2012年の「白いもの。」からおつきあいのあった、
陶芸家の岡澤悦子さん。
じつはいちど引退をしていたのですが、
伊藤さんの応援もあって、
プロダクトのデザイナーとして活動をはじめました。
その第一弾となる作品が、このピッチャー。
陶芸家時代に手でつくっていたものとは似て非なるもので、
かわいらしさと使いやすさの裏側には、
4年をかけて考え抜いた
「生活のデザイン」の哲学と技術がありました。
安曇野に暮らす岡澤さんに、
東京の伊藤さんがオンラインでインタビュー。
岡澤さんの「追究する姿勢」、すごいんです。
岡澤さんが写した製陶所での制作の様子も
合わせてごらんください。
商品・スタイリング写真=有賀傑
岡澤悦子
デザイナー/インテリアコーディネーター。
1969年長野県松本市生まれ。
1988年女子美術大学造形学部絵画科で洋画を専攻。
家庭の事情で中退後に日本マクドナルド入社。
営業部勤務を経た後、九谷焼技術研修所で陶芸を学ぶ。
1年で松本に帰郷、結婚出産を経て近所の陶芸教室に通う。
2002年、クラフトフェアまつもとでデビュー。
2019年、いったん引退。
地元の不動産&工務店での
インテリアコーディネーター勤務を経て
2021年日本女子大学家政学部生活芸術科に編入し
住居学(建築)を学ぶ。
2025年同大学卒業(成績優秀者として学生賞受賞)。
元家具職人で建築士の夫と大学院生の息子の3人家族。
好きな言葉は「上善は水のごとし」。
趣味は茶道と家庭菜園。
収穫を夢見てスイカちゃんの生長に
心ときめく日々を送っている。
「私が生活デザインで面白いなと思うのは
絵画などとは異なり『使う』ことで
身体が感じる『何か』があることです。
例えばピッチャーならコーヒーをドリップする時間に感じる
静かなひと時や、ピッチャーを持ち上げる時の重みや
手とハンドルの当たり方など見えないことも
色々と感じています。
便利な道具が作りたいというよりも、
使うことで身体が感じる何かを落とし込んでいます。
私の作るものは生活の時間や空間、
心地良さといった、目で見るには曖昧な「こと」を
「もの」を通してデザインしているというのが
一番近いと思います。
市井にあるささやかな美しさを拾い上げて、
できるだけさりげなく作ることを大事にしています」
01かわいくなくちゃ!
- 伊藤
- 岡澤さん、今回は長い時間をかけての商品開発、
ありがとうございました。
ようやく、とってもかわいいものができましたね!
- 岡澤
- こちらこそありがとうございます。
ずいぶん、お待たせしてしまいました。
- 伊藤
- ほんと、何から話し始めたらいいんでしょう。
なにしろ長かったから。
- 岡澤
- あはは、ほんと、そうですよね。
- 伊藤
- 岡澤さんとは、「ほぼ日」では、
「白いもの。」時代からのお付き合いですものね。
あれ、2012年ですって!
- 岡澤
- そうでしたね。
- 伊藤
- あのときは、岡澤さんがろくろを使って作った
ピッチャーやマグカップを扱わせていただきましたね。
その後、しばらくして、
「また、あのうつわがほしいな」
と思いはじめたころ、
岡澤さんが陶芸家を引退なさったんです。
それでわたしも考えて、
「せっかくいいものを作ってきたのだから、
工場生産をしたらどうでしょう?」と、
プロダクトをつくる提案をしたのが、今から‥‥。
- 岡澤
- 4年前のことでしたね。
- 伊藤
- ほんとうに全部辞めてしまったんですよね。
- 岡澤
- はい。今はもう、窯もありません。
2基、持っていたんですけれど。
- 伊藤
- わたしが「プロダクトで」と提案したときは、
辞められてからすこし経っていましたよね。
どんな暮らしを?
- 岡澤
- その頃は、インテリアコーディネーターの資格を取って、
住宅関係の仕事をしていたんです。
不動産兼工務店に所属して楽しく働いていたんですよ。
だから伊藤さんからお電話をいただいたとき、
あんまり気のない返事をしたと思うんです。
「もう辞めちゃったから、ちょっと難しいな」と思って。
- 伊藤
- ふつうに働いていたんですか。
知らなかった!
- 岡澤
- そんな中で、伊藤さんのお話はとても嬉しかったんですが、
仕事は1本でやらないと難しいだろうなって思っていて。
私、いいものを作ろうと思ったら、
そこに集中するべきだ、というところがあるんです。
ふたつの仕事を両立できるほど
器用なタイプじゃないから。

