気仙沼のほぼ日便り

みなさんこんにちは。
気仙沼のほぼ日のサユミです。

さて、本日9/16(日)に行われる目黒のさんま祭。
気仙沼から目黒に、
さんまをどどーんと持ってきています!
今の様子は、さんま祭のテキスト中継ページ
ご覧ください!

さて、気仙沼では直前に準備会と
全体会が行われました。
全体会では、参加者のみなさんがずらりとならび
目黒のさんま祭会長の松井さんからご挨拶。
松井さんは、目黒のさんま祭の企画立案者であり、
いわば、目黒と気仙沼のご縁が生まれるきっかけを
作った方です。

そしてこの全体会に集まった参加者のみなさんは、
気仙沼で暮らし、
気仙沼でさまざまなお仕事をされているみなさんです。
一人ずつ、簡単な自己紹介をし、
スケジュール確認をした後は、
班ごとに分かれて確認。

「サユミちゃんはすり身班だからいいけど、
 焼く人たちには、すごい臭いがつくから。」

と、くれぐれも着替えと着替えを入れる袋を
忘れないようにと言われました。

そう、われらほぼ日からは、
チーム気仙沼の

そして、

さらに!

が、参加します!

「東京のみなさんにも、伝えてね。
 焼く人は靴までさんまの臭いがつくからね。」

なんども言われました。

さんまの臭いがつく事も、
おいしくさんまを食べるためですから!
ご参加のほぼ日の乗組員は、
くれぐれも、着替えを忘れずに。

ということで、
この全体会も終わり、
最後に「どや節」練習でしめます!
どや節とは、漁師の労働歌として歌いつがれてきた
大漁歌「大漁唄い込み」をアレンジしたもので、
聞いてみると、ラップのような印象もあります。
さんま寄席でのどや節の紹介が詳しいです。
さんま祭でも毎年披露されています。

メインの方々以外は、あいの手を歌います。

「エーエーエー ヨーイドコラサ」
「ヨイヨイヨイドサット」
「トラヤッサイヤッサイナ」

を覚えればOK!
これだけなんだから、歌詞の紙を見ない!
とにかく元気よく!
という指示がありました。

私は新人なので、さんま祭Tシャツも頂きました。
さんまを手にはしゃぐ殿様のイラストが描かれています。
落語の目黒のさんまにちなんでいるわけですが、
何千匹とさんまが焼かれていく豪快な景色は、
殿様でなくとも心おどるはず!
この記事がUPされているころは、
私もさんまのにおいに包まれていることでしょう!

改めましてこんにちは。
気仙沼のほぼ日のサユミです!
どうぞ、サユミと呼んでください。

みなさんは覚えていらっしゃいますか?
今年3月に行われた「気仙沼さんま寄席」
気仙沼で行われた立川志の輔師匠の寄席に、
遠くからたくさんのお客様がいらっしゃいました。
気仙沼のみなさんと一緒に、
「目黒のさんま祭」のさんま代をみんなで稼ごう!
というのが、この寄席の目的でもありました。
あの寄席から数ヶ月……。
ついに、明日9月16日(日)、
お待ちかね!「目黒のさんま祭」が行われます!!

まずは簡単なお知らせです。

場所:目黒区 田道広場公園
時間:10:10〜さんま終了まで
内容:炭火焼きさんまの焼きたて無料配布、
   気仙沼和太鼓、虎舞い
   かぼす音頭(大分県)
   気仙沼市月立小学校鹿踊り、阿波踊りなど

さんまのすり身汁、一杯なんと100円で販売!
ほかにも、ほぼ日でおなじみ、
斉吉商店さんはじめ、
気仙沼からも各店舗が物産展を行います。
また、東北からは宮城県角田市、山形県(山形屋)、
福島県郡山市などの物産品も購入できるほか、
かぼす提供の大分県、茨城県も出店……という
食べるもよし、見るもよし、買うもよしの
魅力的なお祭りなのです。

ところで、肝心のさんまは…?

ご安心ください!
先日、気仙沼にもさんまが水揚げされ、
このとおり!
たっぷりのキラキラの、みずみずしい、さんまさま。

さんまが初水揚げされた日、
まず、水産関係のみなさんから、

「さんまが水揚げされたぞー!」

の報告写真が送られてきます。
そして、地元紙「三陸新報」には、
一面で「初サンマ」の文字が踊っています。

魚屋さんに行けば、店内は大忙し!
今日の夜にお店で出す初さんまの注文に
追われています。
そしてその夜は、確かにたくさんのお店で、
「初さんまあります」の看板が出されていました。

私も食べました。
美味しいし、なんとも嬉しかったです。

みなさんも、味わいたい……ですよね?
気仙沼のお母さんがたが作った、
さんまのすり身汁、もあるんですよ!

