エッセイスト平松洋子さんは
日々の生活の中のふとした幸せや違和感の
瞬間を見逃さない。
そんなエッセイを平松さんが
何十年も書き続けてきた鍵は
早起きから始まる日々のルーティンにあるのでは?
そんな思いからスタートしたインタビューです。
読んでくださった方が
仕事をつづけることに希望を
感じてもらえたらうれしいです。
担当はほぼ日かごしまです。

ほぼ日の學校で、ご覧いただけます。

>平松洋子さん プロフィール

平松洋子(ひらまつ・ようこ)

1958年生まれ。
大学卒業後から書く仕事を始める。
2006年『買えない味』でBunkamura ドゥマゴ文学賞、
2012年『野蛮な読書』で講談社エッセイ賞、
2022年「『父のビスコ』で読売文学賞を受賞。
『食べる私』『日本のすごい味 おいしさは進化する』
『肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行』
『おあげさん 油揚げ365日』
『ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け』など著書多数。

前へ目次ページへ次へ

第3回 自分を心地いい方向に持っていくには?

平松
もしかして私のことを
ルーティンがしっかりしている
規則正しい人と思ってないですか?
──
思ってます。
平松
やっぱり(笑)。
これは説明しなくてもいいことかもしれないけど、
私、学校がすごく嫌いだったんですよ。
学校に時間割ってありますよね。
黒板の横とかに
1時間目から5時間目くらいまで科目が書いてあるでしょ。
あれがすっごく苦しかったんです。
これを全部こなさないと家に帰れないのか‥‥って
思ってました。
そのときの気持ちを、大人の言葉で言うと
「自由になれない」なんですけど、
当時はきつかったんです。
あの頃は不登校といった言葉もなかったし、
このしんどい感じを
自分の問題として捉えるほかなくて。
──
時間割って数十分ごとにぎっしり予定が組まれていて、
改めて考えると忙しいですね。
平松
朝礼も運動会の練習も
時間通りに決められたことをするのが苦手でした。
だから下校時間が待ち遠しくて、
一番に教室から出てました、逃げ出すみたいに。
誰かといっしょに帰るのも苦手だったな。
休み時間の逃げ場所は図書館だったんです。
一人になれるし、邪魔されない。
いつまでいても怒られないし、放っておいてもらえるのが
とにかくうれしくて。
もちろん、読みたい本も無限にあって。
最初に見つけた心地いい場所は図書館でした。
──
きっちり生活することや人に合わせることに
息苦しさを感じていた。
平松
今でもそうなんですよ。
きっちりルーティーンを作って
決めごとに合わせていくと、
むしろ枠から出たくなっちゃう困ったタチ(笑)。
──
朝早く起きて公園まで散歩して、
という今のルーティンも
決めているのではないんですね。
平松
身体の声に従ったからそうなった、
というのが本当のところ。
とにかく朝早く起きるのが気持ちよくなっちゃったんです。
40歳半ばだったかな、
ものすごく不調になったときがあって、
これはなにか変えなくちゃいけないのでは、と、
すごく悩みました。
それまでは朝7時半くらいに起きてたんだけど、
試しに生活を2時間以上、前倒しにしてみたら
想像以上によかった。
それが、生活の変化の始まり。
──
何かを変えたいという思いから見つけたのが
朝の時間だったんですね。

