国産ジーンズ・カジュアルウェアブランドの
JOHNBULL(ジョンブル)。
本社は国産ジーンズ発祥の地である
岡山県倉敷市・児島(こじま)にあります。
今回「weeksdays」で取り扱うものを含めて
ジーンズが作られる工程を見せていただけると聞いて、
伊藤まさこさんが児島を訪れました。
JOHNBULLの自社工場と、
加工を委託しているWells(ウエルズ)という会社の工場。
見たこともない最新型の機械と、
機械にできない仕事をこなす職人の技を間近で見て、
「わぁ」「すごい!」がたくさん飛び出しました。
知らなかったことばかりで、ほんとうにすごいんです。

写真=畑唯菜(weeksdays)

菅野伸哉さんのプロフィール

菅野伸哉 すがの・しんや

㈱ジョンブル副社長
生産部で経験を積み、2025年副社長に就任。
長年の現場経験とマネジメント力を活かし、
企業のさらなる発展に取り組む。

藤村生互さんのプロフィール

藤村生互 ふじむら・しょうご

㈱Wells 取締役副社長
2003年に二十歳で入社後、この道一筋。
様々なアパレルブランドからの加工依頼を担当し
こだわりのものづくりを追求するデニム加工クリエイター。

01
ここはジーンズの街

伊藤
こちらがJOHNBULLの本社なんですね。
今日はよろしくお願いいたします。
菅野
遠いところまでお越しいただいて
ありがとうございます。
この本社は自社工場を兼ねているので、
工場の中と、加工をお願いしている工場も
見学いただけたらと思っています。
伊藤
たのしみです!
JOHNBULLは、創業もこちらでされたんですか。
菅野
はい。1952年にこの地で創業して、
今年で74年目になります。
元々は「カネワ被服」という
学生服のメーカーでした。
これが最初に創業者が作った地下足袋です。
伊藤
わぁ。かっこいい!
菅野
当時は高級品だったと思います。
この足袋をミシンで作っていたそうで、
戦後に学生服の需要が増えたので作りはじめたというのが
会社としてのスタートになります。
ちょっと傷んでいるんですけど、
カネワ印がトレードマークの学生服です。
伊藤
タグもかわいいですね。
じゃあ、最初はジーンズではなく、
学生服メーカー。
菅野
そうなんです。
この児島という場所は当時、
学生服の一大産地だったんです。
全国のシェアの半分以上の量を
児島のメーカーが作っていて、
それぞれが縫製の技術を活かして、
ジーンズ(デニムパンツ)を作りはじめたことから、
「国産ジーンズ発祥の地」と呼ばれるようになりました。
うちも1962年に社名を「JOHNBULL」に変えて、
カジュアルウェアを作りはじめたという経緯になります。
伊藤
学生服からジーンズに移行されたとき、
生地はどうやって手に入れられたんでしょう。
菅野
生地であるデニムは、アメリカから輸入したそうです。
当時マーケットに出回っていたジーンズは
「Levi’s」や「LEE」といった
海外メーカーのものだったんですが、
うちには縫製の設備も技術もあるし、
自分たちで作ってみようと。
輸入した生地を縫製するところから始めたんです。
最初はノンウォッシュでしたけど、
動きづらいのでワンウォッシュの加工を加えたりと、
工夫していったようですね。
当時この界隈にウォッシュ加工の工場はなかったんですが、
染色工場や仕上げ加工をする工場はたくさんあったので、
洗うための設備を活用して、
ジーンズを洗ったりブリーチしたり、
ストーンウォッシュといって軽石と一緒に洗って
色落ちを再現する加工が始まりました。
今は「メイド・イン・ジャパン」のジーンズとして
「児島で国産の製品を作りたい」ということで
国内各地の工場から、
そして海外からの依頼も多く受けています。
伊藤
国内外から人気が高いんですね。
今ではデニム(生地)も児島で作られているんですか。
菅野
「ジーンズの街・児島」と言われているんですけど、
デニム生地自体はほとんど作っていないんです。
昔から国産ジーンズの有名な産地は
「三備(さんび)」と呼ばれていて、
児島のあるこの辺りは「備前」。
デニム生地の産地としては「備中」の井原市や