この写真は、お店で撮ったものですけど……。
続きは、明日16日の目黒のさんま祭で!
ちなみに私は、本日の夜、気仙沼から、
「目黒のさんま祭実行委員会 気仙沼支部」の
みなさんと一緒に、
夜行バスで目黒に向かいます。
その模様はさんま祭のテキスト中継ページ
UPしていきたいと思いますので、
応援よろしくお願いします!

※今回の写真、さまざまな方にご協力いただきました。
水揚げしたてのさんまの写真:
目黒のさんま祭実行委員長 梅津覚太郎さん
さんま祭の会場写真:
目黒のさんま祭実行委員会 畠山和絵さん
焼きさんまの写真:
「福よし」さんにて撮影 初沢亜利さん
ありがとうございました。

音楽家の坂本龍一さんらが発起人となり、
全国楽器協会のプロジェクトとしてスタートした、
こどもの音楽再生基金」。

同プロジェクトは、被災地の幼稚園〜高校に対し、
これまで、被災地域の2,562の楽器を点検、
1,459の楽器の修理を行ってきたそうです。

そして今回、8/5に仙台で行われたコンサート
School Music Revival Live」を皮切りに、
「希望の音を鳴らそう。」を合い言葉とした、
音楽を楽しむための活動をスタートさせました。

気仙沼からは、2つの学校が出演するということで、
私も仙台まで取材に出かけました。

会場は東京エレクトロンホール宮城。
坂本龍一さんの
「戦場のメリークリスマス」の演奏で、
コンサートはスタートしました。
坂本さんが演奏するピアノは、
石巻の高校で被災したものですが、
基金によって修理、補修をされ、
この日、こうして大きなステージの上で、
美しいメロディを響かせていました。

今回の出場は、被災した学校から、
吹奏楽部や軽音楽部、
合唱部やマンドリン部など23組が出場し、
さまざまなジャンルの演奏を披露しました。
学校をいくつか紹介していきたいと思います。

まずは、気仙沼市立津谷中学校吹奏楽部。
仙台の聖和学園高校と一緒に、
「銀河鉄道」というコンクール課題曲を演奏します。
「うまくなりたい、向上したいという気持ちは
誰にもまけない子どもたち」と、
校長先生からの激励のメッセージも紹介され、
ジャケット姿の高校生に混じって、
白いワイシャツの中学生たちが、
素敵な演奏を披露してくれました。

そして、次にご紹介するのは
宮城県気仙沼高等学校軽音楽部です。
バンド名は「かなえっ子U」。
かなえっ子、というバンド名は、
A、B、C……と代々受け継いできたものだそうで、
彼らはU=21代目ということだそうです。
気仙沼ではなぜか、先輩後輩の関係が、
大人になってからも続くことが多いので、
気仙沼らしくて面白いなぁと思いました。

曲はオリジナルで、
震災後に作ったものだそうです。
パワフルでかっこいい演奏を見せてくれました。
若いって、すばらしい!

私が個人的に大好きになってしまったのが、
宮城県白石工業高等学校軽音楽部、
MONGOLIAN DEATH WORMです。
「モンデスって呼んでください!」と、
イントロから「モンデス!」コールをあおります。
演奏曲はAC/DCの「Whole lotta rosie」。

司会のつるの剛士さんに
「AC/DCなんて聴くの?」と聞かれると
はい!と答える彼女たち。
きっかけは顧問の先生に薦められ、
以降、ハードロック好きの先生の影響で、
レッドツェッペリンや、
Rainbowを聴くようになったそう。
ミニスカート、ショートパンツに
光る角のカチューシャをつけた彼女たち。
演奏も上手で、私だけでなく、
会場のお父さん方は
ガッチリ心をつかまれたはずです。

そして、郡山市立安積中学校合唱部は、
「エレミアの哀歌」という
正統派の合唱曲を披露しました。
中学生というのに驚くほど堂々たるものでした。
代表でインタビューを受けた女の子は、
新しい仲間も加わったけれど、
県外に越してしまった友達もいて……
と話したところで、声を詰まらせてしまいました。

「それでも私たちは合唱を愛していて、
今をがんばっているということを
音楽で伝えていきたい」

そう言ってインタビューを終えた彼女。
原発のこと以上には
なかなかスポットがあたらない今、
福島で一生懸命部活を続けて、
音楽を奏でている彼女たちの姿を教えてくれました。

震災によって、
仲間がバラバラになってしまったり、
練習場所が使えなくなってしまったり、
楽器が壊れてしまったり、
いろんなことがあったみんな。
ステージの上で、
本当に楽しそうに演奏していました。
この日の音楽は、どれも素敵でした。

