COLUMN

父に、服を。

坂本美雨

セーターをテーマにしたエッセイ、今回は
ミュージシャンの坂本美雨さんです。
「ほぼ日」には何度も登場いただいてきた美雨さんですが
こうして文章を寄せていただくのは、ひさしぶりでした。
ゆっくり、あたたかいのみものを準備して、どうぞ。

さかもと・みう

ミュージシャン
青森生まれ、東京/ニューヨーク育ち。

1997年、Ryuichi Sakamoto feat. Sister M名義での
「The Other Side Of Love」でデビュー。
最新アルバムは「Sing with me Ⅱ」。
おおはた雄一とのユニット「おお雨」としても活動。
近年はharuka nakamuraとの共演を重ねている。

音楽活動のほか、ナレーションや執筆も行う。
JFN系列全国ネットのラジオ番組
「坂本美雨のディアフレンズ」のパーソナリティを
2011年から担当。

大のネコ好き。保護猫のサバ美と2015年に生まれた娘
(ニックネームはなまこちゃん)と夫の4人暮らし。

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わたしはセーターが好きだ。
今、セーターについて思いを巡らせて初めて、
自分がセーター好きだということに気づいている。
毎年どこかのセーターを買う。
これさえ着ていれば大丈夫だという安心感がある。
できるだけ肌触りの良いもので、適度にゆったりしていて、
下はせいぜいキャミソールくらいで、
できるだけ中は薄く着たい。
気持ちいいセーターはネコを抱くのと似ている。

青森の祖父が亡くなった時に形見としてもらったものも、
セーターだった。
おしゃれだった祖父はクローゼットの中に
上質な洋服をきちんとしまっていて、
セーターも年代ものだったけれど虫食いなど一切なく、
わたしでも着られそうなものがあった。
黒地に、ゴルフをしている男性が描かれているもの。
薄いカーキ色に、暖色系で
Black & Whiteという文字が描かれているもの
(よく考えたらどこにも
BlackとWhiteは使われていない)。
いわゆる“ダサカワ”風にすれば着られる、
と思ってもらってきたが、
そもそもダサカワを着こなせるキャラじゃないため
あまり出番はなかった。

初めてパリに行った時のことを思い出す。
13歳。
ニューヨークから一人で飛んで、パリで父と合流した。
父のヨーロッパツアーのパリ公演に遊びに行ったのだった。
その頃はまだ父との間には緊張感があった。
彼はあまり家にいなかったし、
ゆっくり父親と過ごすという習慣がなく、
正直、何を話していいかわからなかった。
今もしこれを見たら傷つくかもしれないけど。
だからこそ、一人で行って一緒に過ごしておいで、
ということになったのか、
今となってはわからないが
もしかしたら大人の計らいがあったのかもしれない。

父の空き時間に、一緒にパリの街を歩いた。
なぜか、その頃父が着ていた
ロメオ・ジリのお店に入ったということは覚えてる。
あと、母のお気に入りのステーショナリーのお店で
綺麗な色のノートを買ったこと。
お土産はすぐ思いつくのに、
美雨は自分でなにか欲しいものはないの?
と言われて、困ってしまった。
父としては、なにか買ってあげるというのが
娘との交流の一つとしてあったのだろうけど、
幼い頃からあまりおねだりをしたこともなかったし
いざ聞かれると欲しいものは何もなかった。

けれど、とにかく通りかかった洋服屋さんに入ってみると、
白とグレーのミックスの厚手のセーターが目に留まった。
Vネックで、コンプレックスだったおしりも隠れる
少し長めのボックスシルエット。
迷っている時間がなんだか気恥ずかしくて、
これ! と即決して、
13歳の女の子にしては渋めのセレクトに
父は「ほんとに‥‥?」という感じだったけれど、
とにかく買ってもらったのだった。
父に、洋服を。

そうして二人で歩きながら、父の柔らかな表情を見た。
ちょっと踏み込めそうな気がして、
いろんなことを聞いてみることにした。
大したことじゃなくても、
街で見かけたいろんなものについて。
大抵父は答えを持っていたし、話は興味深かった。
なんでも知ってるんだな~、すごいなぁ、と思い、
こんなたくさんのことを知ってる父のことを
もうちょっと知ってみたいと思った。

主にメールの交換を通して
徐々に父との距離を縮めていった
その後のティーンエイジャーの数年間、
ずっとそのセーターを着ていた。
そして何年も経って、
ぬいぐるみ作家の金森美也子さんの手によって
セーターは白とグレーの
ネコのぬいぐるみに生まれ変わった。

四半世紀前にパリで出会ったセーター。
白とグレーのネコと一緒に、今も暮している。

2018-10-16-TUE