COLUMN

天国のジュエリーボックス

オモムロニ。

今週の「weeksdays」のよみものは、
いろいろなジャンルで活躍する3人のかたに
エッセイを寄せていただきました。
イデーのディレクターの大島忠智さん、
雑貨コーディネーターのオモムロニ。さん、
そして写真家の中川正子さん。
テーマは──、「お買い物」です。

オモムロニ。

雑貨コーディネーター。
東京生まれ、横浜在住。
1990年代後半からWEB制作を始め、
2003年に開設した自身のblog「オモムロニ。」が評判に。
現在は『&Premium』『Lala Begin』など
雑誌やWEBでの執筆、
企画や要望にあわせての雑貨やギフトのセレクト、
商品コーディネートやバイイングなど
幅広い活動をつづけている。
著書に『DAILY GIFT BOOK
気持ちが伝わる贈りものアイデア』
(文藝春秋)など。

■Instagram

出合いは、はじめてのハワイ。
その日は確か、オアフ島の東海岸にある
ラニカイビーチというところに行く
半日のオプショナルツアーに参加しました。

ワイキキから車で30分ぐらいのところにある
ラニカイビーチは、ハワイ語で「天国の海」と言われる
息を呑むような美しいビーチ。
エメラルドグリーンの海に真っ白サラサラな砂浜、
ずっと憧れでした。なのですが‥‥

実は着いて30分ぐらいで
「あ、もういいかな」って思ってしまったんです。
いやもちろん、送迎バスを降りて
ビーチに向かうまでのロケーション、
砂浜に足を踏み入れたときの感触、
ワイキキに比べてのんびり静かな空間。
木陰で本を読むご婦人や砂遊びをする子どもたちの、
まぁ絵になること。
どんなに適当に撮っても
なんだか雰囲気ばっちりに写ってしまう
エメラルドと白のコントラスト。
「永遠にここに居たい‥‥」なんて常套句が
自然と口からでちゃうもんだと思っていました。

でも連日絶景を前にして、
何となく自分の中のコップの水が
溢れてくるのを感じていたんです。
もともとうっすらと感じていた
「実はそんなに水辺が得意じゃない、正直ちょっとこわい」
という、どこかトラウマのような感覚。
中高も水泳部だというのに。
自分の中で克服したつもりでいたこの感覚がよみがえって、
この美しいビーチも
ちょっと遠目から眺めているだけでいいかなと。
じゃぁこれから3時間、どうしよう。

思い切って、ビーチクルーザーを借りて
街に出てみることにしました。
このビーチのあるカイルアという地域は
世界屈指の高級住宅地や別荘地であり、
小さなスリフトショップ(いわゆるリサイクルショップ)が
点在しているらしいというのは何かで読んだけど‥‥
旅行は事前リサーチを入念にしてしまうタイプの私が、
無計画に、しかもツアー参加者と離れて
勝手に単独行動なんて今でも不思議なのですが、
なにか胸騒ぎがあったのかもしれません。

気になるお店を見つけては入り、見つけては入り。
どの店も無造作とは程遠い、
それはそれはゴチャゴチャとした空間で、
でも私にとっての “天国” でした。

埃をかぶった食器やレコード、
経年で固くなった帽子やカゴバッグ、
とぼけた顔のぬいぐるみに業務用のドアプレート。
ああ永遠にここに居たい‥‥。
タイムリミットを気にしながらひたすら走って、
たどり着いたあるお店。

吸い込まれるように店に入ると、
店主がチラリとこちらを見て、
店の奥から何か持ってきました。
「これ似合うよ」と(言われた気がした)
手渡されたそれは‥‥。

ジュエリーボックスでした。
所々小傷が入った20cmぐらいのボルドー色の革装で、
中は2段になっていて、
ペールトーンのミント色のベルベット地が敷き詰められた
ガーリーな雰囲気。
1950年代のアメリカ製で、
当時好んで着けていた華奢なアクセサリーにもぴったりの、
まさに運命の出合いでした。

偶然なのか、店主のおじさんに
何某かのパワーがあったのか、
それ以上は私の英語力では聞き出せず
「30ドルだけど20ドルにディスカウントするよ」
という言葉と共に、
黄色いビニールのレジ袋にガサっと入れて
その箱をくれました。
「Enjoy!」とにこやかに見送ってくれたその顔は、
今でもなんとなく脳裏に焼きついています。

そうして運命の出合いをした数日後、
私は思い立って人生初のスカイダイビングに挑戦しました。
ノースショアの海の上3000mから
重力にまかせて急降下する数十秒の間、
ただこわいと思っていた海が、
とにかく大きくて、美しくて、優しくて、
未体験の感覚でした。

行動が極端だよと周囲からは笑われましたが、
おそらく私はあのおじさんとあのお店と
このジュエリーボックスに出合っていなかったら、
空も飛んでいなかったし、
海もいまだにこわいかもしれません。

あれからというもの、何か自分を奮い立たせたいときに、
ヴィンテージのジュエリーボックスや
リングボックスを1つ買うのが、
小さな願掛けになっています。
ひとつ増えるたびに、ハワイでのことを思い出します。
いつかまたあのお店に再訪したいと思っているんですが、
実はどんなに検索しても見つからないんです‥‥。

2023-01-10-TUE