日 なるほどー。
張替 さきほど筆圧が強いっておっしゃったんですけど、
強い力で書く人っていうのは、
メモでも何でも思い付いたことを
バーッと素早く書きたいんだと思うんです。
そうすると、ペン先が硬いほうが向いてるんですね。
柔らかいペン先で、スラスラスラ‥‥みたいに
ゆっくり書く余裕がない感じならば、
硬いペン先のものがおすすめです。
やわらかいものを使っちゃうと、どうしても
先がパチンとはねちゃったりすると思います。
以前、YouTubeで万年筆で
すごく繊細なイラストが描かれている動画が流行って
「あれと同じペンがほしい」とたくさんのお客さまが
買っていかれたことがあるんですけど、
それは、ペン先のやわらかい
すごく扱いの難しいペンだったんですね。
非常に人気で、
メーカーの在庫が無くなるほどだったんですけど、
そのときは「インクが出ない」
また逆に「インクがペン先にたまってしまう」などの
お持ち込みがたくさんありました。
あのときは、悲しかったですね。
ほぼ日 やっぱり、それぞれの人に合ったものを
選ぶ必要があるんですね。
張替 ええ、できるだけ、自分の使い方や用途に
ぴったりのものに
出会っていただけたら、と思っています。

(後編につづきます。)
「<後編> 「自分らしいもの」を持つのはうれしい。」を読む ▶
2014-01-14-TUE