市原真「病理医ヤンデルの、医療とおちつけ。」
新型コロナウイルスの影響がまだまだ続いています。
慌ててしまうときや、感情的になりかけたとき、
自分に言い聞かせたいことばが「おちつけ」。

おちついていられない病院に勤めながら、
適切な医療情報を発信しつづけていた
「病理医ヤンデル」こと市原真さんに
リモートでお話をうかがいました。

職場の壁に飾られた「おちつけ」掛け軸には、
どんな効果があったのでしょうか。
担当は「ほぼ日」の平野です。
(3)よくおちついていられるな。
──
新型コロナウイルスが広まってから、
ヤンデル先生の中で
「おちつけ」ということばの持つ
意味合いに変化はありましたか。
市原
変わったかもしれませんね。
自覚していたわけではありませんが、
同じ「おちつけ」の書を見ても、
今見ると違った感情が出ている気がします。
どう変わったかというと、
「おちつけ」という字面だけを活字で見れば、
「おちついてられるか!」という反骨精神というか、
反発心みたいなものが以前よりも出やすいです。
──
それどころじゃないぞと。
市原
世の不安レベルが全体的に、
それどころじゃないという空気でしたから。
おちつこうにも、無茶言うなよって気持ちが
正直ちょっとありましたね。
でも、自分の目に入る「おちつけ」の掛け軸は、
コロナウイルスが流行する前からあるものです。
以前から変わらないものを
ひとつアンカーとして置いておくことで、
その意図がずっとあったんだなって思えます。
筆で書かれているのもいいんでしょうかね。
現場を知らないまったくの他人から
「おちつけーっ!」と言われたとしたら、
ぼくらは「ふざけんな!」って怒ると思います。
──
(笑)
市原
以前から変わらないものを飾っておくことで、
「そうだ、そうだ。
おちついていたほうがいいに決まってるんだ」
と自分の中で何回か跳ね返らせながら
意図を戻ってこさせられそうです。
──
掛け軸を買った当時の自分からも、
「おちつけ」と言われているのかも。
市原
本当にその通りだと思います。
昔の自分を思い出せってことですよね。
──
ぼくは身内をがんで亡くしているのですが、
患者はもちろん、家族という立場でも、
おちついてはいられませんでした。
ヤンデル先生は病理医という立場なので
患者さんと接する機会はほぼないと思いますが、
おちつけない状況にある人との接し方について
医療者として考えていることはありますか。
市原
患者さんと直接は会わなくて、
ぼくがお目にかかるのは
患者さんと二人三脚をしている臨床医なんです。
──
はい、はい。
市原
するとですね、
患者と一緒に困難にぶつかって
慌ててしまっている状態の医者と
山ほど会うことになるわけです。
患者にとっての医者が相談相手だとしたら、
患者から相談を受けた医者から
相談を受けるのがぼくなんですね。
患者と一緒になってフワフワしているように見えたら、
「先生、ちょっと1回整理しましょう」
という役目が、ぼくのところには確かにあります。
──
ああ、難しい役割。
市原
複雑な状況を整理するときには、
将棋盤のあちこちに駒が動いているような状態を
一旦スッと抑えなければいけません。
今はどういう場面なんだろう、
一緒に見てみようという役割で、
ぼくも患者さんに介入していくことになります。
からだのどこかに問題点があるとき、
悪くなりかけている場所も、
小康状態の場所も良くなっている場所も
ぜんぶ動いているわけなので、
医者も患者もモヤモヤ見てしまうときがあります。
だから、一旦整理します。
まずは一番悪くなっている部分だけを見ておこう、
良くなっているところと現状維持のところは
一旦無視して大丈夫そうだとか、
おちついて切り分けることが必要です。
──
お医者さんでも
おちついていられないんですね。
市原
現場の医者と患者が慌てなければいけない場面も
やっぱりあると思うんですよ。
きれいごとではなく、医療なので
マイナスに向かって進んでいるときはあります。
「おちつくなんて無理だよ」と思っている人たちに、
病理医であるぼくという客観性の高い仕事の人間が
「おちつこう」っていうふうに声をかけるのは、
仕事の本質としてあるんだと思います。
──
はい。
市原
無理でもいいんです。
人生の一大事におちつけるわけがないんですよ。
でも、チームの中にひとり、
「おちついて考えたら、こういうこともわかるぜ」
という人がいないと全員があっぷあっぷになります。
その意味では残酷なようですけど、
ぼくが一番おちつかなきゃいけないんでしょうね。
──
チーム医療の中でも、
よりおちついていなければいけないんですね。
軍師や参謀の立場に近いなと思いました。
市原
ありがとうございます。
そうですね、おっしゃる通りです。
誰よりも客観視、俯瞰視できる場所に
いなければいけないということは、
誰よりもおちついていなければいけません。
「お前、よくおちついていられるな」って、
なじられるくらいじゃなきゃいけないですね(笑)。
──
ぼくらからすると
病理医の先生のお仕事は、
ふだん見えない分野でもあるので
おもしろいです。
市原
それから、「おちつけ」について
ぼくが考えているのがもうひとつあって、
ことば遊びみたいで恐縮なんですけど、
ダブルミーニングで、
自分自身に「おちつけ」と唱えることと共に、
この状況がおちついてほしいという願いもありますね。
診断が決まっていない不安な状態から、
「診断は決まった、さあここからだ」
と不確定が確定になる瞬間は、
すごく広い意味でいうとおちつきなんですよね。
──
うまく着地ができたときのように。
市原
そうです、そうです。
ピタッと決まることで物事の見え方がおちついて、
そこからスタートという意味合いがあるので、
「おちつけ」の掛け軸を飾っているのも
結構いいんじゃないかなって改めて思いました。
先ほど申し上げた通り、
場をおちつかせる仕事でもありますしね。
──
石川九楊さんも糸井との対談の中で
おっしゃっていましたが、
サッカーで「ボールをおちつける」という
表現が使われていますよね。
ボールをおちつかせてから
戦略を立て直して、また蹴り出すという。
市原
そうでしたそうでした、
まさにそうですね。
(つづきます)
2021-02-21-SUN
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