自分に言い聞かせたい「おちつけ」のことば。 石川九楊×糸井重里 対談 自分に言い聞かせたい「おちつけ」のことば。 石川九楊×糸井重里 対談
ここ数年、糸井重里が折に触れて
「『おちつけ』って書かれた額とか、
 お守りがあったらいいと思うんだよね」
というアイデアを冗談のように話していたら、
なんと本当に「おちつけ」グッズができました。
しかも、ことばを書いてくださったのは、
最先端の書で知られる書家の石川九楊先生!
糸井からの一風変わった依頼をおもしろがり、
「おちつけ」のひらがな四文字が何を意味するか、
全身で感じ取って表現してくださいました。
書き上げた「おちつけ」の書を広げて、
ことばのこと、心のこと、人間のことを、
石川九楊さんと糸井がじっくり話します。
四、ひらがなは合理性から生まれた。
写真
糸井
ぼくが最近、絵を見ていたときに、
書のニュアンスが絵に入り込んでいる人も
いるなと考えていたんです。
石川
それはあるかもしれませんね。
糸井
この間、松本大洋さんの展示をほぼ日でやって、
大洋さんの絵を見ていたら
良寛の書を思い出したんですよ。
ペンが触れるやわらかさと、安心な速度と。
大声を出さないんだけど、
やわらかさがずーっと持続できている。
ぼくが良寛の書を見て
素人なりに「これ、いいなあ」と思ったように、
松本大洋さんの絵には
書のニュアンスが入り込んでいるように思えました。
鉛筆で描いたものをなぞっているんですけど、
それでも、速度感と触れ方というのは、
書のものと同じですよね。
石川
そうですね。
タッチやストロークを露出する絵画も
生まれていますからね。
鉛筆をなぞるものであったとしても、
筆の感触を感じていることが大事です。
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糸井
それってつまり、
石川さんのおっしゃる「筆蝕」ですよね。
石川
書の場合、書いている瞬間に
書いている手触りを自分が感受しながら、
その過程を全部書けているかどうか。
それが、距離だとか間合いだとか
可視的な形になって出てくるんです。
一番は、筆触りですね。
どんな感触を書こうとしているか、
どのような筆の感触を感じながら書いているか。
感受できていればもう、
「書」をわかっていることになります。
糸井
その場で起こっていることに対して、
感じたものが全て入っているんですかね。
石川
感じていることを表現したのが「書」なんですよ。
書は、触覚の芸術です。
視覚の芸術ではありません。
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糸井
石川さんのお話を聞いているだけでも、
自分の字が良くなっているような気がします。
まだ書いてもいないのに(笑)。
つまり、「書きにくいね」と言っているとき、
もう既に自分の中で書が芽生えてるんですね。
石川
そうそうそう。
糸井
「俺、この紙は嫌なんだ」とか、
「この万年筆が嫌だけど、これはいい」とか、
それはもう既に、書が始まっていると。
石川
まったくその通り。
写真
糸井
人に言いたくなるなあ。
石川
「いいペンを買った」というだけで
喜んでいるうちはダメですね。
そのペンを使ってみて初めて、
何が違うかがわかるんです。
糸井
「この書き味が好きなんだよね」
と言っている人の中には、
ちょっと書の芽生えがあるわけですね。
ぼくは自分の書く文字が好きになれないまま、
書いてきちゃったのが残念なんですよね。
石川
小学校の低学年の頃には、
毛筆はあまりやっておられなかった?
糸井
小学4年生の頃に書道の授業があって、
上手くも下手でもなかったんですけど、
一回だけ、あんまり特別だったんで
覚えていることがあります。
ぼくが家で書道の宿題をしていて、
“一”の文字を書いたら、父親が
「これは俺でも書けない、すごくいい」
と褒めてくれたんですよ。
後にも先にもそんなに褒められたことなかったんで、
良かったなと思って覚えています。
写真
石川
うん、うん。
糸井
自分の書く手書き文字が好きになれないのに、
人からは「好きだ」と
言ってくれることが何度かあったんです。
ぼくの書く字が、丸文字の先祖みたいに言われて、
「手書きで書いてください」と頼まれるんですが、
