数々のヒット作品を世に送り出してきた
マンガ編集者の江上英樹さん。
じつは大の鉄道ファンとして知られ、
ジグザグ線路「スイッチバック」のことを
こよなく愛しているといいます。
そんな江上さんがとくに惚れ込んだのが、
島根県の奥出雲にあるスイッチバック。
その圧巻のスケールを体験するため、
現地までいってみることにしました。
木次線のこと、スイッチバックのこと、
江上さんの熱いお話もたっぷりお届けします。
現在、TOBICHI東京では
ジオラマと鉄道マンガ展」も絶賛開催中です。

>江上英樹さんのプロフィール

江上英樹(えがみ・ひでき)

漫画編集者、合同会社部活代表

1958年、神奈川県生まれ。
小学館入社後、『ビッグコミックスピリッツ』など
青年誌の編集を担当。
2000年に『ビッグコミックスピリッツ増刊IKKI』
(2003年から『月刊IKKI』)を立ち上げ編集長に就任。
スピリッツ時代、IKKI時代を通して、
数多くのヒット漫画、名作漫画を世に送り出す。
2020年7月「部活」を設立。

鉄道分野では「スイッチバック」をこよなく愛し、
「I love switchback」なるHPを管理している。
現在は、その集大成として
『スイッチバック大全(仮)』を編集中。

・公式サイト:I love Switch Back
・ツイッター:@TETSUHEN

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第4回 鉄道ファンになったきっかけ。

 
車をぴゅーっと飛ばして、
島根県雲南市にまでやってきました。
江上さんが見つめる先にあるのは、
昭和44年まで木次線を走っていた‥‥蒸気機関車! 
インタビューとあわせてどうぞ。

──
鉄道を好きになる人とそうじゃない人って、
どこに分かれ道があると思いますか。
江上
環境もあるかもしれないですね。
線路とか列車とかを
恒常的に見られる環境があるかないかは、
けっこう大事だと思う。
──
江上さんの小さいときはどうだったんですか。
江上
ぼくは幼稚園の前から小学校5年まで、
埼玉の大宮にいたんです。
大宮って鉄道の町なんですよ。
すごい数の列車が縦横無尽に走ってて、
踏切も近くにありました。
そういう環境は影響してると思います。

▲木次線を走っていた「C56108号」。引退までの36年7ヶ月、木次線を支えていました。 ▲木次線を走っていた「C56108号」。引退までの36年7ヶ月、木次線を支えていました。

──
覚えてる範囲でいうと、
一番影響を受けたものってなんでしたか。
江上
ぼくはやっぱり、
小学生のときに広田さんの写真を
見たというのが一番大きいですね。
鉄道写真家の広田尚敬さん。
ぼくらの世代だと、
広田さんの写真でテツになった人、
けっこう多いと思うんです。
──
写真は、雑誌で見たとかですか?
江上
まずは写真集ですね。
写真集といっても文庫版で
保育社の『蒸気機関車』という本です。
形式順に載ってて、
説明文も広田さんが書いているんですけど、
写真も文章もすばらしいんです。
もうそれを眺めながら、
こういう写真を撮りたいと思ったのが、
ぼくがテツに目覚めた最初ですね。

▲江上さんをテツにした広田尚敬さんの著書『蒸気機関車』。(江上さんの私物) ▲江上さんをテツにした広田尚敬さんの著書『蒸気機関車』。(江上さんの私物)

▲中はこんな感じ。映画のワンシーンのような写真が並びます。 ▲中はこんな感じ。映画のワンシーンのような写真が並びます。

──
その頃の鉄道人気ってどうだったんですか。
江上
ちょうどぼくが小学生のときに
SL(蒸気機関車)ブームが盛り上がってきたんです。
広田さんのこの本がSLブームの
火付け役にもなったんじゃないかな。
とにかく写真に写った蒸気機関車がかっこよくて。
──
それで自分でも撮りたくなった。
江上
撮ってみたいなって。
ぼくは最初、カメラを持ってなかったから、
メモ帳に絵を描いたりしてたんです。
そのうち親のカメラを貸してもらって、
だんだん本格的に撮るようになって。
それで友だちと一緒に撮りに行ったりね。
広田さんのは「写真」そのものがすごくいい。
SLブームのときというのは、
とにかくSLが写っていれば
「すごいだろう!」って感じのものが多かったけど、
広田さんのはそうではない。
緑の中にチラッと蒸気機関車が見え隠れしてたり。
そういうところもかっこいい。
もう見ればわかりますよ、一目瞭然。
──
はぁぁ、そんなにですか。

江上
それで大人になってから
広田さんとお仕事することがあって、
「どうやって撮るんですか」って聞いたんですよ。
ぼくは最初からすごい計算して
撮ってるんだと思ってたんですけど、
広田さんは「写真をいただく」っていうわけ。
──
写真を「いただく」。
江上
「そのときの状況とか光線とか
天気とかカメラの性能とかレンズの性能とか、
すべてそこにあるものをいただく」っていうの。
なんかもうずるいですよね(笑)。
「いただく気持ち」で、
学生時代に戻って撮り直したい!
──
江上さんが鉄道写真を撮ってたのは、
いつ頃だったんですか。
江上
中学、高校ぐらいですね。
昭和47年くらいから
SLを撮りはじめたんですけど、
昭和50年には、
SLはすべて国鉄の線路から姿を消します。
──
じゃあ、ギリギリ走っているところを。
江上
そうですね。
2、3年だけでしたけど、
実際に走ってるところを撮れたのは
幸せだったなって思いますね。
──
わぁ、それは一生の自慢ですね。

江上
広田さんみたいな写真を撮るのって、
ほんとうに難しいんですよ。
なかなか撮れない。
つまり、広田さんの写真って、
もったいない写真なんですよ。
──
もったいない写真?
江上
蒸気機関車がもくもく煙をあげて、
大迫力でどーーんっていう写真はわかりやすい。
だけど広田さんのは、山のすみに、
ちょろっと煙が上がって、
まわりの山は紅葉の嵐みたいな、
そういう写真を撮るんですよ。
──
へぇーー。
江上
そういう写真を狙って北海道まで行くけど、
学生だから部活も夏期講習もあるし、
あとお金もないから長期間は滞在できない。
もちろんフィルムの時代だから、
撮る枚数も限られてる。
だから広田さんみたいな写真を撮るって
すごく勇気がいるんです。
1日1本しか来ない列車を、
画面のすみにちょこっと収めるだけでいいんだろうか。
やはり車両全身をバーンと押さえた
写真も撮っておきたいのが「テツ」の人情。
だから、ほんとうに、これでいいのかと。
せっかくここまで時間かけて来てるのにって、
最後までグジグジするわけです。

──
列車を撮るときって、
アングルから何からけっこう悩みますよね。
江上
そうなんですよね。
昔はフィルムだし、露出を決めて、
シャッタースピードを決めてってね。
しかも、電車がそこを通るのは一瞬だけ。
それを撮るときの緊張感っていったらもう。
──
当時は、運行情報を集めるだけでも大変だし。
江上
インターネットもないからね。
正確なダイヤもわかんない。
その日になって急に運休になったりとか。
曖昧な情報だけを頼りに行くしかない。
──
すごいですね。
江上
広田さんにインタビューしたとき、
「自分は列車に乗って外を見るときは、
景色を見てるんじゃない。
向こうからどんなふうに
列車が見えるかを考えながら景色を見てる」と。
──
景色側から自分を見てる?
江上
あの橋からどう見えるんだろう。
あそこにいたらどんな光線で、
どんなふうにこっちが見えるんだろう。
ずーっとそういうのを景色を見ながら考えるって。
──
俯瞰で自分のことを見てるんですね。
江上
だから外を見てても、
景色はぜんぜん見てないって。
ぼくはそこまで考えず、
ぼうっと景色を見ていた気がする。
それじゃあ、ダメだったんだろうなぁ。

──
江上さんは、生粋の撮り鉄だったんですね。
スイッチバック好きの前に。
江上
そうです。
スイッチバックは大好きですけど、
おおもとは撮り鉄です。
──
スイッチバックのことは、
どうして好きになったんですか。
江上
スイッチバックもやっぱり写真からです。
キネマ旬報から『蒸気機関車』という雑誌が出ていて、
それで「スイッチバック」が特集されていたんです。
──
それは、いつ頃ですか。
江上
中学2年生だったと思います。
最初に見たのが、
庄野鉄司さんという方が撮ったカットで、
磐越西線にかつてあった
中山宿駅のスイッチバックを走る
蒸気機関車の姿だったんですが、
それを見て、もう「すごい!」って。
──
ひと目で、すごいと。
江上
もう、めちゃくちゃ衝撃でした。
その雑誌に各地のスイッチバックのことが
詳しく書かれていたんですけど、
その特集を見てからだと思います。
スイッチバックに興味を持ったのは。
──
中学2年生っていったら、
もう一番多感な時期ですもんね。
江上
だから、すごい影響を受けました。
当時すでにけっこう数を減らしていたんですが、
それでもいまよりたくさんの
現役スイッチバックがあったんです。
だからその特集を眺めながら
「いつかここに行きたい」って思ってましたね。

▲江上さんが中学生のときに影響を受けた一冊。(江上さんの私物) ▲江上さんが中学生のときに影響を受けた一冊。(江上さんの私物)

▲宮崎繁幹さんが書いたスイッチバックの特集ページ。ボロボロになるまで読み込んだあとがうかがえます。 ▲宮崎繁幹さんが書いたスイッチバックの特集ページ。ボロボロになるまで読み込んだあとがうかがえます。

(つづきます)

2023-07-22-SAT

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  • 江上英樹さん渾身の巨大ジオラマは、
    8月13日(日)までTOBICHI東京で見られます。

    Z型のスイッチバックはもちろん、
    出雲坂根の駅舎や周辺の景色まで、
    実物そっくりなNゲージの鉄道ジオラマです。

    会場でオリジナル切符(100円)を購入し、
    改札口で日付を入れてからご入場ください。
    巨大ジオラマの他にも、
    松本大洋さんの未発表の原画、
    木次線が登場する
    鉄道マンガのパネル展示もおこないます。

    実際に列車が走るところは、
    週末に開催予定の「運転会」で見られるとのこと。
    運転会の日程、時間については、
    TOBICHI東京の公式サイトまたは、
    公式ツイッターをごらんくださいね。

    たくさんのご来場、お待ちしておりまーす!