スイッチバックを体験したあと、
今度は山を走る列車を撮るために、
おすすめの撮影スポットにやってきました。
ところが、ちょっとした問題が‥‥。

江上

見てよ、ここ。
こんなに茂っちゃって‥‥。

──

どうしたんですか？

江上

ここ、撮影スポットだったんだけど、
草木がこんなに伸びちゃって。

──

たしかに視界がちょっと‥‥。

江上

線路のほうも被っちゃってるね。

──

ちょっと伐るだけでも、
だいぶん見やすくなるんですけどね。

江上

伐りたいよねぇ。
ああ、あんなに伸びちゃうんだ。残念。
別の撮影スポット、探そうか。

──

三井野大橋も写真に入れたいですもんね。

江上

そうなると手前の草木がジャマなんだよね。

──

悩ましいですね。

▲この取材の後、地元の自治体で周辺木々の伐採が決まったそうです。よかった！

江上

こういうとき、
わるい撮り鉄は勝手に伐ったりするんです。
いい写真を撮りたいがために。
もちろんぼくはそんなことしないです。
やんないけど、正直、ウズウズはする。

──

ほんとうは伐りたい（笑）。

江上

でもそれはやっちゃダメ。
そういうニュースときどき見るじゃん。
撮り鉄がジャマな木を折ったり、
私有地に入ったりして、
地元住民が激怒したとか。
根本にある衝動はわからんでもないけど、
行動に移しちゃあダメ。