夏休み。
気仙沼の街の中でもたくさんの
子どもたちの姿を見かけるようになりました。

8月1日、みなみまちcadocco(かどっこ)では、
絵本のよみきかせ会と
旗作りワークショップが行われ、
私もお手伝いをさせていただきました。

テーマとなる絵本は『にじいろのさかな』です。
キラキラのホログラム印刷が使われた、
いろとりどりの美しい魚たちが印象的な絵本で、
全世界でベストセラーになっています。
今回のワークショップは、
この絵本の作者である
マーカス・フィスターさんと、
気仙沼の子どもたちが一緒になって
気仙沼みなとまつりで飾るための旗を、
作ることになっています。

フィスターさんは、
ワークショップ前日から気仙沼に訪れ、
まずは市内の様子をごらんになりました。
はじめて、津波の被害を受けた土地を
訪れたというフィスターさん。
津波の威力や、被害について、
ご本人からたくさんの質問を受けました。

『にじいろのさかな』シリーズは、
キラキラのうろこを持つさかなが主人公です。
どのお話も、美しい海と、
さまざまな海の生き物たちが登場し、
仲間や家族の大切さ、優しさを教えてくれます。

ここ、気仙沼は
「海と生きる」という
スローガンを掲げた街でもあります。
津波でたくさんのものを奪っていった海ですが、
たくさんの恵みや喜びを与えてくれるのも、
また海です。

生まれたときから海に親しんできた
子どもたちにとって、
海の美しさ、楽しさは、身近なもの。
フィスターさんと子どもたちが、
どんな作品を生み出すのか、
私たちスタッフも楽しみにしながら、
ワークショップのスタートを迎えました

まずは、絵本の朗読から。
読み手は、ラジオ「けせんぬまさいがいFM」の
ナビゲーターを勤める藤村洋介さん、
気仙沼でお仕事をしながら、
歌い手としての活動も行っている
佐々木裕子さんです。
「あおくふかい とおくのうみに……」
と、優しい声でお話がはじまると、
子どもたちも、
すっと物語の世界に入り込んでいきました。

そして、フィスターさんが登場。
フィスターさんが大きな紙に
スラスラとさかなたちの絵を描くと、
子どもたちから歓声と拍手が!

旗作りワークショップは、
まず厚紙を魚の形に切り取り、
そこに濃いめに溶いた絵の具をつけて、
布にスタンプをしていく手順で行われます。
厚紙へ下書きをしているとき、
「背ヒレがないじゃないの!」とお母さんが指摘し
「これはマンボウだから…」と答える子もいて
さすが気仙沼!というやりとりも見られました

さらに、厚紙に色を塗り始めると、子どもたちから
「銀色ないの?」と聞かれます。
青ではなく、銀色……。
私も言われるまで気づきませんでした。
みんなが見慣れたさかなといえば、
絵本の世界のおさかなさんではなく、
スーパーの切り身でもなく、
まるまる一匹の魚なのだ、ということに。
みんな、私よりもずっと、
さかなのことに詳しかったです。

絵の具スタンプを何度も繰り返すうちに、
色とりどりの色が加わってきます。
模様にこだわる子、色の混ざり方を楽しむ子
それぞれに個性が出てきて、
私も見ているだけで面白かったです。

最後にラメが入ったのりをつけ、
キラキラさかなの旗が完成!
みんなで記念撮影をしました。

完成した旗は、みなとまつりでも飾られました。
海の街におよぐ、みんなのさかなの旗。

わくわくするような、
元気になるような、
そんな旗ができました。

みなさんこんにちは。
改めまして気仙沼のほぼ日のサユミです。

まずは告知をさせてください!
今週(といっても明日、明後日)、
8/18(土)、19(日)に、
IID世田谷ものづくり学校にて、
IID KIDS WORKSHOP IN SUMMER 2012
子どもの体験教室

というイベントが行われます。
子どもはもちろん、大人も楽しめるような
ワークショップやブースが目白押しなのですが、
じつは気仙沼からも2つのコンテンツが参加します!

