第7回 21世紀の学びのかたち。
糸井 こうやって外国の人と会ってるときに
いつも思うことなんですけど、
みなさん、どこに話が行っても構わないって
しゃべり方をされるじゃないですか。
で、そこは日本で勉強を重ねてきた人が、
いちばんできていない部分かもしれないな、
と思うんです。
たとえば「先生」という形で、
いつも呼ばれるような人たちとしゃべっていると、
たまに、生徒がいるときと同じしゃべりしか
できない方がいらっしゃるんですよ。
「私が知ってることをあなたに教えましょう」
っていう。
パトリック なるほど。でも、その先生の教え方は、
20世紀の教育システムですよね。
21世紀の教育システムは、全然違う。
日本の過去の教育については
そこまで詳しく知らないのですが、
たぶんこういう教え方だったと思うんです。
「先生というのは聖なる存在。
 生徒は教壇を侵してはならない。
 私には知識があるから、私が先生。
 あなたが知るべきことを私が教えます。
 私が言うことを、全部疑わずに学びなさい」
糸井 そうですね、そういう、力の関係。
パトリック ええ、そうだったと思うんです。
でも世界には、21世紀になって、
あたらしい先生がやってきました、
その先生の名前は
「ミスターグーグル(Google)」。
一同 (笑)
パトリック ミスターグーグルは何でも知ってます。
検索すれば、ぜんぶ教えてくれます。
知識の部分ではこれまでのどんな先生でも
かなわなくなってしまった。
だから21世紀の先生は
上から一方的に教えるっていう役割から
ガイドのような役割に変わらなきゃいけない。
糸井 なるほど。
パトリック そんなふうに私は考えて、
日本でインターナショナルスクールを
つくったのですが、
そこでは教科書をつかってないんです。
糸井 あー、なるほどね。
パトリック 糸井さんはTwitterをはじめ
たくさんのソーシャルメディアに触れているから
おわかりだと思うのですが、
21世紀に起こった大きな変化というのは、
情報の共有、知識の共有に関するものなんですね。
糸井 はい。
パトリック で、学校も、
かつては「情報を分け与える場」だったのが、
「人間同士の関係の場」に変化しつつある。
一人ずつが個々に学ぶのではなく、
それぞれがつながって、相互に作用して、
みんながいっしょになって何かを学んだり
つくり出したりする場になっている。
これは本当に大事なことで。
糸井 ええ。
パトリック また、私は5年前くらいに
養護施設を支援するNPOをつくりました。
そこでは全国の3000人くらいの子供たちを
サポートしているんです。
日本では、3万人くらいの子供たちが
養護施設に住んでいるんですが、
コンピュータがない施設が多いんですね。
調べてみると、子供たちは
将来の夢もしっかり持てていない。
施設に住んでいる子供たちの中で
大学に入れるのはたった9パーセント。
そんな事実があったんです。
糸井 ああー。
パトリック それで、何かできないかと考えて、
思いついたのが、孤児院ひとつひとつを結ぶ
コンピュータネットワークがあるといいなと。
もちろん、ソフトをちゃんと入れた、
コンピュータを準備して。
これについてはすでに、
パートナーになってくれる企業も集まっていて、
具体的にどんなやり方にするのがベストかを
今、考えているところなんです。 
糸井 へえー。
パトリック ただ、実はそうした施設の大人たちは、
デジタルがそこまで得意ではないんですね。
だけど、子供たちは小さい頃から
デジタルがある前提で育ってますから、
デジタル技術については
いわば、「ネイティブ」なんですね。
デジタルの分野に限れば
大人たちよりも相当に先を行っている。
ただ、そのことで問題もあって、
子供たちが先生よりも遥かに情報を知っているから、
先生たちが萎縮しちゃうんです。
生徒たちのほうが自分より詳しい知識を持っていて、
生徒たちは自分にテクノロジーのつかい方を
教えることまでできる。
これは、先生たちにとって恐怖なんです。
「先生」って何? 「先生」の目的って何?
こんなことなら私は先生じゃないかも、と悩むんです。
糸井 たぶんそれは、本に書かれた情報が
一部の人々の秘密だった時代と同じですよね。
印刷技術がないころは、
本を持っているとそれだけで「先生」だったけど、
印刷されたものがどんどん配られて、
大事な教典や知識がみんなのものになっちゃうと、
関係が大きく変わってしまう。
そして、そのときに大切なことは、
さっき出てきた話と同じで、
「何がみんなを幸せにするか」を考えることであり、
「何が幸せかっていうのは、
 知識が多いかどうかじゃない」っていうこと。
パトリック はい、そうだと思います。
糸井 やっぱり、そこに、あらためて戻りますよね。
パトリック ええ。
ちなみに糸井さんは、これからの時代において、
何がみんなを幸せにすると考えますか?
糸井 あの、ぼく自身のことになっちゃうんですけど、
ぼくは自分が特別に
何かができる人間だとは思ってません。
だけど、ぼくは、幸せになりたい。
でも、その
「なにもできないけれど
 幸せになりたい自分を生かすために、
 いろいろやっている」という人は、
ぼくのほかにもたくさんいると思うんです。
とくに何かできるわけじゃなくて、
あんまり努力家でもなくて、
身体もずば抜けて強くはない。
そういう人たちが、みんな機嫌よくいられるには
どうやったらいいのかな、
ということは、よく考えています。
パトリック ああ、なるほど。
糸井 たとえばさきほどの養護施設でいえば、
きっと才能のある子もそこにいて、
パッと見るだけでも
すぐにわかると思うんですよ。
運動がものすごくできる子もいるだろうし。
でも、とくに際だった才能を
持たない子たちもいっぱいいて。
その子たちがいきいきと生きていけたり、
それぞれに自分のことを素敵だと思えたり、
他の人の価値を認められたりするような世の中に
なっていけばいいなと思っているんです。
みんなの目に見えるかたちで
役立つことをしようがしまいが、
あなたはあなたで素晴らしいっていうことが
みんなにわかるし、自分でも理解できる。
そういう世の中になるといいなって。
ぼくとしてはそんなことをよく考えるんですけど。
パトリック ああ、本当に、そうですね。
(つづきます)

まだまだ日本でのその知名度は少ないとはいえ、
日本でもいくつもの番組で「TED」のことがとりあげられたり、
「TEDx」イベントがさまざまな場所で開催されたり、
「TED」ムーブメントは日本でも徐々に広がりを見せています。
なかでもパトリックさんが非常に興味深く感じているのは、
大学生たちが、「TED」の考え方を非常におもしろがっていること。
東北大学、東京大学、大阪大学、
早稲田大学、慶応大学、京都大学‥‥。
さまざまな大学で、大学生たちが中心となって、
「TEDx」を行っていこう、という動きがあるそうです。
もちろん始まったばかりの動きなので、
発展途上のところもあるそうですが、
とにかく若い人たちが「TED」の考え方をおもしろがっていて、
情熱を持って「TEDx」の開催に取り組んでいる、とのこと。
ちなみに『ブータンの雨と幸せのはなし。』
糸井重里が対談をさせていただいた御手洗瑞子さんも、
2012年5月に行われたTEDxUTokyo(東京大学でのTEDx)で
ブータンの話についてスピーチをされたそうです。

(次回につづきます)

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2012-07-09-MON
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