「世界一のクリスマスツリー」の植樹式。

goro.inazaki

西畠清順さんからのメッセージ。

2017/11/14 11:20
はじめに。

たとえばあの時代に、
誰かがスペインに
ひまわりの種を運んでいなかったら、
ゴッホの傑作「ひまわり」は
生まれていなかっただろう。

たとえばあの時代に、
誰かがチャノキを
中国大陸から運ばなかったら、
日本文化を象徴する茶道も、
欧米の貴婦人たちが
アフターヌーンティーを楽しむ文化も
生まれていなかっただろう。

たとえばあの時代に、
誰かがオリーブの苗を小アジアから
ギリシアにもたらさなかったら、
オリーブは、
古代アテネオリンピックの
勝者の象徴にはならなかったはずである。


カザフスタンの道端で売られていた
野生のリンゴの苗が、
たとえばあの時代にトルコを経由して
ヨーロッパに広まらなかったら、
ニュートンは、人類は、
いったいどれだけ
重力の発見に遅れただろうか?

世界史をみても、
プラントハンターとは
船で植物を運び、産業、医療、
芸術、生活様式、文化などに影響を与え、
有形無形問わず、
あらゆる面で世界を変えてきた職業である。
それは、例えばコロンブスが
トウモロコシなどを新大陸から運び
世界に広まったことが物語るように、
私たちの今日の食卓にまで影響している。


時代は流れ、世界を変えた
プラントハンターたちは姿を消し、
革新的だった植物は
いつしか私たちの日常となった。

世界の飽和を成立させるために、
生鮮品、衣料、牧草、
種苗、家具、建築資材など、
時には姿を変えて、
毎日毎日莫大な量の植物が船で運ばれ、
私たちはいつもその恩恵を受けているのだ。

いまの時代、
火傷をしたからと言って
アロエを塗る時代でもなければ、
プラントハンターが運んだ植物が
直接世の中の生活に
影響するわけでもない。

しかし、プラントハンターがいまの時代に
世界を変えることができたとしたら、
それは植物を運ぶことで、
現代人が忘れがちな、
大切な「気付き」を与えること
なのではないだろうか。

大好きな人に花束を届けることも、
茶室に一輪の花を届けることも、
巨大な木を運ぶことも、
本質的には変わらない。

人は、いつの時代も植物を運び、
その恩恵を受け、
喜怒哀楽のシーンを彩ってきた。


いま一度、
ひとが植物を運ぶという行為が、
どれだけのメッセージを届けられるか、
その可能性に挑戦してみたい。


西畠清順


※Photo Credit : そら植物園