ニューヨークという街。
世界で最も多様な魅力を抱いた街で、
例えばたった一晩で大卒新入社員の初任給が軽々、
ふっとんでしまうような贅沢なレストランが山ほどある。
かと思うと、たった1ドル紙幣1枚で
この上もなきシアワセを、
味わうコトができるお店も数知れず。
例えば屋台。
例えばハンバーガーやベーグルを気軽につまめる
スタンドのようなお店がたくさんあって、
ニューヨークと言う街にすみはじめたとき、
ワンブロックごとに街の匂いが違って感じるほどに
ワクワクしました。

ただほとんどの店が、客席はなく立ち食いの店。
当時のボクは「立ち食い」って言う言葉に対して、
絶望的な貧しさのようなイメージを抱いてて、
ほとんどそうしたお店を利用することがなかった。
だからどんなにおいしそうな匂いがしても、
その方向には顔をむけずにスタスタと、
足早にお店の前を通り過ぎるようにしていた。
もしそこに、おいしそうなモノがあったら
思わず入ってしまいそうになる。
そんなコトをしたら、
人生に負けてしまうような気さえしていた。
若かった。
何より日本からこのニューヨークへやってきたばかりの、
ボクの懐はそれほど貧しくはなかった訳でもありました。

口さがない友人が、こうもいいます。

安い店に、すわり心地がいい椅子が沢山あったら
どうなると思う?
行き場所のない貧しい連中のたまり場になる。
だからストリートフードに
客席なんていらないんだ‥‥、と。

たしかにそんな考え方もあろうかと、納得しながら、
ただ例外がスタンド形式のコーヒーショップ。
まだスターバックスなんて
チェーン店のなかった頃のニューヨーク。
けれどちょっとグルメな食料品店の入り口脇に、
エスプレッソやコーヒーをたのしめるような
立ち飲みコーナーが結構あった。




立って食べる。
立って飲む。

似たような行為でありつつ、イメージがかなり違って
例えば英国のパブであったり、
イタリアのバールであったり。
紳士もすなる立ち飲み行為でありますからして、
ボクもニューヨーカーを気取ってコクリと、
オキニイリのデリの入り口でエスプレッソを飲むのを
日課にしていたのです。

エスプレッソに砂糖をタップリ溶かしたモノを、
舐めるように味わいながら通りを歩く人達を観察するのも
またたのしくて。
特に通勤時間の街のニギワイは、
大都会の真ん中でボクは生きてるんだって
気持ちにさせてくれるステキな時間に景色。
ボンヤリ時間がすぎていくのも忘れるほどで、
ところが何度目かのコトでした。
狭い道路を挟んだ向かい側に、
ホットドッグの屋台のようなお店があって、
そこにやってきたとある男性客に目が釘付け。

通りに面してカウンターのある小さな店で、
彼はまずそこにホットドッグを3つ並べる。
体の大きな黒人男性。
ネクタイをしてはいないけれどジャケットを着て、
ハンチング帽を目深にオシャレにかぶってました。
そのハンチングをとってカウンターの脇に置き、
揉み手をするように両手をこすりあわせながら
これから食べるホットドッグに目を落とす。
誰か連れがいて、それで3本かと思っていたら、
なんと1人で3本食べる。
その意外さに最初はビックリ。
けれど彼の、これからこれを食べるんだと
ホットドッグを見つめる顔が幸せそうで、
もう目が離せぬ状況になる。





まず1個。
手に取り持ちあげ、カプリと齧る。
目を細め、ニッコリとしてモグモグ、
口を動かしてそして次の一口、パクリ。
3度ほどの繰り返しで最初の一本がキレイになくなる。
そして2本目。
これまた同じくカプリカプリと、
軽快にお腹におさめて最後の1本。
名残り惜しげにそれをみつめてけれどそれも容赦なく。
みるみるうちにキレイに平らげ、
口の周りをペーパーナプキンでそっと拭って
帽子をかぶり、颯爽と店を後にする。
そこにはまるで貧しさも、
後ろめたさも恥ずかしさもなく、
彼はこの世でもっともステキにホットドッグを食べる人。
彼の手にあるホットドッグは、
この世で一番おいしいホットドッグのように思える見事。
思い返せばあっという間の出来事で、
夢か現かわからぬほどのさりげなさ。
ボクは一日、ホットドッグのことで頭が一杯で、
翌朝、もしやと同じ時間にデリで
エスプレッソを飲んでいた。

彼がくる。
同じように3本をカウンターに並べてニッコリ。
その日は少々寒い日で、
マフラーをした彼はそれをユックリたたみ、
揉み手をしながらホットドッグを眺めて
カプリと見事な手際とうつくしさにて、
それらをお腹にキレイに収める。
どうにもこうにも、あのホットドッグが食べたくて、
ボクは気づけば通りをわたってお店をのぞく。
カウンターの向こう側にはキッチンがあり、
頑固そうな親父さんがニコリともせず立っている。
しばし迷った。
けれどその日の朝のボクにはそこから引き返すという、
選択肢はもうなかったのです。
グッドモーニングと言いながら、ボクはお店に入ってく。



2012-03-01-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN