中に入ってみると、思った以上に大きなお店。
料理を注文するカウンターの後ろ側にも、
食べるためのスペースがある。
壁際にはカウンター。
丸く小さなテーブルが無造作に並んでいて、
けれど椅子はどこにもない。
やはり立ち食い。
お店の奥の方には何人かのお客様がいて、
ホットドッグを食べている。
女性はいない。
男ばかりで、ただスーツを着た人がいるかと思えば
労働者風の人もおり、いわゆる
「経済的に余裕がないから仕方なく立って食べる」
人のためのお店ではなく見えて
少々、ホッとしました。

さて注文を‥‥、と。
メニューを探します。
普通、マクドナルドのようなファストフードの
チェーン店には、
商品の写真を載せたわかりやすいメニューが
貼ってあるか置いてあり、それをみながら注文をする。
文字が読めない連中にも、
わかるように写真をメニューに載せてるんだよ‥‥。
そう、口さがない連中が言うほどにわかりやすくて、
選びやすい。
ところがココにはメニューがない。
さて、どうしたものか。
無愛想なオヤジとボクはしばしにらめっこ。




How many?

オヤジが聞きます。
ハウ・メニー。
あまりに唐突な質問に、ポカンとしてたら再び、
「How many?」といいながら
指でカウンターの中を指さす。
指の先にはフランクフルトが何十本も
鉄板の上でこんがり焼けてる。
なるほど、ココではメニューはホットドッグだけ。
だから「何本食べるか」というコトだけを宣言すれば、
注文がこと足りるのだと、そのとき合点。
「ジャスト・ワン・プリーズ」と、
ボクは1本、注文します。

オヤジさんはカウンターの隅に置かれた
ステンレスの箱にやおら手を伸ばし、蓋をあけます。
昔、床屋さんに必ずあったタオルを蒸しておくような
金属製の箱のちょっと大きなモノ。
中から長細いロールブレッドを取り出して、
切り目を入れた面をしたにして鉄板の上において、
軽く押し付ける。
ロールブレッドから蒸気があがって、
ヒックリ返すと軽く焦げ目がついている。
そこに一本。
フランクフルトをのせて挟んで、舟形の紙の器にいれる。
受け取ろうかと、手をオヤジさんの方に向かって
伸ばそうとしたタイミングで再び、一言。

「チリ・オア・チーズ?」

そう言いながら、グリドルの上にのせた鉄鍋の蓋をとると
中にはたっぷり、チリビーンズ。
チリ独特のスパイス臭が鼻をくすぐり、
思わずプリーズと言いたくなるとこ、
いやいや、まずは基本的なる
プレインドッグを食べてみねばと、
「ノー・サンキュー」とそれは断る。

はい、どうぞとホットドッグを手渡しながら、
「レリッシュ・マスタード・ケチャップは
 好きに使っていいからネ」
と、指差す先には小さなテーブル。
その上には刻んだ玉ねぎやピクルス、
ハインツのケチャップにフレンチマスタードの
どちらも業務用の大きなボトルが
ドンっと置かれてボクを待ってる。

まるで屋台のような店だと思った。
ホットドッグ一種類をただただひたすら作って売る。
紙に書かれたメニューはないけど、
そこで働くオヤジ自身がメニューなんだという自信。
手渡されたホットドッグは思ったほどは大きくはなく、
特に太さが口にすんなり入ってくれそうな
ほどよいサイズ。
けれど熱々。
しかもズッシリ、重たく感じる。
オヤジさんのプライド分だけ、
見た目以上に重いんだろう‥‥、と、思いながら
オニオン、ピクルス、そしてケチャップ。
パラパラプチュンとホットドッグを飾って、
さぁ、いただきますとカプリと齧る。




さすがに黒い紳士が立っていた
通りに面したカウンターで食べる勇気はまだなくて、
それで奥のカウンター。
壁に向かって、ホットドッグを両手にもって
かっこよく‥‥。
と、思ってかぶりつくのだけれど、
これが上手に食べられない。
フランクフルトの上にのっけたピクルスや
ミンスドオニオンがころがり、散らかる。
ケチャップやフレンチマスタードが垂れて、
皿からこぼれ落ちそうになってくる。

ただ、旨いのです。

パンはフッカリ。
中に挟まれたソーセージの皮はパリンと硬くはじけて、
脂の香りを吐き出して、
それと一緒に中からジュワッと
肉汁たっぷりほとばしり出る。
香ばしくって、しかもパンの自然な甘みが
スパイシーなフランクフルトの風味を支えて引き立てる。
そのおいしさに、口は集中したいのに、
ほら、ピクルスが落ちてくる。
あぁ、ケチャップが垂れてくると
あれこれ指示をだして邪魔をする。
どう考えても、ボクは今、
ホットドッグと格闘していて
決してステキに見えはしないに違いない。
理由は多分、ボクが欲張ってしまったからに違いない。
作ってもらったまま。
ピクルスもケチャップも使わずそのまま食べれば
こんな、無様なコトになりはしなかったに違いない。
寿司だってそう。
醤油をあまりつけ過ぎたら、
口に寿司を運ぶまでポタポタ、醤油が垂れてしまう。
それとおそらく同じなんだろう‥‥。




そう思って、ボクはもうワントライを試みる。
カウンターにゆき、オヤジさんに
「もう一個、いただけますか?」と。
おや、そんなにうちのホットドッグが気に入ったのかい?
と言うオヤジさんにボクは正直に、
今日、ココに来た理由を言った。

あの紳士のように格好良く、
立ってホットドッグを食べられるようになりたくて。
それでやってきたのですけれど、
欲張っていろんなモノをのっけて
それでキレイに食べることが出来なかったのです。
もう一度、プレインドッグで
試してみようと思うのですが‥‥、と。

今日も3個、平らげて帰ったお客さんのコトかい?

そう言いながら、
はじめてオヤジさんは顔を崩してニッコリとして、
彼ならダブルチーズをかけたチリドッグでさえ、
粋に格好良く食べるだろうよ。
なんなら坊や。
明日、もう一度、8時キッカリにここに来ないか?
汚れてもいい普段着で、
ちょっと手伝ってほしいコトがあるんだが‥‥。
報酬は、あの紳士の秘密というコトでどうだ‥‥、
と謎めいたオファーをこのボクにする。
まだボクがインターンとしての仕事につく前のコト、
暇と好奇心を持て余していたそのときのボクに
断る理由はどこにもなかった。
そして明日がやってくる。


2012-03-08-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN