粘菌のはなし。
第四回 素敵な粘菌生活を!
粘菌の粘菌たる姿といえば変形体なのですが、
我々、野次馬的にわか粘菌ファンとしては、
ぬるぬる、ねばねばのスライム状態の変形体より、
小さいながらも、見た目がきのこ的で、
美しく、かわいく、色も形も多種多様な子実体に、
興味を持ってしまうのは、まあ、当然でしょう。

例えば、関東地方であれば、
変形体を探しやすいのは梅雨時で、
子実体を探すのは梅雨明けくらいがいいとか。
もちろん、好む気候は種類によってそれぞれで、
雪の下で変形体が活動していて、
春の雪解けと同時に子実体を形成する、
好雪性粘菌、と言われている種類もあります。
・ルリホコリの仲間
比較的高地で、春、雪解けの頃に、針葉樹の落枝から発生。
極小ですが、まさに瑠璃色の金属的な光沢がとても美しいです。
子実体は、「球」の直径が約1mm、高さは2~3mmくらい。
変形体は、じめじめしたところを好みますが、
胞子をつくる段になると明るく乾いたところに這い出し、
少しでも高い場所へ這い上がって子実体を形成します。

多くの生物は、体の一部にできた生殖器官で、
生殖細胞がつくられますが、粘菌の場合は、なんと、
変形体の体のすべて(原形質)が生殖細胞になります。
全身が生殖細胞!
なんだか、すごい(笑)。
・サビムラサキホコリの子実体(未熟)
暗い倒木の中から明るい外界へと這い出した変形体は、
ここぞと思う場所で、たくさんの小さなつぶつぶに分かれてから、
上に向かって伸び(最大2cm)、成熟して茶褐色になります。
粘菌の子実体も、きのこと同じく、
つくられた胞子を散布する役割を担いますが、
大きな違いがひとつあります。

きのこの子実体は細胞でできていますが、
粘菌の子実体をつくるのは変形体の分泌物なんです。
ですから、きのこ(子実体)の多くは、
数日~1週間くらいで腐ってしまいますが、
粘菌の場合は条件が良ければ長期間にわたって、
胞子を放出することができるんです。

そう、きちんと湿度管理さえすれば、
採取してから長期間の保存が可能なので、
標本好きな粘菌ファンや研究者には好都合ですね。

それにしても、
形成されたばかりの未熟な子実体の美しさ。
ちょっと湿っていて、つやつやで、
本当にたまりません。
・ホソエノヌカホコリの子実体(未熟)
新緑の季節を迎えた阿寒の森を横切る小さな流れの脇で、
違和感さえ感じるような、鮮やかなオレンジ色が映えます。
「未熟」の期間が長いので、その美しさをじっくり堪能できます。
・オシアイホネホコリの子実体(未熟)
最初のうちは軽く青みがかっていますが、
成熟するにつれて、徐々に、白~灰色っぽくなっていきます。
表面には石灰質が沈着しているのでカチカチとやや固い感じ。
・オオクダホコリの子実体(未熟)
エメラルドグリーンが美しい、神秘の湖・オンネトーのほとりにある、
古い大きな倒木から、目にも鮮やかなオレンジ色の未熟子実体が発生。
オンネトーも、粘菌も、本当に素晴らしい!
・トビゲウツボホコリの子実体(未熟)
倒木のウロに発生したショッキングピンクの粘菌を見つけた時、
思わず「おお!」って声を上げてしまったくらい感動しました。
成熟すると真紅色になり子嚢壁が破れて細毛体が飛び出します。
粘菌の子実体は、
直径1mm、高さ1.5mmくらいのまち針形から、
数メートルの長さにわたるお好み焼き形まで、
何回も言いますけど、本当に、多種多様なんです。