一つは、気仙沼出身のイラストレーター、
奥原しんこさんの
気仙沼への暑中見舞い
ワークショップです。
気仙沼で半分が描かれたハガキに、
もう半分の絵を描いて完成させます。
出来上がったものは「残暑見舞い」として、
気仙沼で絵を描いた作者に届きます。
※タイトルが暑中見舞いですが、
時期的に残暑見舞いということになりました。

ワークショップは、2日間とも13:00〜16:00。
予約不要でいつでも参加できます。

先日行われた気仙沼でのワークショップでは、
たくさんの方がハガキの半分を作成してくれました。
この時同時に、写真家の熊谷聖司さんご協力のもと、
「写真をきったりはったり
ぬったりかいたりしてあそぼー」
というワークショップが行われたのですが、
写真のコラージュで、
思いがけない組み合わせがどんどん生まれ、
楽しい作品がたくさんできました。

ちなみにこちらの作品は、
缶バッヂになってこのブースに登場する予定です。

そして、もう一つの出店は、
気仙沼のお茶屋で美術家の斉藤道有さんによる
ほうげん屋がやってきた」です。

この「ほうげん屋」は、
方言を売ったり買ったりする店。
2009年の気仙沼みなとまつりで行った、
ほうげん屋の様子は、まちづくりサークル
気楽会のブログで紹介されています
この時仕入れた方言を持って、
ほうげん屋が東京行商に!

今は気仙沼周辺の方言が多いようですが、
これまでにない地域の
方言の仕入れをしたいそうです。
出店は、2日間とも10:00〜16:00。
休憩中以外はいつでも空いてますとのこと。

両方とも、世田谷ものづくり学校の入り口すぐ、
野外ブースとなっておりますので、
お近くの方もぜひお越し下さい。
私も、両日ともにお手伝いをしております。

また気仙沼アイテムも少し販売予定です。
まずは奥原しんこさんデザインの、
「LOVE KESENNUMA」Tシャツ。
ちょうど準備中のしんこさん、
お手伝いをしてくれた写真左の
ボランティアの方も
このTシャツを着ています!
アルファベットがサメだったり、ホヤだったり…
気仙沼ゆかりの絵文字になっています。
わたしも3着持っていて、愛用しておりますが、
このさりげなさ、かわいらしさ。
来てるといろんな方にほめられます。
男性、女性用共にありまして、
ドルマンスリーブタイプもあります。
こちらの収益金は、
気仙沼の復興のために使われます。

そして、もうひとつは、
斉藤道有さんが実行委員長をつとめた、
3月11日からのヒカリ」プロジェクトTシャツ。

今年の3月11日、祈りをこめて
気仙沼の内湾に立ち上げられた三本のヒカリの柱。
プロジェクト開催前に、画家の武谷大介さんが
描いたプロジェクトイメージのTシャツです。
ヒカリの柱の元には、
美しい気仙沼の内湾の街並み、
上方には満点の星空が描かれています。
私も、プロジェクト当日、
本当にこの絵のとおり、まっすぐに光る柱を
気仙沼で見ることができました。
着てみるとカッコいい感じです。
男性、女性ともに着られるサイズがあります。
こちらの収益金は、
来年のプロジェクト運営費となります。
このほかにも、
気仙沼グッズを鋭意準備中です。
みなさんとお会いできるのを楽しみにしております!

会場へのアクセスは、
こちらをごらんください。

去る、7月27日。
北海道の八木田水産さんの
第63幸漁丸(こうりょうまる)という、
さんま船の進水式が行われました。

かつて幸漁丸は、その年度ごとに
最もさんまの水揚げが多かった船に送られる、
優勝旗を何枚も授与された大きな船でした。

震災時、気仙沼港に停泊していた幸漁丸は、
津波によって引き起こされた
湾岸火災の被害を受けてしまいました。
そのため、幸漁丸は新しく作り直され、
ついにこのたび、
進水式を迎えることになったのです。

会場は、気仙沼の浪板にある造船所です。
ここにこれたのは、
斉吉商店のおかみさん、和枝さんのおかげでした。

ちなみに、右が和枝さん、左が石見船頭さんです。

斉吉商店さんは、
かつて廻船問屋を営まれていたので、
幸漁丸の関係者のみなさまとも
たくさんのご縁があったそうです。
以前、ほぼ日でもご紹介されていました

和枝さんは
「気仙沼港に、船を預けてくださっていたのに、
大事な船を、焦がしてしまった」
とおっしゃっていました。

もちろん、船の被害は、津波のせいです。
和枝さんが悪いわけじゃないのに、
と思ったのですが、
生まれたときから海が身近にあって、
生活そのものが漁業に深く関わってきたからこその
和枝さんの言葉なんだなぁとも思いました。

そしてその言葉は、
この街の、港も人も、
本当にこの日を待ち望んでいたんだと、
強く感じさせるものでした。

ご祈祷が行われ、
この船の名前が正式に「第63幸漁丸」という
名前になりました。
また帰ってきた幸漁丸の門出を祝うように、
船上の大漁旗がはためき、
船頭さん、船員さんは笑顔で、
餅まきを行います。