▲ピッチャーを焼いている窯。男性が立って入れる程度の大きさ。
- 伊藤
- うんうん、よくわかります。
- 岡澤
- その世界観に浸らないと、ものは作れないなあって。
そして楽しいながらに忙しくもあり悩みもあり‥‥、
という生活を送っていたんですが、
ある日、片耳が聞こえなくなってしまって。
- 伊藤
- たいへん。ストレスで?
- 岡澤
- そうだったのかもしれませんね。
そのまま聴力が落ちてしまって、
いちどリセットしようと、
会社を辞めることにしたんです。
その時、伊藤さんが誘ってくださった
プロダクトをやってみようかな、
という気持ちになりました。
というか、伊藤さんのお仕事だから引き受けよう、って。
ほかのところからだったら動かなかったと思います。
- 伊藤
- そうなんですか。それは、なぜ?
- 岡澤
- 伊藤さんと「ほぼ日」は、
私を世の中に出してくれたお仕事だという
気持ちがあるからなんです。
- 伊藤
- わぁ、ありがとうございます。
あの時、私はどこかにでかける途中で、
駅までの道すがら、
岡澤さんのピッチャーのことを考えていたんですね。
で、突然閃いた!
「岡澤さん、プロダクトをやればいいんじゃない?」
って。
駅に到着してベンチに座ると電車が来るまで、
あと7分。
かけるなら今だと思って、
電話をかけたんですよ。
辞められたことは知っていたけれど、
「もったいないなぁ」ってずっと思っていたんです。
岡澤さんはプロダクト、初めてだったんですよね。
- 岡澤
- 初めてです、完全に。
- 伊藤
- わたしもあんまりあてがないから、
プロダクトに長けているかたに相談をしたんですよね。
でもその方も超多忙で、時間ばかりが過ぎていく。
それで「わたしたちでやろう!」となって、
岡澤さんが工場探しを始めて。

▲窯から出てきたピッチャー。
- 岡澤
- 私、石川県立の九谷焼技術研修所というところで
1年だけ陶芸を勉強したんですけど、
鋳込みの先生に
小松誠(まこと)さんというかたがいらして、
その先生が「セラミック・ジャパン」という
瀬戸の陶磁器の会社の製品の
デザインをされていたことを覚えていたんです。
研修所ではものすごい劣等生だった私ですが、
「尊敬する小松先生がやってらっしゃるところだったら、
間違いないだろう」と思ったし、
私が元々使っていた粘土は瀬戸の土でしたし、
そんないくつかの要素が重なって、
お願いすることにしました。
それに瀬戸だったら、安曇野からもそんなに遠くないから、
何かあったときに自分が行って、
職人さんや担当の人とお話しをしながら進められる。
やっぱり遠いとそれは難しいですし、
伊藤さんからも「近いほうがいい!」と。
- 伊藤
- うんうん。
やっぱり会って話すほうが早かったりするから。
いいご縁でしたね。
そして、岡澤さんが手でつくった原型があったわけなので、
そこからはスムーズに進むのかと思ったら‥‥。
- 岡澤
- そんなことはなかったですね。
すごく時間がかかりました。
どういう難しさがあったかというと、
たとえば、注ぎ口の先端。
手で作ったときは、水切れをよくするための
ポチッとした突起がありましたね。
あれをどうしようかとか。

▲手でつくっていた頃の、ピッチャーの注ぎ口先端部分。
- 岡澤
- そして、釉薬をどこまでかけて、どこをかけずにおくか。
以前は注ぎ口の先端はかけずに、素地を出し、
そのざらつきが表面張力を発揮することで水気を確保して、注ぎやすく、水切れをよくしていたんですよ。
けれども今回はプロダクトですから、
洗いやすさも考えて、
突起をなくし、釉薬もかけようということに
伊藤さんとのあいだで決めたんですね。
するとこんどは、水切れをどうやってよくするか、
この設計がたいへんだったんです。
- 伊藤
- 試作して、ダメ出しをして‥‥
そんなサンプルが何十個もあるほどですよね。
- 岡澤
- それが形になるまでに2年ほどかかりましたよね。

▲ピッチャーの窯出し作業。
- 伊藤
- それを見ていて、わたし
「作家さんってすごいな」と思いました。
- 岡澤
- ピッチャーの水切り問題は、
水が器のなかでどう動いてどう出るかという流体力学で、
これが調べてみてもほんとに難しくて。
YouTubeも見ましたし、論文や文献も探したんです。
そしていろんな説や理論があるんですが、
どうやら「どれも正しい」んですよ。
でも、どれも、私の器には応用ができない。
なぜっていうと、材質が違うからなんですね。
それで結局、私の出した結論は、
矢野顕子さんの歌『ラーメン食べたい』。
- 伊藤
- 『ラーメン食べたい』?!
- 岡澤
- 「♪わたしはわたしの
ラーメンたべる
責任もってたべる」
って歌詞があるんです。それで
「♪わたしはわたしの
ピッチャーをつくる」
っていうところにたどり着いたんです。
- 伊藤
- 理論はわかったけれど、自分なりにやるしかないと。
それで、具体的にどうしたかというのは‥‥内緒?
- 岡澤
- そうですね、商品開発にかかわる部分なので。
私、当時人生でやり直したことの回収をしに
大学に通っていたんです。
そこで洗濯についての授業で界面活性剤の勉強をしたことが
私なりの解決の糸口になりました。
ものの濡れる仕組みとか、
界面活性剤がどういう働きをするのかを知って
なるほどなあ、と。
ちなみに液体の温度でも変わります。
私のピッチャーもお湯より
常温の方が水きれがいいんです。
この話、すごーく長くなっちゃうんですけれど。

▲使用型を開いたところ。
この型に泥漿(でいしょう:粘土を水で溶いたもの)を流し込む。
- 伊藤
- わたし、そのお話、たぶん、聞いているんです。
岡澤さん、紙に描いて「ここがこうで‥‥」って
とても理論的に説明をしてくださったんですけれど、
わたしは「全然わからないし、
使ってて問題ないから大丈夫、大丈夫!」と、
かるーく答えた記憶があります。
前のサンプルと今のサンプルを比べれば、
たしかに水切れの違いはあるんだろうけれど、
わたしはもう、見て眺めてうれしかったらいい。
むしろ、かわいいほうがいいから、
ちょっとぐらい垂れてもいい。
- 岡澤
- 試作の段階でもっと水の切れる形はありましたね。
でも、かわいくないんですよ。たしかに。
- 伊藤
- わたしはそれを見て「これじゃ、ない」って。
使い心地だけが優先じゃないと。
棚に置いてある姿とか、使っているときとか、
こうやってテーブルで見る姿とか、
洗ったときにどう感じるかとか、
そういうことも大事だと思ったんです。
- 岡澤
- 「注ぎ切れる感じが好き」とおっしゃるかたもいたけれど、
わたしは、かわいさも機能もとりたい。
でも両方はとれない。
だからどこらへんをどういうふうに、ということで
せめぎ合っていたんですよ。
- 伊藤
- その折り合いのつけ方が難しかった。
- 岡澤
- 今回の注ぎ口は、裏には多少回っても、
テーブルを濡らさない程度になっていますよ。
- 伊藤
- ん‥‥でもね、全然大丈夫ですよ、
使ってみてそう思います。