エマが「このお二人様用の料理って、気になるわ」
と言ったお料理。
「自然の草や穀物を食べて育った健康的な若鶏を
 一羽まるごと、5種類の調理方法で」
という名前の、たしかに興味をそそる料理ではある。
しかもその料理の名前を、
エマはまるで詩を朗読するがごとく朗々と、
テーブルを囲むボクたちに詠んで聴かせるように
何度も何度も、繰り返す。

彼女が「気になるわ」と言うのはすなわち、
「私はコレを食べることに決めたわ」という意思表示。
普通ならば、
「あなたたち、この料理を頼んじゃダメよ‥‥、
 私のモノなんだから」
という警告だと思えば良い。
けれどこれ。
お二人様用なわけで、つまり、彼女は
「誰かコレを私とシェアしたい方はいらっしゃる?」
という誘いの言葉‥‥、というワケです。

本来ならばエマのボーイフレンドのジャンが
彼女とシェアーするのが順当なところ。
けれど彼は、この季節なら絶対羊を食べなくちゃと、
チキンなんかには目もくれない。
エマがチキン料理の名前を吟じるかたわらで、
支配人のブライアンに
羊は炭で焼くのか、ローストなのか、
ソースは何でそこにはどんなハーブが入っているのかと、
根掘り葉掘り聞いている。
あぁ、ボクが彼女に付き合うことになるのかなぁ‥‥。
エマが言うことに
いつもネガティブな姿勢を見せるケンが
彼女とひとつ料理をシェアするコトは考えがたい。
でもボク、チキンがあんまり得意じゃない。
皮は付けずに、脂もとってネ‥‥、
ってお願いなんてできないだろうなぁ。
だって彼女と同じ料理を
分け合わなくちゃいけないんだから。

「パリっと焼けた若鶏の皮、
 筋肉質な肉の繊維と豊かな脂‥‥、
 匂い立つような香りが
 料理の名前から滲み出しているようじゃない‥‥」

そういう彼女に、あぁ、やっぱりボクはダメだ。
そもそも、とある食材を熱烈に好きな人が
それを好む理由は、
その食材を苦手とする人が嫌う理由と同じなのです。
だから彼女が鶏の料理に熱狂すればするほど、
ボクはつらくなっていく。
困ったなぁ‥‥、と思っていたら
「ボクもその料理が気になってしょうがないんだ」
と声がする。





ケンの声。
エマを無視してずっとブライアントと羊談義をしていた
ジャンが、ビックリして息をのんでしまったくらい。
それは意外な発言だった。
「まさか、ボクが彼女のために
 ココで鶏を解体しなくちゃいけない訳じゃないよネ」
って、そういうケンに
「当然でございます。若鶏をまるごと使った料理であって、
 若鶏がまるごとやってくる料理ではございませんで、
 お一人さまに一皿づつ。
 ただ、一羽まるごと使いませんと出来ぬ料理ですから
 お二人様で、という趣向でございまして」と。

「それならいいわ、それにしましょう。
 私たちの料理ではなく、
 あくまで私とあの人の料理という
 ニュアンスでよろしくお願い」。
そう言い放って、
エマはメニューをブライアントに手渡した。
ボクはめでたく食べたい料理‥‥、
牛ヒレ肉にフォアグラのソテをのっけた
ロッシーニ風を注文することができた次第。
それぞれのメインにあわせて前菜をたのんで
ワイワイ、ワインとおしゃべりでメインを待った。

最初に抜いたシャンパンと、
それに続いて白いワインが一本消えて、
さぁ、メインはみんな肉だから赤がいいよね。
チキンにあわせて軽めの赤にしておこうか‥‥、
と言っていたらメインの料理がやってきた。

普通のサイズのお皿が2枚。
ボクのステーキと
ジャンの子羊がのったお皿がまずやってきて、
それに続いて普通の皿の二回りほど大きな
しかも楕円形のお皿が2枚、恭しくやってくる。
その細長いお皿の端から一直線に、
5つの料理がズラッと並ぶ、
そのうつくしさにボクらは思わず息をのむ。
博愛主義的円卓に向かい合わせに座ったエマとケンの前に、
お皿がストンと置かれて、
そして、支配人がボクの背中に立って
5つの料理の説明をする。

ワタクシの方から、まず、
若鶏のササミを低温で時間をかけてスティームしたモノ。
タプナードとオリーブオイルで召し上がっていただきます。
その次が胸肉をさっと炭で炙ったモノ。
こちらは塩と太陽で乾かして甘みを存分に引き出した
トマトのオリーブオイル漬けで風味をつけております。
肉の純粋なうま味をたのしんでいただきたいかと‥‥。
真ん中のお料理は同じ胸肉を、
皮と脂をつけた状態でじっくりローストしたモノです。
脂をかけ回しながらコンガリ。
シットリとした肉の味わいと皮の濃厚なうま味を
同時に召し上がれるようにという
シェフの心遣いでございます。
続いて、鶏のレバーをグリルしたもの。
バルサミコを煮詰めたソースで濃厚に。
ワタクシの一番向こう側にございますのが、
もも肉の煮込み。
若鶏の最も鶏肉らしい香りと脂のうま味を
全て残さず召し上がっていただけますようにと、
工夫させていただきました。

なるほど、鶏肉という素材は
部分部分でまるで違った食感、味わい。
それをこうして5つの料理にして食べさせる。
そのためたしかに
一羽まるごと使う必要があったんだなぁ‥‥、
こうしたお二人様って料理もステキ。
そう思うと同時に、
「あれ? なんだかちょっと不思議だぞ」
と、みんな感じた。
だって、向い合って座った二人の目の前にある
お皿の上の料理の配列。
シンメトリーになっているのです。
エマのお皿は左から。
ケンのお皿は右から
「ササミ・胸肉・胸肉・レバー・もも肉」
の順に並んでいるのです。
エマが言います。

「これはササミから順に食べ進んで!
 っていうことかしら、
 料理の味が順に濃くなっていくような気がする‥‥」
と。
「それにあなた、左利きでしょう。
 だから私の料理と逆の並び方!」とケンに言う。

すばらしい。
マダムのご推察の通りございます。
ナイフとフォークで料理をお召し上がりになるとき。
利き腕の反対側から順に召し上がるのが最も自然で、
うつくしい。
ですからシェフも料理を
もっとも自然においしく召し上がっていただけるようにと、
食べていただきたい順番に料理を並べてお出ししました。
勿論、行ったりきたりお皿の上で
散歩されるのもステキな体験。
ただ、出発地点はササミで目的地はもも肉と、
そうご記憶いただければシェフもたいそう喜びます‥‥、
と。

そういえば、前菜が終わってナイフとフォークを片付け、
メインディッシュ用のナイフとフォークを並べたとき、
すでに、ケンのナイフは左側。
フォークは右側に置かれてた。
ボクらは経験豊富で観察力のたしかな人に見守られ、
ステキな食事を今日はしている。
そんな場所を選べたステキさに、
ボクも胸をはって誇らしくなるような、
ステキなディナーでありました。




ココで、ブライアンのお店でのエピソードは一段落。
次回から、まだまだニューヨークシリーズではありますが、
別のエピソードに向かって行こうと思います。

2012-02-23-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN