ふたたび車をぴゃーっと飛ばして、
広島県庄原市の「備後落合」にやってきました。
ここは木次線と芸備線が、まさに「落ち合う」駅。
国鉄時代は100人以上が勤務していたこの駅も、
いまは「秘境駅」と呼ばれる無人駅に。
ひきつづき、江上さんにお話をうかがいます。

──

江上さんが木次線のスイッチバックに、
ここまで愛情を注ぐ理由はなんなんでしょうか。

江上

これはですね、いくつか理由があって、
ひとつはマンガの取材ではじめて来たとき、
やっぱりすげえなあと思ったんですよ。
頭で思ってたよりもすごかった。

──

はい、ほんとにそう思います。
すごかったです。

江上

まずそれがひとつ。
それからもうひとつは、
木次線を走る観光列車の「奥出雲おろち号」が、
ことしの11月で運行終了になるんです。
そうなると木次線は赤字路線なので、
廃線の話がけっこう現実味を帯びてきます。
もちろん廃線になれば、
出雲坂根駅のスイッチバックはなくなります。

──

あの貴重なＺ型が‥‥。

江上

まだ具体的な話は出てませんが、
いまのうちになんとかしないと危ない。
やっぱり残したいじゃないですか。
もうあんなの二度とつくれないですから。

──

スイッチバックを残したいと思っても、
ふつうは何をしていいかわかんないと思うんです。

江上

最初はぼくも具体的なイメージはなくて、
観光半分でここに来たって感じなんです。
そのとき道の駅の駅長さんと知り合いになって、
いろいろ案内してくださったんです。
そしたら、その道の駅の横に
「鉄の彫刻美術館」があるんですけど、
そこを見た瞬間に
「ここで鉄道漫画展できないかな」って。
つまり「鉄」と「テツ」をかけて‥‥。

──

ダジャレですか（笑）。

江上

テツも「鉄」だし、いいじゃんって（笑）。
で、ダメもとで聞いてみたら
「空いてるスペースでよかったら貸しますよ」
っていってくださったんです。
じゃあ、やってみようかなって。
それで開催資金をクラファンで集めたのが、
そもそものはじまりですね。

▲蒸気機関車に石炭を積むための「給炭台」の跡。

▲黄色く見えるのは蒸気機関車の「転車台」だそう。

──

ジオラマは最初から
つくろうと思っていたんですか。

江上

ジオラマはね、
自分たちではやらないつもりっていうか、
手に負えないと思ったんです。
最初は専門業者の人に頼もうと思っていて。

──

自分でつくるわけじゃなく？

江上

じゃなくてね。
知り合いのプロの方に頼もうと思っていたんです。
しかも、その方によると、
「Nゲージは展示運転させるジオラマとしては脆弱すぎる。
せめてHOゲージでやらないと」って。
Nゲージは線路幅が９ミリですが、
HOゲージは16.5ミリとだいぶ大きくなります。

──

HOゲージって高いっていいますよね‥‥。

江上

そう、大きくなるだけでなく、
めちゃくちゃ高いんですよ。
でも、耐久性とか考えると、
鉄道博物館とかもみんなHOらしくて。
で、一応、見積もりを出してもらったんですけど、
ジオラマ制作費だけで1500万円（笑）。

──

ひーーー！

江上

そんなの無理じゃん（笑）。

──

そんなにするんですね。

江上

それで１回諦めたんですけど、
これまでにNゲージでジオラマ（レイアウト）を
いくつかつくったことはあったので、
じゃあ、アマチュアレベルでいいから、
Nゲージで自作してみたらどうだろうって。
奥出雲に住み込んでやろうよって。

──

こっちに住み込みでつくったんですよね。

江上

そうそう、部屋を借りてね。
じつはコロナの時期だったので、
二拠点生活が注目されていたこともあって。
奥出雲にワンルームを借りて、
ジオラマ制作も仕事もなんでもそこでやって。