このごろ、急ピッチで
休みなく船を作り続けている造船所ですが、
造船所のみなさんも、晴れ晴れしい笑顔です。

スピーカーからは、
勇ましい軍艦マーチが流れ、
西日が差し込むなか、
ワイヤーを解かれながら、
船はゆっくりと海に進んでいきました。

船を見つめる気仙沼のみなさんの心の中には、
震災からの日々や、喜びや、思い出や、
ほんとうにいろんなことが
浮かんでいるのだろうということが、
伝わってきました。

たくさんの家や工場が流されて、
むきだしの基礎に雑草が生い茂るこの土地で、
造船所の横の、暮れゆく気仙沼の海は、
それでも美しいと感じるものでした。

大変なこともたくさんあるけれど、
みんな歩みを進めている。
この港からも、たくさんの船が、
つぎつぎに大海へと出航していきます。

こんにちは。気仙沼のほぼ日のサユミです。
先日、気仙沼のおとなり、南三陸町へ
港のスズメさん便りでもおなじみの
藤野さんと出かけてきました。
南三陸町の中心部へ行くには、
気仙沼からだいたい車で50分くらいです。

南三陸町は、「福興市」の取材以来で、
噂のキラキラ丼を確かめにいくことにしました。
何がキラキラなのかは……行ってみればわかります!

目指すは「南三陸さんさん商店街」です。
2012年2月25日にオープンした仮設商店街で、
店舗、観光インフォメーションセンターなどが、
30件ほど並んでいます。

「創菜旬魚 はしもと」にて、
さっそくキラキラ丼! を注文。

それがこちら! ウニ丼です。
ウニの粒がキラキラしてる!
テンションが最高にあがってしまいました。
正式には「南三陸キラキラうに丼」。
ウニの旬となる時期に、
南三陸の海で獲れたウニを
たっぷりのせたどんぶりを、
各店が提供しています。
ところでこのお店、
中に入ると仮設店舗とは思えぬ豪華な内装です。
座敷席もあり、
ゆったりくつろぐことができました。

商店街をぐるっと見渡しまして、
ほかにもたくさんの
気になるものが販売されていました。

洋菓子店の菓房 山清さんで
販売されているタコぷりん。
練り製品の及善蒲鉾店のタコ入りあげボール。
ここ南三陸町は、水ダコの名産地であり、
「オクトパス君」という
タコのご当地キャラクターもいるほど。
「置くとパス(合格)」する縁起物として、
全国の学生さんが買って行くそうです。

帰りがてら、オクトパス君グッズの主力商品
ゆめ多幸鎮(たこうちん)」という、
文鎮を作っている工房
「入谷Yes工房」にもお邪魔してみました。
こちらは、廃校となった木造の
入谷中学校を改装したところだそうで、
どこか懐かしい感じのする素敵な建物でした。
工房では町民の方を中心に、
さまざまな年代の方が制作に励んでいました。

ご案内していただいたのは、
NPO団体のETICによる「右腕派遣」プロジェクトで
南三陸復興ダコの会を運営を
手助けしている村井香月さん。
右腕派遣プロジェクトは、
被災地域のリーダーとなる方や
事業主さんを支援する人材を派遣するもので、
藤野さんもこの右腕の一人です。

村井さんのお隣の男性は、
南三陸町出身の大森さん。
震災から1年経ち、
町の復興に関わって行く仕事をするため、
こちらで働かれるようになったそうです。

Yes工房では、その広いスペースを活用して、
オクトパス君グッズ以外にも、
被災木を利用した企業のノベルティグッズの制作や、
まゆ玉をつかったアートフラワー、
そのほかにも雑貨店販売用の木製スツールなど、
様々なものづくりが行われていました。

周りは田んぼに囲まれていて、
いかにものどかな風景です。
ここは、南三陸町のなかでも山側にあたる場所、
海からは少し離れています。
村井さんからは、
「南三陸町は、
町の62%が津波の被害を受けてしまったんです」
と伺いました。

震災前後の写真を比べてみると、
そのことが良く分かります。
人口が、1万7000人ほどの町で、
浸水範囲内の人口が1万4000人。
お恥ずかしながら、隣町の被害状況すら、
私はよく知っていませんでした。
沿岸部はその地形や、町の中心部の位置によっても、
その後の被害状況が大きく異なるということを
改めて知った気がします。

ところで、今回ここに至るまで、
途中のガソリンスタンドで道を聞きました。
とてもさわやかで、分かりやすく、
笑顔で道を教えてくれたお姉さん。
お礼もしたいし、帰りにそこで
ガソリンを入れて帰ろうということになり、
立ち寄って、少しお話をしました。