──
平松さんは、
大学を卒業してすぐにライターとして
書く仕事をはじめたんですよね。
社会人になって
スケジュールを自分で決められるのは心地よかったですか?
平松
最初はね、そう思ってたんですよ。
私は定時に出社して
組織の中で何かするのは向いていないなって
思っていたから、
会社に入社する形では就職してないんです。
社会には早く出たいと思っていたので
大学4年くらいのときから書く仕事をはじめて、
大学を卒業したときは
これでいよいよ1日どうすごすかを
決める自由が手に入った、バンザーイ!と。
ところが何年かするうちに「あれ?」。
「この自由の意味は、
もしかしたら全部自分の責任で
やっていかなくちゃいけないということ?」
やっと気がついて愕然としたんです。
──
自由だけど責任があるということですね。
平松
例えば会社や組織に入ると
「いやいや、あなたの仕事のやり方は違いますよ?」とか
「求められる仕事のレベルに達していませんよ」とか、
上司や同僚が助言したり叱ってくれたりするでしょう。
でも一人で仕事をしてると、
それがないんだなって気づいて、「えっ!?」。
「すべてが自分の選択と責任って、
そら恐ろしいことだ」と真っ青になった時期が
しばらくあったんです。
──
それはいくつのときですか?
平松
20代半ばでした。
自分の書くものに対してもそうだし、
つぎになにを書くか、どの方向に進んでいくかとか。
まだ自分でもよくわかってないのに、
ひとりで決めていかなくちゃいけないんだと
初めて実感して、
自分が思ってた自由はなんと怖いものだったのか、
と背中にツーと冷や汗が。
あんなに望んでた状況なのに。
このときからだんだん
自分で自分を上手に泳がせる方法を見つけなきゃ、
と思うようになっていきました。
自分で自分を悪くない方向に持っていくのには、
どうしたらいいのか。
そのためには、いま自分には何が必要かな、
満足とまではいかなくていいから、
とりあえずどうやったら後悔しなくてすむかな、
と考えはじめた。
ベストな方法は見つからなくても、
とりあえず自分で自分を心地いい方向に持っていくために
目の前にある仕事を
一つ一つ選択していくほかないな、と。
20代から30代にかけて、
ひたすら暗中模索の日々でした。
──
自分で自分を悪くない方向に持っていくことは
仕事をしていく上で大切なことですね。
そこに至るまでにはいろいろ試行錯誤はありました?
平松
はい、もういっぱい。
──
例えばどんなことが?
平松
私は子どもの頃から
泳ぐことが好きだったから、
長い間ジムのプールで泳いでいたんですよね。
20代も30代もずっと仕事の合間に
プールで1キロ泳ぐのが習慣だったんですよ。
ところが、あるとき同じ距離で同じスピードで
泳いでいるのに
体がすごく冷えるようになった。
疲れ方も前と変わってきて、
泳いだあと、眠くてしょうがなくなって。
机に向かって仕事をしたいのにうつらうつら、
本を読んでも寝ちゃったりして、
「おや、水泳の習慣が負担になっているのかな」と
思い始めたんです。
ただ、好きなことはなかなか辞められなくて、
気がつくのにも1年近くかかってしまった。
──
その後はきっぱりやめたんでしょうか?
平松
それでも未練があったから休会したりしながら
2年くらい過ごし、
そのあと思い切って退会しました。
いま思うと、一大決心でしたね。
泳ぐことがリラックスするための大事な時間だったし、
小学生の頃から長く続けてきた好きなことだから
手放すのが不安だったんです。
自分が頼っていたものでも
合わなくなっていくものがあるんだなって
知りました。
──
ずっと続けていたものをやめるのって
つらいですよね。
平松
そうですね。
好きなものが合わなくなるって、
すごく動揺するし、不安になるんですよね。
でも体力も含めて
自分の何かが変わったことを認めざるを得なかった。

(明日につづきます)

2025-06-22-SUN

前へ目次ページへ次へ
  • 平松洋子さんの著書
    『おあげさん 油揚げ365日』

    (文藝春秋・2024)

     

     

    平松さんが愛する食材は油揚げ。
    こんなに奥深い食材だとは知りませんでした。
    油揚げのエッセイ、油揚げ好き対談、
    そしてレシピを集めた油揚げだらけの一冊。
    油揚げのクリームパスタから、
    油揚げの中に卵をいれて醤油と味りんで煮た
    「あぶたま」までレシピが45も載っています。

     

    Amazonでのおもとめはこちら