「備後」の福山市などが有名です。
そういった産地から生地を仕入れて、
ここ児島で縫製・加工をするという形で発展してきました。
中でもうちの自社工場でやっているのは
裁断と縫製です。
伊藤
なるほど。
児島の街全体にも
ジーンズショップが多いとききました。
菅野
そうなんです。
近くに「ジーンズストリート」といって、
昔商店街だった場所に、個人の販売者も含めて
オリジナルのジーンズショップがたくさん並んでいます。
海外のハイブランドも
児島や倉敷で作っていたりする背景があるので、
それが一般のお客さんにも広がって
人気が出てきているのかなと思います。
伊藤
「メイド・イン・ジャパン」、
質が高くて安心ですものね。
JOHNBULLで作られているものは
シーズンごとの企画も量も、
すごく多いですよね。
菅野
ジーンズだけでなくTシャツなども含めると、
年4回、ワンシーズンで130型ほど作っています。
伊藤
130型×4シーズン‥‥、
すごい量ですね! 
菅野
もともと年2回だったんですけど、
需要に応じて4回に増えました。
以前はジーンズショップの棚に並べられて、
在庫がなくなったら
追加で卸すという形が主だったんですけど、
特にジーンズはだんだん多様化してきて、
お客さまも常に新しいものを
求められているように思います。
伊藤
流行りのシルエットも毎年変わりますしね。
菅野
そうですね。
加工の面でも、
最近は環境問題に配慮して水をなるべく使わなかったり、
人手が少なくなってきているのをカバーすべく
機械化に移行したりと、日々進化してきています。
さっそく工場の中をご案内しますね。
菅野
今日はちょっと少ないんですけど、
いつもは30名ほどのスタッフが
このフロアで働いてくれてます。
伊藤
今みなさんが作られているのは
サンプルでしょうか。
菅野
いえ、これは量産品ですね。
伊藤
ここで量産までされているんですね! 
菅野
そうなんです。うちの場合は量産型であっても
質の高い企画やもの作りに重きを置いているので、
自社スタッフが現場で頑張ってくれています。
児島にはこういった縫製工場がたくさんあるんですけど、
ものを作るコストのほぼ大半は人件費、
いわゆる「工賃」なんですね。
ある時期、それを抑えるために
大手のアパレル会社が海外に工場を設けたこともあって、
業界全体として人件費にかけられるお金を捻出するのが
難しくなってきました。
日本でも最低賃金が上がってきているので、
海外からの留学生や実習生を採用しているところも
多いんですけど、うちは地元の高校や
専門学校の新卒採用を積極的にしています。
よく同じ業界の方や取引先の方が
見学に来られるんですけど、
「JOHNBULLの工場は若い方が多いですね」
とよく言われます。
伊藤
みなさんおいくつくらいなんですか? 
菅野
20~30代の女性スタッフが多いですね。
縫製の現場はいまだに
50~60代の職人に支えられているところがほとんどで、
若い人がなじみづらい環境ではあるんです。
けれど、技術を守っていかないといけないので、
うちではベテランから若手へ継承ができるように
ここ10年くらい若手の育成に力を入れ、
ようやくいま、若手が前線で活躍してくれる
現場になっています。
伊藤
技術の継承は、
やはり時間がかかりますよね。
菅野
ここがパターン(型紙)ルームです。
基本的には東京の支社で企画したものを
こちらの本社で成形しています。
パタンナーは本社に3人、東京に2人いまして、
企画検討からサンプルの採寸、チェックなど
連携しながらやっています。
伊藤
型紙がたくさんありますね。
菅野
これらも昔は手で描いていたんですが、
今は全てCAD(コンピューター上で設計・製図を行う
ツール)を使って引いています。
実際に生地を切るのも
そのデータを自動裁断機に入力するんですけど、
型紙は必ず紙に出力するようにしています。
縫製のスタッフがそれを目で見て確認して、
縫い代を何cmにするかやポケットの位置、
丈寸法が合っているかなどチェックするために。
伊藤
手にとって見ないとわからないことがありますものね。
(つづきます)
2026-03-07-SAT