今は鉄骨だけになった南三陸町の防災対策庁舎。
その横にガソリンスタンドがあります。
ここは、震災後にガス配給所としても
使われていたそうです。

「助けられたり、助けたり、
 いろんなことがありますね。
 また、南三陸町に遊びにきてください!」

そう話すお姉さんの笑顔が、
やっぱり素敵で、
車から写真を撮らせていただきました。
また、遊びにいきたいと思います。

夏の雰囲気が感じられるようになってきた7月頭。
気仙沼小学校で、
ダンスのワークショップが開催されました。

JCDN(Japan Contemporary Dance Network)
というコンテンポラリーダンスのNPOが
被災地で行っている活動で、
文部科学省の「復興教育支援事業」
の取り組みとして
「からだを使って遊び、動かし、
こころとからだをリラックスさせる」
といった目的で行われています。

気仙沼小学校でのワークショップの日程は3日間。
3年1組、2組の子どもたちが参加しました。

インストラクターをつとめるのは、
生島翔さんと手代木花野さん。
生島さんはお父さんが気仙沼のご出身で、
震災後は東北に足を運び、ダンスをされています。
手代木さんは、
東京でコンテンポラリーダンスの
活動をしていますが、
出身は宮城県松島町。
じつは私の小・中学校の同級生なのです。
「気仙沼でワークショップをするよ」と
彼女から連絡をもらったことが、
取材のきっかけになりました。

今回のワークショップは、
3日目に発表会をすることになっています。
音楽は気仙沼小学校の校歌。
校歌にあわせた踊りの振りを完成させ、
発表会で披露します。

ふと、途中で気がついたのですが、
子どもたちの運動着は、赤と青、2種類があります。
青い運動着は、気仙沼小学校のもの。
そして、赤い運動着は、津波で被害を受けた、
南気仙沼小学校のものです。

南気仙沼小学校は、
気仙沼で一番大きな「大川」という川の
川沿いにあります。
津波で川があふれ、
校舎の1階天井までが浸水したため、
防災面から今年3月に廃校が決まり、
4月からは気仙沼小学校と統合されました。

3日間で、表現をすること、
パフォーマンスを人に見せることを、
楽しみながらマスターした子どもたちの表情は、
達成感もあり、すがすがしくもあり、
とても良い笑顔を見せてもらえたと思いました。

「たった3日間という時間だったのに、
日を追うごとの子どもたちの変化はすごかったです。
のめり込んでいく瞬間や、興味を示すときの表情、
そこに立ち会えるということの幸せは
なかなか味わう事のできない美味な時間でした。」

みなさん、本当におつかれさまでした!

発表のあとは、給食だったので、
ワークショップを終えた生島さんと手代木は、
「うちのクラスにきてよー!」と
子どもたちから大人気なのでした。

気仙沼の人たちと会っているときに

「震災がなかったら、
 こういうモノやコトはなかった。」

という話になることがあります。
そして、そのあとに

「よかったことは、たくさんある。」

と、つづけることが多いようです。

おそらく、それは、
人と人のあたらしい出会いやつながり、
モノや気持ちの交換を含めたやりとりや、
コミュニケーションのことを
指しているのだと思います。
そしてそのことは、被災地に住む人たちだけが
感じているわけではなく、
被災地とご縁を持ったそれ以外の場所に住む人にも、
言えることだったりします。

たとえば、
ミュージックセキュリティーズの
「セキュリテ被災地応援ファンド」
もともとは、
ミュージシャンを支援するファンドの
運営をしていた会社が、
震災後、被災した「企業」と
それまで接点のなかった「個人」をつないで、
支援する仕組みをつくりしました。
ほぼ日では
「東北の仕事論。」というシリーズでも
おなじみですね。

また、たとえば、
「みちのく仕事」というサイトでは
「東北の右腕募集」というかたちで
人材を募集する企業や団体を紹介をしています。
これは、ボランティアの募集ではありません。
「気仙沼のほぼ日」に、
しばしば登場する「ふじのさん」
この募集によって、気仙沼に移り住み、
気仙沼で働いているひとり。
そこには、人が動くことによって生まれる、
あたらしい仕事の存在があります。

もちろん、
「気仙沼のほぼ日」という
宮城県気仙沼市にある事務所や
このページそのものも、
「震災があって、生まれたモノ」のひとつですし、
矢野顕子さんがつくった
「気仙沼においでよ」という歌も
その中のひとつでしょう。