──

完成までどのくらいかかったんですか。

江上

実質、半年ぐらいかな。
じつは鉄道漫画展のスタートに間にあわなくて、
展示の期間中もずっと裏でつくってました（笑）。
ジオラマって終わりがないんですよね。

──

そうですよね。
キリがないというか。

江上

で、ジオラマをつくっているうちに、
地元の人たちとも仲良くなって、
居心地がよくなってきたというかね。
そのうち新聞社の取材とか、
テレビ局の密着取材を受けてるうちに、
本気でスイッチバックを守っていかないとなって。

──

そういう使命を。

江上

新参者がおこがましい限りですけどね。
でもそのへんからですよね。
本気でやりはじめたのは。

──

木次線のマンガをつくってるというのは、
ほんとうですか？

江上

ほんとうです。
木次線を舞台にしたマンガを企画中です。

──

どういうマンガなんですか。

江上

木次線を舞台にした
ボーイミーツガールって感じですかね。
『鉄子の旅』のようなルポマンガじゃなくて、
ストーリーものになると思います。
いま、マンガ家さんと一緒に動いていて、
どこかで連載できないかと、
いろいろ持ち込みしてるところなんです。

──

それが決まったらすごいですね。

江上

もしどこかで連載が決まれば、
それこそ全国的に木次線のことや、
いまの現状も知ってもらえます。
うまく人気になれば、
アニメや実写に売り込むみたいなこと含めて、
けっこう広がりはあると思うんです。
いまはまだ、取らぬ狸のナンタラですが‥‥。

──

うまくいけば聖地巡礼みたいに、
観光客が増えるなんてことも。

江上

そんなにうまくいくかはわからないけど、
地元企業が協賛するとか、
そういうことだってあるかもしれない。
どんどんやっていかないと。
そんなに悠長な時間はないと思うから。

──

ことしの11月ですよね。
「奥出雲おろち号」の運転終了が。

江上

ほんとうに大変なのはそのあと。
もう待ったなしなんです。
じつは「奥出雲おろち号」からバトンを受ける感じで、
「あめつち」という観光列車が走るんですけど、
木次線の途中で折り返しちゃうんです。
スイッチバックのある出雲坂根まで入ってこない。

──

えぇーっ！

江上

つまり、このままだと少なくとも
スイッチバックのある山岳区間は、
まるまる廃線になる可能性が高いんです。
この備後落合も含めて。

──

そうか、入ってこないんだ‥‥。

江上

もちろん木次線全体を盛り上げたいけど、
やっぱりぼくとしては、一番やばい状況にある
スイッチバックのある区間を守りたい。
正直、個人で思っていてもなんともならないわけで、
そこを守るには企業の力とか、
行政をどれだけ動かせられるかなんです。
そのためにもやっぱり企画が大事で。

──

そうですよね。
マンガ連載、期待してます！

江上

どうにかなるのか、ならないのか‥‥。
そこは自分でもわかんないからね。

──

TOBICHIでの展示が、
何かのきっかけになるといいですね。

江上

それはすごく思います。
東京は発信力がありますし、
どこかと縁がつながっていくかもしれない。
こうやってジタバタすることで、
何も起こらないかもしれないけど、
何か起こることだってあるかもしれない。

──

スイッチバックって、
いま日本にいくつあるんですか。

江上

ぼくの数え方でいくと、
もともと130以上あったものが、
現在は主だったもので10もないくらい。

──

今後、新しくつくられることは‥‥。

江上

絶対にないです。
新しくつくられることは基本的にないです。

──

スイッチバック、残したいですね。

江上

そうなんですよね。
ぼくだってバカじゃないから、
世の中の流れに抗うのが難しいことはわかる。
こんなことやったって、
この運命は変えられるわけねえっしょ、
と思っちゃうところもある。
‥‥でも、いまのうちにやっておかないと。

──

そうですよね。
無くなってからじゃ遅いわけで。

江上

そうなんですよ、ほんとそう。
守れるかどうかはわからないけど、
いま自分たちができることを、
やれるうちにやろうっていう話なんです。