COLUMN

北の季節の移り変わり。

前田 景

今週の「weeksdays」は、
「Honneteの涼しい服」にあわせて、
京都・北海道・バリ島に暮らす
3人のかたに書いていただいた
「涼しい」をテーマにしたエッセイをお届けします。
きょうは、北海道に暮らす
アートディレクター/フォトグラファーの前田景さんです。

まえだ・けい

1980年、東京生まれ。
広告代理店を経て、2015年より
祖父であり風景写真家である前田真三氏が設立した
「丹渓」に入社。
広告、書籍、ウェブなどのデザインを手がけながら、
フォトグラファーとしての活動を行う。
2020年、北海道・美瑛に移住。
前田真三氏が美瑛に創設したフォトギャラリー
「拓真館」のリニューアルを計画中。

●Instagram
●HILL TO HILL PROJECT

東京から北海道の美瑛に移住してきてから
ちょうど一年が経った。
北国の長い冬がようやく終わり、
植物も動物も雪から解放される目覚めの春。
5月に入り、
白から土一色だった大地も緑の草に覆われ、
小さな花々が順を追って短い命を輝かせている。
虫が飛び交い、カッコーが鳴けば、
いよいよ畑は種蒔きの季節だ。

北海道の夏は、
言うまでもないことだけれど東京に比べて涼しい。
東京の真夏に比べれば、拍子抜けするほどだ。
昨年の夏、暑いと感じたのは
ラベンダー畑の真ん中で
ひたすら草むしりをしていた時くらいである。
むしろ夕方になって日が沈めば、
Tシャツ一枚では肌寒いほど。
長袖のシャツを羽織って庭で焚き火をするのに、
ちょうどいいくらいの気温だ。
焚き火はやがてバーベキュー
(こっちでは焼き肉と言う)になり、
夜遅くまで快適に外で過ごすことができる。
もちろん我が家にクーラーも扇風機もない。
こちらに越してきて一番良かったと思えるのは、
この気候であると言っても過言ではない。

そんな北国の暮らしの中で、
何がいちばん「涼しい風景」だったかを
改めて撮影した写真を見返しながら考えてみた。

そもそも「風景」というのは不思議な言葉だ。
英語ではLandscapeつまり「地景」。
日本では風流、風雅、風味、風光など、
目に見えないけれど何か心踊るものを感じる言葉に
「風」が吹く。
見える「地」よりも
「風」に景観の魅力を感じるのは、面白い。
「涼しい」と感じるときには
気温だけではない「心地良さ」が含まれている。
風は見えないが、葉のざわめきや、
ゆったりと揺れる木々から感じることはできる。

僕たちの住む家のすぐ奥に、
亡き祖父が30年前に植えた白樺の回廊道がある。
祖父・前田真三は今からちょうど50年前の
1971年に初めて美瑛を訪れ、
その後20年に渡りこの地の丘を撮り続け、
日本中に美瑛の風景を広げた風景写真家だ。
僕らがこの場所に移住するきっかけになったのも
祖父の存在が大きい。
植えられた当時は大人の身長くらいだった
千本以上の白樺の苗木も、
今では空に向かって大きく伸びて、小さな森となっている。

新緑の小さな葉が芽吹き、あっという間に生い茂ると、
白樺の回廊には木漏れ陽が降り注ぐ。
幹の白と空の青とのコントラストが眩しく、
風に揺られた新緑の葉はざわめき、
鳥やエゾハルセミの声が響く。

そんな一枚の風景を選んだ。
昨年この回廊を何周しただろう。
散歩しながら、写真を撮りながら、
草刈りしながら、枝を拾いながら。
一年のサイクルを共にし、
短い夏と長い冬という
コントラストのくっきりした北の季節の
移り変わりの合間で感じた涼しい風は、
これから訪れる鮮烈な夏へのプロローグのようでもある。

2021-05-26-WED