おいしい店とのつきあい方。

071 どこでも一緒? その16
料理は誰のもの?

レストランの料理という存在。
それがある場所によって、
「誰のもの」であるかが変わる。
当然、すべての場所において
お客様のものであるとは言えるのだけど、
レストランの主役であるお客様が
自分の「自由」にできるかどうか、
というふうに考えるなら、
例えば厨房の中にズケズケ入っていって、
味見をさせて‥‥、とはなかなか言えぬ。

厨房において、料理は調理人のものなのですね。
同じお店の人であっても、
サービススタッフすら手を出せぬもの。
レストランの中には
「デシャップ」と呼ばれる場所があります。
完成した料理が置かれ、
サービススタッフを待つための場所。
「Dish up」とかけばわかりやすいでしょうか‥‥、
大抵そこにシェフが立ち、
厨房の中のさまざまな場所から出来上がってくる料理を
最終的にチェックする場所。
サービススタッフが、
ちょっと盛り付けが不細工だなぁ‥‥、とか、
いつもと違った出来栄えだとか、
そこで気づいたとしても意見をいうだけ。
自分で盛り付けを変えたりすることは、
慎まなくてはならない。
だってまだサービススタッフの手に渡されない料理は
調理人が責任をとるべき、厨房のものだから。

一旦、デシャップからサービススタッフの手に渡ると
今度は、料理はサービススタッフのモノになる。
調理人がココロをこめて作った料理の、
そのうつくしさやおいしさを損なわぬように迅速に、
しかも料理のムードをかきたてるよう優雅に、
そして丁寧に、
お客様のテーブルに運びそしてサービスをする。

そのとき、もしあなたが手を伸ばして
お皿を受け取ろうとしたらどうなるか?
サービススタッフは間違いなく、
「私共にお任せください」と言って、
あなたの手を無視してお皿をテーブルに置く。
いろんな理由がそこにはあります。

料理はおいしく見える方向がある。
調理人が意図した正面をお客様に見せるため、
お皿の置き方に気を配る。
うつくしく見せるだけでなく、
料理をよりおいしくたのしむためにも
正面は正面でないとならない理由もあったりします。
ほとんどの場合、
ナイフフォークをもった人は左側から右側に食べ進める。
だから料理も左側から右側に食べて
おいしいように配置される。
軽快な味の料理は左手に。
右に向かっていくに従って重厚で、
濃厚な味になっていくようにつくられた料理を、
自然においしく味わうためには
お皿の置き方はとても大切。

それから何よりたいていのお皿は熱い。
冷菜の乗った料理であれば別ですけれど、
中には器の底をバーナーで炙って
器に蓄熱させるお店もあります。
サービススタッフは調理人ほどではないけれど、
やけどの危機に絶えず晒された危険な仕事。
そんな器を不用意に手で持つなんてとんでもない‥‥、
というわけです。

さて、そういうお店の配慮から考えると、
ワイングラスは一体誰のものなんでしょう。
テーブルの上にずっと置かれているから、
ずっとお客様のモノ‥‥、と思いがちだけど
実はそうではないのです。
中にワインが入らぬグラスは、お店の持ち物。
テーブルについてその位置が気に入らないからといって
動かしたりするのは、
それから先のスマートで優雅なサービスの妨げになる。
ワインを注ごうと、サービススタッフが近づいてきた。
グラスを持ち上げワインを待つ‥‥、
というのも当然、まだそのグラスはお店のモノだから
バッドマナーということになる。

タップリ、ワインが注がれたグラスはお客様のためのモノ。
それが徐々に少なくなります。
たのしく飲んで、
グラスの中のワインの量が少なくなるにつれてグラスは、
お客様からお店のものになっていく。
さぁ、おかわりをと例えばグラスを持ち上げ、
おねだりするのはちょっと格好悪い。
だって、お店のモノを振りかざすってことになるから、
テーブルの上においたままお店の人を探します。
そしてサッと指を立てる。
中指じゃないです、人差し指を立てて合図するのです。

「ワイングラスを私に返してくださいな‥‥」って。

ワイングラスって
ちょっと変わった存在なのかもしれません。
お店のモノと私のモノの間を行ったり来たりする存在。
もしかしたら「ワイングラスはお店から
ずっと借りているもの」と思ったほうがいいかもしれない。
持ち上げて飲むときだけ、自分のモノで、
テーブルの上にあるときはずっと借り物‥‥、
ってそんな感覚。
だったとしたら、持ち上げて飲んだら置く。
置くときには、持ち上げた場所に置く。
と、そう心がければグラスの中身が
頭の上から降り注いだり、
倒れてテーブルの上のモノを台無しにすることも
なくなるんだと思うのですね。

さて来週。お茶の話をいたしましょう。

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2016-08-04-THU