今回、ご紹介する
「LIGHT UP NIPPON」
そういう「震災があって、生まれたモノ」です。

昨年の夏、夏祭りや花火大会は
相次いで中止となりました。
そのニュースを見て、
なにか自分にできることはないかと、
動き出した、たったひとりの若者と賛同する仲間たちが
地元の人々の協力のもと、同日同時刻に
追悼と復興の祈りを込めて打ち上げた花火、
それが「LIGHT UP NIPPON」です。
昨年は、8月11日に
岩手県宮古市、山田町、大槌町、釜石市、大船渡市、
宮城県気仙沼市、多賀城市、
福島県南相馬市、会津美里市、いわき市の10ヶ所で、
合計27000発の花火が上がりました。

その花火を上げるために
ひとりの若者がはじめて被災地に入った日から、
花火が上がるまでの一連の出来事をまとめた
ドキュメンタリーの映画ができました。

本日7月7日より、新宿バルト9ほか
全国22の映画館で公開されます。
映画の収益は、
今年2012年の花火をあげるための
資金にすることを目的としているため、
映画としては異例の、DVD同時発売もあります。
つまり、上映館が近くにない人も、
DVDで映画を見て
花火を上げるための費用に協力する、
ということもできます。
また、映画を見なくても、
公式サイトから募金をしたり、
オリジナルグッズを購入することで、
この企画を支えることができます。

ほぼ日のあるミーティングの中で、
糸井重里がこんなことを言っていました。

「よろこびは、
 だれかと分かち合うことで、
 はじめて完成するんじゃないかな。」

2012年の夏、
被災地で再び上がる花火を
現地に行って見ることも、
当日、インターネット中継で見ることも、
この企画のために作られた応援グッズの購入や
募金という行為で参加することも、
どれも、みんな、分かち合うよろこびです。

東日本大震災のあった
2012年3月11日から、
もうすぐ、1年4ヶ月が経とうとしています。

たくさんの人で
分かち合うのにびったりの「花火」、
それを通じて、
震災から1年5ヶ月という日を迎える企画に
いろんなかたちで参加できます、
というお知らせでした。
よろしければ、ぜひ!


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「LIGHT UP NIPPON 2012」 開催概要

開催日時:
2012年8月11日(土)19:00
一斉打ち上げ(雨天決行・荒天順延)

内容:
東北を、日本を、花火で、元気に。
昨年に引き続き、東北の太平洋沿岸で、
「追悼」と「復興」の祈りを込めて、
一斉に花火を打ち上げます。

開催予定地:
岩手県 山田町 大槌町 釜石市 大船渡市
宮城県 気仙沼市 石巻市雄勝 多賀城市
福島県 相馬市 南相馬市 会津美里町 広野町 いわき市

公式HP:
http://lightupnippon.jp/
Twitter:
@lightupnippon
Facebook:
http://www.facebook.com/lightupnippon
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ちなみに、今年の「LIGHT UP NIPPON」の
メイン会場は、気仙沼とのこと。
2年ぶりとなる「みなとまつり」と一緒になって、
気仙沼小学校で開催されるライブなど
お祭りを盛り上げる企画が進んでいるそうですよ。
また、情報が入ったら、
こちらでもお知らせしますね。

気仙沼市唐桑町で歌い継がれてきた
「浜甚句(はまじんく)」。
「サユミちゃんもどうですか」と、
またもやお誘いをいただきまして、
斉吉商店の貞子さんと、
ともづなプロジェクトの藤野さんという
いつものお出かけメンバーで、
浜甚句の練習会に参加することになりました。

浜甚句とは、唐桑町で歌われる大漁唄のひとつで、
大漁祈願や大漁を祝うものです。
私の生まれ故郷である松島でも、
「斎太郎節」という大漁唄があり、
お祭りの時などによく歌われるので、
大漁唄の存在は知っていたのですが、
浜甚句というのは今回初めて聞きました。

浜甚句は、海よりも、陸で漁師が宴会をするときに、
みんなで盛り上がるための余興として
歌われてきたものだと言われており、
7、7、7、5調の節にのせられた唄には、
昔の漁師さんたちの
生活の様子や、想いが込められているそうです。

今回の練習会は、3晩連続の日程です。
毎晩夕方、斉吉商店さんに集合し、
車で30分ほど移動して、
練習会の会場となった
唐桑町松圃(まつばたけ)集会所まで通いました。

夕暮れ時の唐桑の海を窓から見つつ、
貞子さんから、
練習会の参加に至ったきっかけもお聞きしました。
貞子さんは、つばき会のおかみさんたちが
行っている活動の一つ「出船送り」のとき、
練習会の発起人である中澤さんとお会いし、
浜甚句のことを教えてもらったそうです。

