2014/08/21 14:53 トビー先生、到着。
本日、お二人目の先生が到着されました。
ギラギラと照りつける真夏の太陽と
同じくらいまぶしいピンク色、
「ほぼ日」では
「ひどい目。」ですっかりおなじみ、
レ・ロマネスクのトビー先生です。
何を隠そうトビー先生は
広島県屈指の進学校・修道高校から
慶応義塾大学経済学部へと進み、
その後、
さまざまな紆余曲折、
試行錯誤、浮き沈み等を経て、
現在パリでもっとも名高い
日本人ポップデュオとなったお方。
NHKの教育テレビで
小学3〜6年生向けの国語の番組
「お伝と伝じろう」
にも出演しておられることから、
本日は
おもに「国語」について
おうかがいしていこうと思います。
トビー先生、
どうぞ、よろしくお願いいたします!
2014/08/21 14:35 では、松家先生
松家仁之先生。
たくさんのお話をありがとうございました。
いつもやさしくて、
いろんなことにくわしく、
偉業をたくさんされてきたのに
(そしてこれからも、される方であるのに)
フランクに接してくださって、
しかも、こちらの話も、
ときには驚いたりして聞いてくださる。
こんなコミュニケーション上手代表が、
ひきこもりだったなんて‥‥
ありがとうございました!
松家仁之さんの小説の最新作は
8月28日発売予定で、
「優雅なのかどうか、わからない」
(マガジンハウス刊)
です。あの、CasaBRUTUSで連載していた
あれですよ!!
チョ〜たのしみです。
単行本化にあたって、全面改訂されたそうです。
そして、酒井順子さんとのトークイベントも
近く予定されているそうです。
松家先生は、お姿も素敵なのですが、
お声とお話も、もう、たいそう素敵なので、
ぜひ、お近くのみなさん、行ってみてください!
松家先生、また、近いうちに。
ありがとうございました!
2014/08/21 14:35 おでん賞賛
「はうわー。おでんがうまいです。
いま、感動の嵐です。
シェフさんを尊敬します。
自分のおでん歴のなかでも最高です」![]()
「やったー!」
では、松家先生、
おでんを食べながら、最後のシメを。
「勉強というのは、あんがい、
知らないことを知るよろこびが
あると思います。
漢字でもことわざでも、英語でも、
勉強していると『へー』『そういうことか』と
思うことが含まれています。
そういうのって、おもしろいですよね。
勉強はつらいだけじゃありません。
受験も、
暗いトンネルというわけではないと思います」
2014/08/21 14:13 おでんが来た!
ここで
特製の
静岡おでんが運ばれてきました。
「うまそう!!!」
松家先生、これをたのしみにして
本日来てくださったのです。
「で、さきほどのお話のつづきですがね。
それは、レポートだけの問題ではないのです。
ものごとというのは
複雑にからみあっているものです。
問題の大きさに
呆然となったままではいけないと
ぼくは思います。
さきほど、災害のときに
おにぎりをむすぼうと思った人がいたら
それでいいのです、
という話をしましたが、それと同じ。
例えば、難民問題って、とても
手に負えないと思うでしょう。
複雑に絡み合ったいろんなことを
解決するなんてできないと思ってしまう。
でも、難民の衛生問題を解決しよう、
と思えばどうでしょうか。
手を洗えば
伝染病の被害は格段に減るとも言われます。
もともと手を洗う習慣がなかった人たちに
手洗いをしてもらうためにはどうしたらいいか、
これを考えることにしましょう。
じっさい、それを考えた人がいました。
その人は、石鹸のなかに小さなおもちゃを
入れることを思いつきました。
石鹸で手を洗うということを
たのしいものにすればいいじゃないか、と
考えついたのです。
全体の問題は解決できないかもしれないけど
それはすばらしい仕事です。
問題は、大きいままでは解決ができません。
それこそ、糸井さんがいつもおっしゃる
『できることをしよう』だとぼくは思います。
勉強も、仕事も、同じです。
その人にできることをすればいいと思います」
2014/08/21 14:10 おたよりに答えます
「まずね、レポートというものは
課題があるわけです。
ゼロからやるわけではなく、
目の前にある何かを調べていくものです。
やっかいなのは、その課題が
あまりにも漠然とした大きなテーマであること。
レポートのテーマというのはだいたいが
そういう感じですよね。
あまねく全体を考察するのは不可能です。
大切なのは、絞り込みです。
私はここに関心を持った、
ここについて意見を書けそうだ、
そうやって、課題テーマで広げた大風呂敷を
自分なりにたたんでいくことが大切です。
たとえば‥‥そうですね、
東京の交通渋滞についてレポートを提出、
というときには、
東京の道路事情や人口の分布、車や産業の流れ、
東京の成り立ちや地形まで
その原因を調べていくことになるでしょう。
その原因のひとつに、
自分なりに絞りこんでいきます。
道の流れだったらそれだけでいい。
そこに自分なりに関心を持つことができれば
それについて分析してみるといいのです。
それが考察です。
いっぽう感想は、
『車乗んなきゃいいじゃん、
地下鉄便利だし、いいよ』
ということでいい。
感想は自分勝手な意見でかまいません」
そうですね。
あまりにも壮大なテーマを示されて
そんなこと結局解決できないしなー、と呆然となって
夏休みの20日くらいを費やしてしまう
ということが多いと思います。
「大きなテーマに惑わされてはいけません。
東京都庁だって、
東京都のことはぜんぶやります、という課は
ありません」
2014/08/21 14:05 質問コーナー
それではここで、
読者のみなさんからの
質問コーナーに行かせていただきたいと思います。
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<おたより>
中3の女子です。
宿題でレポートを書くものが多いのですが、
「結果」と「考察」、
「考察」と「感想」のちがいをつけて
書くのが苦手です。
感想はうまく自分のことばで表すことができず、
とても短い感想になってしまいます。
どうしたらよいでしょうか。
(眉)
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「ふふーむ。レポート」
2014/08/21 14:00 本の虫
でも、松家先生は
本の虫、でいらっしゃるでしょう?