未熟な子実体がピンク色のマメホコリと、
束ねられたアイスバー形のムラサキホコリの仲間が、
いちばん探しやすいのではないかと。
里山や森できのこを探したことがある方なら、
きっと簡単に見つけることができると思います。
・マメホコリの子実体(未熟)
粘菌を探すなら、マメホコリの未熟な子実体を探すのがベスト。
大きなもので直径1.5cmくらいと、とても小さいのですが、
暗い色の木に発生した鮮やかな橙~桃色の個体はすごく目立ちます。
・サビムラサキホコリの子実体
ムラサキホコリの仲間は、野外で最も目にする粘菌のひとつ。
春から秋にかけて、腐った木などの上に発生します。
束ねられたアイスバーのような形が特徴的。
・フンホコリの子実体(未熟)
阿寒の森で以前見かけたフンホコリの子実体は、
幅数十cm、長さ数mにわたって倒木を覆い尽くしていました。
悪臭がするわけではなく、乾燥すると茶褐色になります。
・フシアミホコリの子実体
落葉の上に並んでいるのがなんとも可愛らしいですよね。
アミホコリの仲間は、胞子が飛散して無くなってしまうと、
丸くて小さな網状のカゴ・壁網(へきもう)が残ります。
・タレホウツボホコリの子実体
細長い子嚢(しのう)を覆っている殻(子嚢壁)が破れると、
中からふわふわした網状の細毛体が伸びてきて、
風にそよぎつつ、どんどん胞子を飛ばします。
さいごに。

粘菌は、主に子実体の外見によって分類されていて、
世界で約900種、日本で450種が知られています。
おそらく、きのこと同様に、
知られてない種の方が多いのではないかと思います。
そして、これまた、きのこ同様、昨今では、
遺伝子情報を使った分類が盛んになり、
今後、粘菌の世界が再編成される可能性が高いです。

「粘菌は何か人の役に立っているの?」
という質問をたまに受けるのですが、
意地悪モードじゃないときのぼくは(笑)、
「見た人を幸せにしてくれるじゃないですか!」
などと答えたりするのですが、
その質問に答えるのは専門家でも難しいかもしれません。
あえて言うなら、地球上のすべての生きものは、
生きるために生きているのだと思います。

粘菌は各種微生物を捕食しているので、
生態系の一員としての役割は、動物遺骸などの分解が、
一気に進みすぎないように調整する役割を果たしている、
かつ、いろいろな虫や動物に好まれる餌である、
という感じのことが、専門書などには載っています。

これとて別に粘菌が意識してそうしているわけではなく、
人間が勝手にあとから定義づけているだけのことで、
やっぱり粘菌は、生きるために生きているんだ、と、
あくまでも素人考えですが、そう思うわけです。
・キフシススホコリの子実体(未熟)
オオセンチコガネはエゾジカのフンにつくことが多いので、
キフシススホコリを食べているかどうかはわかりません(笑)!
粘菌の子実体は、各種昆虫やカタツムリの大好物です。
人間の知識体系は、すべて、生命や地球や宇宙など、
自然を観察することで蓄積されていったわけで、
そう考えるなら、我々は、粘菌や自然から学ぶことが、
まだまだたくさんあるのではないでしょうか。
粘菌は、地球生物として、人間の大大先輩ですから。

これまで、いろいろ、
ぼくが思う粘菌の魅力について述べてきましたが、
百聞は一見にしかず! と、いうことで、
ぜひ、野外で、自分自身で、
本物の粘菌を探してみていただきたいと思います。

本や、インターネットを見れば、
粘菌のいろいろな姿を目にすることができますが、
実際に、野外で、自分が粘菌を見つけた時の喜びたるや!
ぼくは、今でも、粘菌を見つけると本当に嬉しいです。

どうぞ、皆さま、これを機に、
素敵な粘菌生活をお送りくださいませ。


(了)
2016-05-27-FRI


第一回 粘菌って何? 2016-05-06-FRI
第二回 変形体こそ、粘菌なのだ! 2016-05-13-FRI
第三回 単細胞は、賢いのだ! 2016-05-20-FRI
第四回 素敵な粘菌生活を! 2016-05-27-FRI