ちなみに出船送りとは、
遠洋漁業に出かける船を
陸地から盛大に見送るもので、
こちらについてもいつか、
気仙沼のほぼ日でご紹介したいと思います。

さて、会場につきました。
浜甚句の手書きテキストが配られ、
発起人、中澤さんからご挨拶をいただきます。
歌い継がれてきたとはいえ、
近年では歌われる機会も減り、
浜甚句を歌える人が少なくなってきたとのこと。

「今日は、気仙沼のみなさんも
一緒に歌っていきましょう」
と言われて、なんだか不思議な感じがしたのですが、
唐桑町は2006年に気仙沼市と合併し、
気仙沼市唐桑町という地名になった場所なのでした。

ここ唐桑では、気仙沼駅や市役所があるあたりを、
区別する意味を込めて「市内」と
呼んだりするのですが、
それこそ、私が普段知っている気仙沼は
「市内」のことであって、
唐桑は独自の文化を作ってきた地域なんだな
ということに改めて気づかされました。
と、いうことで、ここから
「唐桑」「市内」という呼び方で
進めていきたいと思います。

ここ唐桑が市内とは異なる文化を持っていると、
肌で感じるエピソードとして、
この集会所に来てから、
かなりの言葉を聞き取ることが
できなかったことがあげられます。
私は、宮城生まれで、
両親がともに石巻出身であることから、
むしろ、方言はよくわかる方でした。
でも、なんだかその自信が一気に崩れそうなほど、
全然リスニングができなかったのです……。
そもそも、石巻と気仙沼でも
方言はちょっと違うのですが、
まさか、気仙沼市の中でこんなに異なるとは……。
やっぱり海の町は陸よりも
海外とのつながりがあったりするから、
こういうこともあるのかなぁなどと考えていました。

と、いうことで、
私が1日目の「浜甚句の練習会」の内容を
ほんとうの意味で理解できたのは
次の日の三陸新報の記事を読んだあとでした。
三陸新報さん、ありがとうございます!
おかげで、練習についていくことができました。

さて、肝心の唄ですが、
これはテキストに歌詞が書かれているので、
ちゃんと練習することができました。
ここでもいくつかご紹介しましょう。

「目出度目出度(めでためでた)の
 若松様ヨ 枝も栄えて葉も茂る」

これが、浜甚句を歌うときに
最初に歌われるものです。
若松様が誰なのか、
何なのかというのは諸説あるそうですが、
この「めでためでた」で始まるのが
決まりとのことです。

「唄いなされやお唄いなされ
 唄で器量が下がりゃせぬ」

これは、酒の席での
「ほら、あんたも黙って呑んでないで」という
意味合いのものだと思います。
恥ずかしがりの私も勇気づけられる言葉でした。

「気仙気仙沼のイカ釣り船は
 イカも釣らずにあねこ釣る」

「あねこ」とは、若い女性を意味します。
そう、ここでいう「気仙沼」は
市内のことであって、
唐桑町は含まれていないのです!
中澤さんが「気仙沼の人も一緒に歌いましょう」と
わざわざ最初におっしゃった意味が
わかった気がしました。
こういった町同士の関係性が歌われるのも、
長い歴史があるからこそ。
いまこうしてみんなが一緒に歌っているのが
面白いなぁと思いました。

そして最後は
「あまり長いのは皆様困る ここらで一休み」
の唄でシメます。

参加者から「カラオケより、いいね!」
という感想もでたほど、
みんなで手を叩きながら歌う一体感があるので、
確かに盛り上がりそうだなぁと思いました。
慣れてくると、いろんな言葉をのせて、
好きに歌っても良いそうです。
漁師のラップのようでもあります。

今回の練習会で、
唄の節をなんとなく
歌うことができるようになりましたが、
習得はまだまだ、といったところです。
最終日には
「浜甚句を歌う会(仮)」という会が結成され、
「今回だけでは無理だと思うから、
またしばらくしたら集まりましょう」
と、練習会は一旦解散となりました。
本当に貴重な経験をさせていただきました。拍手!

練習会が終わって数日後、
藤野さんを誘って、唐桑半島の端の端、
御崎(おさき)と、
御崎神社に行ってみました。
教えていただいた浜甚句の中に、
「お崎さんまで 見送りました
 さあさこれから神頼み」

という唄が少し頭にあったこともありました。

リアス式海岸の地形が見事な御崎は、
崖とぶつかり合う波がとても激しく、
私の知らなかった海の姿を見せており、
ちょっと、怖さも感じるほどでした。

ここまで見送りにきたおかみさんは、
心から、海の男たちの無事を、
神様にお願いしたのでしょう。
命がけで海に出て行った漁師たちを見つめる、
覚悟を決めたそのおかみさんたちも、
ここに立っていたのかなぁと思いました。