市原真「病理医ヤンデルの、医療とおちつけ。」
新型コロナウイルスの影響がまだまだ続いています。
慌ててしまうときや、感情的になりかけたとき、
自分に言い聞かせたいことばが「おちつけ」。

おちついていられない病院に勤めながら、
適切な医療情報を発信しつづけていた
「病理医ヤンデル」こと市原真さんに
リモートでお話をうかがいました。

職場の壁に飾られた「おちつけ」掛け軸には、
どんな効果があったのでしょうか。
担当は「ほぼ日」の平野です。
(4)おちつけの呼吸。
──
ヤンデル先生ご自身がおちつかない場面や、
緊張する場面はありますか?
市原
大量にありますが、まず思うのは、
診断が決まらないときはおちつきませんね。
細胞を顕微鏡で見てその場で決まるわけではなく、
追加の手を講じて、
1日、2日後にその手が返ってきて、
さらに考えるというシーンがよくあります。
その間は、どことなくおちつかない気分がありますね。
ぼくのデスクの上には棚があって、
ガラスのプレパラートを乗せる
「マッペ」という木の板があります。
マッペ1枚につき30枚ぐらいプレパラートを
乗せることができますが、
今も棚の上にマッペが3枚ぐらいあります。
これらはまだ診断が決まってないものなんです。
──
へー、そんなに。
市原
診断を保留にしている細胞が
これぐらい溜まっているとすぐにわかります。
すべて標本が出た瞬間に目を通しているのですが、
その場では決められないから、
追加の手を講じて待っているところなんです。
パソコンの上に溜めたまま毎日を過ごしていると、
顕微鏡を見ている間も、
どことなーく自分の左側から
プレッシャーになって慌ててくるんですね。
あれも決まってない、あれも決まってないぞと。
そのときに反対側を見ると
「おちつけ」と書いてあるわけですよ。
──
うまく計算されていますねえ。
保留中の課題が重なることで、
化学変化みたいに
問題解決に役立ちそうな気もしますが。
市原
保留中のものを抱えていくためには
精神的な体力がついてこなければなりません。
手付かずの標本があったとして
「一刻も早くどうにかしたい!」ではなくて、
自分の中で手がかりが掴めるまでの
必要な時間なんだと認識できるようになります。
そして、他の作業をやっている間に
「あっ!」となることだってあります。
そういう経験と、人から聞いた知識を積み重ねて、
未解決のものを抱えることに対する
不安みたいなものが段々と減ってはきています。
これはもしかしたら、年の功かもしれないですね。
──
「精神的な体力」とおっしゃいましたが、
落ち込んでいるときには山積みになった問題を、
必要以上に大きく感じてしまうことがありますよね。
押し潰されてしまうことはないですか。
市原
ありますよね、あります。
今のぼくだから言えるんですけど、
押し潰されるほど我々軟らかくないところもあるし、
簡単にヘコんだりもするんですよね。
軟らかいのか硬いのかわからない輪郭があります。
余裕がなくなるときは、自分の時間軸を
ある程度長いスパンで見てあげるんです。
ヘコむことがあっても、
このぐらいで戻るんだという経験を積み重ねれば、
だんだんとなんとかなるようになってきます。
──
やはり経験が大切なんですね。
市原
場数を踏むと言えば簡単に聞こえますが、
単純に案件を処理した回数だけでは
どうも克服できないところがある気がします。
そこには、自分自身を観察した経験が必要です。
──
簡単な作業だけをたくさんこなしても、
経験にはならないと。
市原
この間、「凛として時雨」というバンドの
ピエール中野さんというドラマーの方が
このようなツイートをされていました。
「量のない質はない、大切なのは質を意識した量」
と新成人に向けたメッセージとして
ツイートされていたんですね。
仕事で大事なのは数ではなくて、
自分で何回ちゃんと評価できたか。
自分の中に取り込めたかの数が大事なんです。
単純に案件の数だけ重ねても、
毎回不安になって終わっていくだけで、
同じことを繰り返してしまいますよね。
──
就職活動や転職活動の面接では
「どんな学生生活を送っていましたか?」
「どんなお仕事をしていましたか?」
という質問は定番だと思います。
その質問でも、質の話が訊きたいわけですよね。
市原
そうですね。
経験した場数をただ数で語るのではなくて、
大変な思いをしたときに1回俯瞰して、
自分がどう振る舞っていたかの
質的な評価をすべきだと思います。
「うれしい」「たのしい」とかいう
情動に近い部分ではなくて、
実際にどういう質感であったのかを、
ことばで足してあげたいですよね。
──
確かにそうですね。
冬は就職活動を控えている時期ですし、
受験生にとっては勝負の時期でもあるので、
「おちつけ」ということばは、
どうやら冬との相性がいいみたいです。
市原
ああ、合いそうですね。
「おちつけ」という願望をただ載せるのではなくて、
具体的にどうやったらおちつくのか、
ちゃんと言語化するきっかけになっていますよね。
「こうなったら自分はおちつくんだ」
ということを一瞬でも想像できる人は
やっぱり強いなと思います。
好き嫌いはよく言語化できると思うんですよ。
でも、自分が不安になっていったり
おちついたりするのがわかる、
そこまで俯瞰できると強いですね。



就職活動も、「大変です」「不安です」までで
観察が終わってしまうと、
不安にただ取り込まれていくような気がします。
けれど、そのときの自分の行動で上向いたとか、
そこまで見えてくれば、おちつけるはずです。
そのおちつきは、相手にも伝わっていきますよ。
──
ありがとうございます。
思いがけない話になりました。
市原
まさかの、医者と関係ない話になりました。
就職活動も経験していないのに(笑)。
──
でも、こういう時期にあって、
まったく関係ない話もできるっていうのは、
少し余裕が持てた気がします。
市原
ああ、いいですね。
今のまとめに向かっている感じは
見事に俯瞰できていますよ。
──
オチをつけないといけないので(笑)。
市原
うん、オチつけなければいけない。
「おちつけ」だけにね。
そうかあ、そういう意味もあるのかあ。
これ、毎回言うんでしょう?
──
なかなか言えないですよ。
市原
まさにね、ぼくにするべきだと思います。
オチの微妙な話ばかりを
ツイートしているぼくにだからこそ言える。
──
毎日Twitterでオチをつけることが、
ルーティーンになっていますよね。
市原
そうですね。
ぼくの目の前に顕微鏡がありますが、
「おちつけ」の掛け軸に自分の目を飛ばして、
一旦気持ちをリセットしたり、
切り替えたりするするんです。
顕微鏡の左側にパソコンがあってSNSがあります。
診断でぐーーっとのめり込んでいったときに、
しんどくなっていくものをいかに散らすかが、
ぼくの仕事のペースメーカーになっているんです。
──
へえ。
市原
朝6時ぐらいから働きはじめるのですが、
朝の仕事が一段落する10時ぐらいと、
お昼ごはんを10分ぐらいで済ませたあと、
それから16時ぐらいにSNSに現れるんです。
遠泳をして島にザバッと上がる時間ですよね。
小刻みに息継ぎをしながら、
長く長く泳いでいくみたいな感覚です。
──
呼吸が「おちつけ」なんですね。
市原
そうですね、呼吸ですよ。
去年からの流行りですから、呼吸。
──
あはは、『鬼滅の刃』ですね。
無事にオチがつきました。
今日は業務時間外にも関わらず、
本当にありがとうございました。
市原
どうもありがとうございました。
それでは失礼します。
(おわります)
2021-02-22-MON
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