「俺は好きじゃないのにな」と思って、
いつも後ろめたさがあるんです。
石川
丸文字になるのは、あたり前のことなんですよ。
丸文字というのは要するに、
横書きを強いられたひらがなの書き方なんです。
糸井
強いられている。
どういうことでしょう。
石川
ひらがなは日本で生まれたものだから、
縦に繋がる構造でできています。
その典型的なかたちが、
「あ」「お」「す」「め」。
終わりが時計回りに回転しているのは
下につながるためなんです。
「あお」は上下につながるでしょう?
横に書いていくときには、
下に繋げるわけにはいきませんよね。
最後の一画が横に流れるように、
切り上がって右の文字へ繋がっていくんです。
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糸井
ああ、切り上がっていくんですか。
石川
アルファベットの筆記体は
横に繋げて書くところから生まれています。
「n」「m」「l」「e」を
筆記体で書いてみるとわかりますよね。
糸井
そうですね。
石川
ひらがなも、横に書けばアルファベットの筆記体と
同じような姿になります。
アルファベットのように丸くなるから、
書いていくうちに丸文字の癖がつくのも必然です。
運動の合理性がひらがなを作った。
今は横書きの氾濫が、
それに即した丸文字風書体を作っている。
糸井
ああ、確かにそうだ。
石川
たとえば、「ひと」というひらがなも、
もともとは万葉仮名の
「比」「止」からできているんです。
二つの文字を縦に繋げる構造が
生まれたときに、ひらがなができたんです。
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糸井
手品の種明かしを聞いているみたいです。
万葉仮名の繋がりを、みんな無意識で
自分なりに書いているわけですね。
石川
物事はシンプルにできているんですよ、すごく。
糸井
あまりにも明快でした。
石川
声の西洋のことばは、
天の神に向かって縦に話し、横に書く。
漢字、漢語を共通語にする東アジアでは、
縦に書き、横に話す。
天に誓って、縦に書く場所にしか
真実も美も宿りません。
だから、横に書くのは楽だけど、
縦に書くのは大変なことです。
まして書かなくなったら
どうなるかは明らかです。
糸井
中心線が見えていないとダメですもんね。
石川
真も善も美も垂直線や中心線をめぐる問題です。
ヨタヨタしているのは、
みんなバレちゃう。
糸井
まいったなあ。
石川
難しいでしょう?
(つづきます)
2019-01-31-THU
ほぼ日の「おちつけ」グッズを
2月6日(水)午前11時から
ほぼ日ストアで販売します。
糸井重里が大事にしている「おちつけ」の四文字を、
書家・石川九楊さんの書で味わえる
掛け軸と、ピンバッジの販売をはじめます。
「おちつけ」のことばと暮らして、
いつでも自分に言い聞かせられます。
平常心でいたいときに見ることば。
ふと目に入ってくることで
自分が落ち着いていなかったとわかることば。
つい感情的になってしまう自分を止めて、
次の舞台へと向かうためのことばです。
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ほぼ日の「おちつけ」掛け軸

3,240円(税込+配送手数料別)

サイズ:幅 17.5cm × 高さ 32cm
お部屋に飾れば、石川九楊さんの書を
日常に取り入れることができます。
家事や子育て、仕事に励む一方で、
あわててしまう自分をたしなめる「おちつけ」。
縦に書かれた「おちつけ」の字は、
やさしさと、力強さをあわせ持っています。
自分を、家族を、社員を、仲間を、
いつも見守ってくれる存在になりそうです。
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ほぼ日の「おちつけ」ピンバッジ

702円(税込+配送手数料別)

サイズ:横 3cm × 縦 3cm
いつでも持ち歩くことができて、
「おちつけ」の書を目に入る場所に置ける、
正方形の小さなピンバッジです。
バッグやペンケースなどにつけたり、
机に置いて仕事中に眺めたり、使いみちは自由です。
指でなぞれば、石川九楊さんの書が奏でる
“無声の音楽”を味わうこともできます。
ほぼ日の「おちつけ」