おいしい店とのつきあい方。

067 どこでも一緒? その12
日本料理店の収納の悩み。

そういえば、日本の景気がとても良かった頃のこと。
今では考えることもできないような
贅沢な店をたくさん作らせてもらいました。
建築部材から家具、小物。
額装のいたるまでイタリアから運んできて
レストランを一から作るであるとか、
料理のイメージに合わせて、
まず煉瓦を焼くことからはじめる
ステーキハウスのプロデュースであるとか。
特に裕福な大企業が、文化事業としてはじめる飲食店には
採算度外視の予算が、平気で注がれるのが普通でした。

けれどどんなに予算があっても、
どうにもならないのが「立地」と「スペース」。
特に都心でお店を開業するというときに、
お金を積んでも思うように得ることが出来なかったのが
「スペース」でした。

例えば住宅においても、郊外に建てる一戸建ての家と、
マンションなどの集合住宅で
圧倒的にスペースに差がでるのが「収納スペース」。
一戸建てでものが溢れてきたら増築をすればいい。
増築までしなくとも、庭に小さな倉庫をひとつ作れば
なんとか収納スペースを確保することができるのでしょう。
けれど集合住宅ではそうもいかない。
ビルの中に出店するお店も事情は同じです。
客席部分は節約できない。
お客様の居住性を求めるにしても、
客席を一席でも多くして
最大の客数を狙おうとするにしても、
客席スペースは大きい方がいいに決まっている。

ならばお客様に直接関係のない
厨房スペースが小さくできるか?
まずは努力をみんなする。
商品構成をしぼって、
厨房機器の種類を少なくまとめてしまう。
通路を狭くするとか、もう一生懸命、
小さなスペースで厨房をまとめる努力をするのだけれど、
小さくし過ぎると商品力や提供するまでの時間が
スピーディーにならなくなっちゃう。
だから厨房を小さくするにも限界がある。

そこで一番しわ寄せがくるのが収納。
収納場所が小さくなるということは、
食器の種類が減るというコト。
日本料理のお店にとって、これはかなりの打撃です。

西洋料理や中国料理の食器は単純。
柄やデザインに違いはあれど、基本的に平皿がメイン。
積み重ねて収納することを前提に作られている。
ところが日本料理の食器はとても複雑。
いろんな形のモノがあります。
しかも積み重ねることができないものがたくさんあって、
例えば醤油差しのような形のモノが何種類もあるのです。
上等なお店になると、季節に合わせて食器を変えます。
漆器のようなものは保管するとき、湿気を嫌うため
木箱に入れたりしなくちゃいけなかったりさえする。

実は、バブル絶頂の頃、とある老舗の料亭が
銀座にお店を作ろうというコトになり
受けた仕事がお店づくりからオープン教育。
苦労しました。
最大の苦労が、膨大な数の食器を収納するということ。
そのお店はなんと毎月、食器を変える。
本店は関西でした。
ですからいちいち運ぶわけにもいかず、
結局、床を上げて畳の下をすべて収納庫にしたのです。
恐れ多いことに重要文化財クラスの食器を
お尻の下にして食事をするという
なんとも贅沢なお店になったのだけど、
その食器の多さ、贅沢さ以上にビックリしたのが、
お客様のもてなし方を働く人みんなで共通化しようと
明文化しようとしたとき。

すべての食器に、置かれるべき場所が決まっていて、
誰に聞いても同じ食器は同じ場所に置く。
食器の使いみち、
食器の中に入るべき料理はほとんど決まっているから、
料理がおかれるべき場所は自ずと決まるから
当然のコトなのかもしれない。
けれど、お膳の上に置かれる場所は、
人が変わっても寸分たがわず同じ場所。

ビックリしました。
印がついているわけじゃないのに、
同じ位置にストンと置ける。
これも経験とセンスのたまものなんですねぇ‥‥、
って感心したら、お店の人がこういいます。

お客様が食器を動かしたらすぐわかるんです。
もともと日本料理は食器を手にとって
食べることを想定して作られている。
だから、食器を動かすことは当然のこと。
西洋料理でお皿を動かすのとは違って、
お行儀悪いことではない。
けれど、いったん持ち上げた食器をなるべく、
もともと置いてある場所にお戻しになるお客様は、
サービスされなれたお客様だなぁ‥‥、と思います。
そういうお客様は、一つの料理が終わったときに、
大抵、ちょっと違った場所に器を置かれる。
それは、「この料理は食べ終わりました、
食器を下げて頂いて結構です」という合図ですから。

逆に、持ち上げた器を毎回、
違った場所に置かれるお客様は、
サービスしにくいお客様。

それからもうひとつ。
あぁ、このお客様は上等なお店で
食事をしなれてらっしゃらないんだなぁ‥‥、
って思うコトがあります。

さぁ、それってどんなコトなんでしょう。来週です。

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2016-07-07-THU