図書館という環境のなかで
よくぞ本に気を散らせないで
勉強ができましたね。
「いいえ、それは無理です。
ですから14時から15時までを
『本を読んでいいタイム』と決めていました。
その夏休みで、ドストエフスキーの
『カラマーゾフの兄弟』『悪霊』を読みました。
思えばあの夏は、
すごいテンションだったと思います。
浪人なんかしない、
やるのは3科目、ぜったい現役で合格する。
そういう決意のもと、
・でる単 試け単
・古文の読解参考書
・山川の日本史をなめるように
そういったベーシックな受験の項目を
徹底的に勉強していきました。
それでいて、いっぽうは
高校生が考えがちであり
大人になると打っちゃっておく問題である
『自分とは何か』
『この世界とは何か』
ということが、心をとらえているわけです。
図書館と自宅があった
東京中野区の道端には落ちていない
人間の本質や、果ては宗教を含むその問題は
19世紀ロシアの重厚な
ドストエフスキーにつまっているだろうと嗅ぎつけ
読破したのです」
はっはぁー。
その夏が、とくにすごいテンションだったと。
「それ以降も、秋、冬、と
自分は受験当日まで勉強したのでしょうけれども
その勉強の記憶が、まったくありません」
それほどまでに、コアタイムの夏休み。
2014/08/21 13:58 いちばん勉強した期間
では、松家先生は
どうやって大学受験に成功したのでしょうか。
「こうはいっても、人生でいちばん
勉強したとき、というのがありましてね。
勉強というのは、受験勉強のことですよ。
それは高校3年生の夏休みです。
ぼくには兄がいて、兄が国立大学に落ち
私立大に行ったんです。
ですから、ぼくはなんとなく
私立大に行っていいんだ、
という気分になりました。
ぼくにとってはありがたいことです。
なぜって、私立大学はドラスティックに
受験科目が減るでしょう?
ぼくはもちろんそこまではあまり
勉強していない高校生で、
しかもど真ん中の文系でした。
私立大で、めざす大学の科目、つまり
英語、日本史、国語、
この3つさえやればいいのです。
そして夏休み、地元の図書館に通いました。
開館時間は
朝9時から夕方6時ごろまでだったと思いますが、
びっしり机に座っておりました。
なぜ、図書館で勉強するのか?
家ではサボるからです。
図書館に来ると、みんなが勉強しているので
雰囲気は最高です。
しかも、あそこは本のにおいがするでしょう。
本のにおいというのは、
勉強したほうがいいかなぁ〜という
気分にさせる作用があるのです」
2014/08/21 13:54 プレゼンテーションばやり
「プレゼンテーションはできなくても
役に立つことはできるでしょう。
みんなの前に立って話すこと以外でも
ちがうかたちでプレゼンテーションすることは
いくらでもできます」
でも、いまの授業ですと、
みんなの前で発表できないと
評価されようがありませんよね?
「そのときに評価されなくても、それはそれ。
だいいち、世の中ぜんぶが
プレゼンテーションだったら
どうなるでしょうか。
そんなことはありませんよね?
たとえば、災害などが起こった場合のことを想定し
このような対応対策を考えました、
と発表して拍手をもらっても、
それをいったい誰がやるのか、ということが
まずあります。
そして、実際の現場では、
そのプレゼンテーションの内容に
あったかどうかは関係なく、
自分がおむすびをにぎろう、味噌汁を作ろうと
思いついたら、勝手にやればいいのです。
そこはプレゼンテーションと関係ありません。
そのおいしいおにぎり、あたたかい味噌汁は
最大のはげましと思いやりです。
プレゼンテーションができない人でも
それができるとしたら、それは、最高の仕事です。
学校の中で、発表がうまくなくても
だめだなんて思うことはまったくありません。
教室をきれいにしよう、とか
ゴミを出すとかは、誰にプレゼンしなくても
だまってできることです。
人に好かれてなくてもいいと思います。
めったに笑わない子が笑ったとか、
あの子のああいうところがいいなとか、
見ている人はたくさんいます。
ぼくの高校時代に、
いじめられていた男の子がいました。
その子がある日、自分の机の上に立って
いろんなものを蹴散らして
全身全霊で怒ったことがあるんです。
それはいまでも忘れられません。
すごくかっこよかった。
調子に乗ってからかうようなことをしていると
人を本気で怒らせることがある、
人が全身で怒るとこうなるんだ、
ということがわかりましたし、
40年ほど前のことですけれども
ぼくの大事な記憶のひとつです。
彼は、本気の表情や声で
ぼくらにいろんなことを伝えました。
同級生にも覚えている人たちが多いと思います」



























