COLUMN

カムイミンタラの白い山

苣木紀子

先々週につづいて、ふたりのかたに
「冬支度」について書いていただきました。
まずは、帽子作家の苣木紀子さんです。

ちさき・のりこ

1974年10月生まれの天秤座。
帽子ブランド「chisaki」主宰。
偶然教わった1つのベレー帽作りから、
繊細なその世界に惹かれ独学で帽子作りを始める。
企業にて帽子デザイナーとして従事した後、独立。
株式会社MAISON ENKUを設立(円空上人に由来)。
「作る人、売る人、買う人、未来にとって
心地よいものづくりをし、人とものが繋がる時、
会話や笑顔が生まれるようなものを。
永く愛着を持ってその人に寄り添えるような帽子、
その人の暮らしの中のベーシックになれるような
帽子作りを目指しています。」
現在、東京吉祥寺と北海道富良野の
2拠点生活で制作をしている。
趣味は登山、ロッククライミング。

ついに、私の住む町に初雪が舞い降りた。
いよいよ冬シーズンの到来だ!
私のいう冬シーズンとは、「雪山シーズン」のことだ。
神様の粋な計らいにより、
今年の春から北海道にも
居を構えるようになった私にとって、
この季節の到来は待ちに待ったもの。
悦びのあまり庭を駆け回るほど、
実際にそうはしないけれど、
でもそのくらいの胸の高まりと興奮状態にあり、
私にとっては、得意ではない夏を頑張って過ごした後の
とびきりのご褒美なのだ。

九州の山あいの町で育ち、
遊び場が裏山といったワイルドな幼少時代を経て数十年、
登山には全く興味なく過ごしてきた私だったが、
あの日の、石川直樹さんの「K2」の写真展をきっかけに
ガラリと価値観が変わった。

数々の大きな雪山写真の、
怖いくらいの美しさに引き込まれ、
同時に、流れていた映像から聞こえる息遣い、
風の音に心が震えて、
しばらくその場を離れられなかった。
完全に心を奪われてしまった。
『こんな世界があるなんて!』
私の中に潜んでいた何かが刺激され、
いてもたってもいられず
「雪山が見たい! この音聞いてみたい!」
という想いに心が占領された。
ただただ見たかった。そこで呼吸してみたかった。

それから一週間後。
私は一人、初冬の北海道の山の麓にいた。
「雪のある山」への想いはおさまらなかったのだ。

今思えば、無謀の一言に尽きるし、
知らないって怖いことだなと思うけれど、
その時は雪山に行けることにとにかく興奮していた。
体力にはすこーしばかり自信はあったけど、
冬山登山に必要な、
知識も経験も装備も持ち合わせていなかった。
高尾山くらいしか登ったことない人が、いきなり冬山登山。
まぁ、できるわけないのです。

結局、私の初の「ワクワク雪山大冒険」はたったの一時間、
山の入り口から少し上の方まで登って(歩いて)終わった。
もちろん無念さが大半を占めたのだが、
どこか清々しくもあった。
少しだけでも雪山の美しさと風の怖さを感じられて、
簡単にはいけないということが明確になった、
貴重な、いい経験だったのだと思う。
(実は追い討ちをかけるように十年に一度という、
爆弾低気圧が来ていて、風がすごかった!)

あれから六年。
仕事の合間に細々と夏山に登り、雪山も経験した。
大好きな北海道で雪中キャンプもしたし、
厳冬期の登山もした。
山に夢中になり、
ロッククライミンングも始めてしまったし、
アイスクライミングも経験させてもらった。
そうするとわかってきたことがたくさんある。
その一つは「準備」の大切さ。
好奇心と情熱だけに任せていた、
六年前の私に教えてあげたい。
そして、「その装備では無理だよ。危険だよ」って
止めてくれた宿のお兄さんに心からお礼を言おう。

今、私は北海道の真ん中の豪雪エリアの町にいて
これを書いている。
窓から見える歩道も白くなり、昨晩は除雪車も出ていたし、
時折屋根に積もった雪が落ちてきて
慣れない音にびっくりする。
山はもうしっかりと雪をつけている。
ああ、これが冬の山! 
遠い将来、いつか住んでみたいと憧れていた北海道の山々が
こんなに近くにあるなんて! 
と眺めるだけでも嬉しい気持ちになる。

さあ、いよいよ待ちに待った冬が始まる! 

夏の間、じっと出番を待っていた
アイゼンやピッケルなどを触りながら、
今年もよろしくお願いしますね! と心の中で声をかけ、
抑えきれない喜びに顔の筋肉を緩ませて、
冬山装備への衣替えが終了。
私の二〇一九年の冬支度がひとつ終わった。
そして、長い長い、北海道の美しくも厳しい冬が始まった。

冬の「神々の遊ぶ庭」(カムイミンタラ/註)の白い雪と、
青い空の奇跡的に美しい世界に酔いしれながら、
その懐をおかりできることに、心から感謝と敬意を。

今年は何回行けるのだろうと、窓から見えるカムイミンタラの白い山とスケジュール帳を穴があくほどに見ている。

(註)
「神々の遊ぶ庭」
一般的には大雪山連峰から十勝連峰を含む
大雪山国立公園のこと。
古くから北海道に暮らすアイヌ民族によって
「カムイ(神の)・ミンタラ(庭)」と呼ばれ、
崇敬と畏敬の対象とされてきた。
アイヌ文化では神=ヒグマの化身とすることから
「ヒグマのよく出るところ」という解釈もされる。

2019-11-26-TUE