おいしい店とのつきあい方。

104 お店の情報とのつきあい方。その30
シアワセなサイクル。

ある特定の人気の料理ばかりに注文が集中する。
お店にとってはうれしいコト。
だって、ただただ一つの料理を作り続ければいいわけで、
厨房の中の作業はかなりシンプルになる。
もしもずっとお客様が途切れぬような
人気のお店になれたとしたら、お客様がくるのを見込んで、
事前に調理をすることもできる。
働いている人も、ひとつの作業だけを
し続ければいいのですから、すぐに熟練してしまう。
短期間で人を育てることができる環境が、
企まなくても手に入る。

地方にいくと、こういうシアワセなサイクルを
守り続けているお店に出会うことがある。
その地域を代表する、
ラーメンだったりそばであったり、うどんだったり、
ご当地麺を売り物にしたお店が多い。
数あるそういうお店の中でも、
最も仕組みができあがっている専門店のひとつが
名古屋の味噌煮込みうどんのお店の数々。

メニューは味噌煮込みうどんだけです。
麺の量とトッピングを選べる程度で、
基本、みんな同じものを食べる。
厨房の中は驚くほどに単純です。
うどんや味噌、鶏肉やネギ、
かまぼこなどの具材を入れておくための冷蔵庫。
あとは土鍋をあたためるためのレンジが置かれているだけ。
せいぜい、うどんにのせる天ぷらを
揚げるためのフライヤーとか鍋がある程度の、
シンプルな厨房です。
作業も簡単。
土鍋をコンロの上におき、スープに味噌。
うどんを入れて具材をのせて、蓋してガスをつけるだけ。
しかも出来上がったら、
鍋ごとそのままテーブルに運んで、置く。
土鍋というのは、調理器具であると同時に食器でもあって
洗い物の数も劇的に少なくてすむのです。

名古屋駅前の地下街に、
すごく繁盛している味噌煮込みうどんのお店があって、
いつも行列の大型店なのに厨房の中を覗くと、
驚くほどに少ない人で調理がしっかりまかなわれていた。
あぁ、こんなお店を経営できたら、
どれほどシアワセだろう‥‥、って
うらやましく思いながら見ていました。

こういうお店であれば、SNSで紹介されて
どれだけお客様が集まってもびくともしない。
みんなが注文したがる料理のために
厨房の仕組みはできあがっていて、
調理は粛々といつも通りにできるのです。

ところが、こういう専門店ではないお店。
メニューは多彩です。
だから厨房の中には沢山の調理器具や設備があって、
どれかひとつに調理が集中しないようにメニューを作る。
そういうお店で一つの料理に注文が集中しすぎるのは
厨房仕事に負担をかける。
実はこんな経験がありました。

昔、渋谷で友人と経営していた
モダンチャイニーズレストランでのこと。
ちょっと変わった料理をだそうと、
高圧の蒸気で仕上げる豚肉料理をメニューにくわえた。
かなり高価な調理器具を使って15分ほどの料理時間。
一度に4食、調理ができる。
10卓ちょっと。30席ほどの小さな店でしたから、
そのくらいの調理能力があればなんとかなる‥‥、
と思ってメニューを導入したのです。
その商品が雑誌で紹介されました。
日本ではここでしか食べることができない名品を
美食家が紹介するという記事で、
これが驚くほどの反響でした。
掲載誌が書店に並んだその日から、
問い合わせや予約の電話がひっきりなしにかかってくる。
それからたった数日で向こう1ヶ月ほどのテーブルが
すべて予約で埋まってしまいました。
予約をとらないのがポリシーのランチタイムに
お客様が並ぶようになってしまって、さぁ、大変。
何しろ一度に4人前しか作れません。
開店と同時になだれこんでくるお客様の、
一番最後の人に料理が提供できるのは
1時間後になっちゃうような異常事態。

数量限定にしようにも、15分4食限定、などという
わけのわからない限定の仕方になってしまう。
それじゃあ、意味が通らない。
蒸し器を増設すればいいのでしょうけど、
そういうブームがいつまでも続くわけじゃなし。
弱り果てていたある日のこと、
贔屓にしてくれていたおなじみさんが
ランチタイムに並んでくれて、
メニューをみながら大きな声でこう聞きます。

「この中で、一番早くできる料理は
どれなんだい‥‥?」と。
中華鍋で炒めて仕上げる料理はどれもすぐ出来る。
その日は、香港から送られてきたばかりの芥蘭菜と、
上等な豚肉のヒレの炒め物が日替わりで、それを勧めた。
すると「それを作ってよ。ココは何を食べても
おいしいからな」と注文する声も
またハリのある大きな声。
気持ちが晴れた。

そんな経験。
有名になりたいと思う気持ちは
どんなお店の人たちの中にもあって、
けれど自分が意図する形で有名にならなかったときの
「こんなはずじゃなかったという」戸惑いが、
昔も今もお店につきもの。
なやましいコトではございます。

サカキシンイチロウさん
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『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
半径1時間30分のビジネスモデル』

発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
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「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
 どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
 いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
 私は博多で食べた、あのままの味が食べたいのだ。」

福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
東京進出もしない博多うどん。
その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。

2017-03-23-THU