──

そうですよね。

江上

このへんで撮りましょうか。
ちょっと引いたら橋も入ると思う。

──

あ、いいですね。
赤い橋もよく見えます。

江上

お、そろそろかも。

──

こうやって待ってる時間も、
けっこうたのしいですね。

江上

いくつになってもこう、
列車を待ってるときってのは
ソワソワするんだよねぇ‥‥。
（と、大きな汽笛の音）

──

江上さん、いまの！

江上

来た来た来た！　
さっ、カメラ構えて！　

▲山を横切るようにゆっくり走るオレンジ色の列車。

──

（シャッターを切りながら）
おぉぉーー、いい感じですね！

江上

（無言でスマホを構える）

──

おぉ、けっこうゆっくりですね。

▲ゆっくりゆっくり山の中を走ります。

──

ああ‥‥たしかに木が被る‥‥。

江上

（無言でスマホを構える）

──

（無言でシャッターを切る）

江上

（無言でスマホを構える）

──

‥‥あぁ、行っちゃう。

▲ゆっくりとトンネルに入っていく列車。

江上

‥‥はい、おしまいです。
行っちゃいました。

──

あっという間でした。

江上

よく見えましたね。

──

こうやって見ると、かわいいですね。

江上

うん、かわいいよね、木次線。

──

電車とは思えないかわいさでした。

江上

何度もいうけど電車じゃないよ。
ディーゼルね。

──

厳しいですね（笑）。

江上

女の子が「電車」とかいっても
別にとがめないけどね。
ぼくももう大人ですから
「パンタグラフねぇだろう！」とか、
そんなことはいいません。

──

嫌われますよ‥‥。

江上

もう二度とまちがえないでくださいね。
木次線はディーゼルです。
決して「電車」とは呼ばないでください。

──

わかりました。
二度と電車といいません。
木次線はディーゼルです。

江上

ありがとう。
わかってもらえてうれしいです。

──

それにしてもよく見えました。
オレンジ色ってのもよかったです。

江上

じつはもう一箇所、
いい撮影ポイントあるんです。
さっきの列車が終点で折り返してくるのが‥‥
だいたい１時間後くらいですね。
それをまた狙いましょうか。

──

いまのうちに車で移動しますか。

江上

そうしましょう。

別の撮影スポットに到着！

江上

で、ここなんですけど。
歩道が狭くてちょっと怖いんだけどね。

──

すぐ近くに線路が見えます！　
ここ、絶好の撮影スポットですね。

江上

しつこいようですけど、
ここも草を刈りたいよね（笑）。

──

ちゃんと整備したら、
観光スポットにもなりそうなのに。

江上

そうなんですよ、ほんとはね。
いまはそういうことになってないから、
「中に入らないでください」っていうしかない。
ほら、ここで撮り鉄のみなさんが（笑）。

──

中に入っちゃダメですよね。

江上

そういう人もいたってことでしょうね。

──

文章もなるべく良心に訴えかけようと。

江上

訴えかけてます。
トイレでよく見る
「マナーを守ってくれてありがとう」的な。

──

先にお礼を言われちゃうみたいな。

江上

あれ、効果どうなんだろうね。
はじめて使うトイレなのに
「いつもキレイに使っていただき
ありがとうございます」ってさ。
あれ、なんかへんな感じがするよね。

──

‥‥ん、電車？

江上

だいたいそういうトイレに限って。

──

あ、電車の音！　
江上さん、電車ですよ！

江上

だから、電車じゃないって！　
‥‥うそっ、来ちゃった？

──

スピードけっこう出てます！

江上

やばいやばい！　
しゃべってる場合じゃない。
早く、カメラを構えて！
（スマホをさっと取り出し、動画を撮る）

──

あー、ひとりだけずるい（笑）。

▲すばやくカメラを取り出すも、惜しくもピントが手前に！

▲続けざまにシャッターを押すも、今度は手前に草が！

▲ああ、森の中へと消えていく‥‥！

──

行ってしまった‥‥。

江上

油断してたね。

──

なんてことだ、おしゃべりしてるうちに。

江上

ま、別にぼくは大丈夫です。
何度もここから撮ってるので。

──

それはないですよ（笑）。

江上

はははは。

──

いやぁ、もう一回撮りたいけど。

江上

そうなると、あと３時間は待たないと。

──

ちょっと無理ですね。

江上

思ったより早く列車が来ちゃった。
ごめんなさいね。

──

いえいえ、勉強になりました。
撮るときは撮ることに集中しないとですね。
おしゃべりしてる場合じゃなかった。

江上

油断してるうちに来ちゃうってのは、
まあよくあるんです。
撮り鉄にとってはあるあるですね。

──

身をもって体験しました。

江上

すごい遠い場所まで来て、
１日１本しかない列車を待ってるときに限って、
不測のことが起きる。
ぼくがやった失敗で一番すごいのは、
列車が来る時間に寝てしまったこと（笑）。

──

寝ちゃった（笑）？

江上

駅で待ってたんですけど、
疲れてウトウトしちゃって。
で、起きたらもう行っちゃったあと。
その列車を２週間ぐらい待ってたんです。
ここぞというやつだったから。

──

場所はどこだったんですか。

江上

北海道。

──

ひー、それはつらい！

江上

あまりに痛恨過ぎて、
人にいうのも嫌だったくらい（笑）。

──

でも、たしかに悔しいですね。
２週間も待ち焦がれて、撮り逃したとは。

江上

これがほんとうのリアルな経験です。
いま撮ったみたいに、
意外と列車のスピードが出ているってことも、
現地に来ないとわかんない。

──

あれこれアングルを考える暇もなかったです。

江上

そうそう、そうなんですよね。

──

江上さん、いまは写真撮らないんですか。
遠くまで行ったりして。

江上

あまり撮らないですね。
本気で撮ろうと思ったら、
やっぱり人変わりますから。

──

そうなんですね（笑）。

江上

当時はいまみたいに、
いくらでも連写可能なわけじゃなくて、
ほんとうに１枚だけ撮って、
露出を失敗して終わりとか、
シャッタースピード失敗して終わりとか。
もう、そんなんばっかり。
ピントが合ってるだけで御の字という感じ。
ぼくはあんまりいい写真が撮れなかった。

──

でも、撮れたときの喜びはすごいんでしょうね。

江上

それはそうです。ものすごいです。
しかもその被写体たちは、
とても自分の自由にならないものですから。
ぼくたちの都合に関係なく勝手に走ってくる。
遅れたりもするし、運休で来ないこともある。
天気も自分の思いとは無関係に刻々と変わります。
だから、自分の思ったような写真が撮れるって、
めったにないんですよ。

──

そっか、天候も味方につけないと。

江上

ぼくの小学校時代の友だちで
望月くんという撮り鉄がいるんです。
ハイアマチュアというのか、
鉄道写真界ではそれなりに知られている存在で。

──

同級生にそんな方が。

江上

1995年に廃止された
北海道の深名線という路線があるんですが、
彼は、廃止前、そこに通い詰める感じで、
数多くの写真を撮りました。
どれも素晴らしいものでしたが、中に、
遠くでギラッと列車が輝く瞬間の写真があったんです。
それがめちゃくちゃかっこいい。

──

へぇーー。

江上

で、本人に直接聞いたんです。
「もしこの日曇ってたら、
翌日までねばったりするの？」って。
そしたら彼が
「いや、この場所で同じ光線は１年後だから」って。

──

はぁーー！

江上

それぐらいの精度で
写真を狙ってるって聞いて仰天しました。

──

つまり、太陽の位置まで計算して‥‥。

江上

そう、ぜんぶ狙ってるんです。
だから彼はきっとそれまで、
すごい数の失敗もしてるはずです。

そもそも深名線も、木次線に負けず劣らず
列車本数の少ない路線として有名だったわけですし、
１日に何本も走んないところに行って、
テストだって何回も重ねただろうし。

──

理想の一枚のために。

江上

運と技術と、あと鉄道への情熱。
人を感動させる鉄道写真というのは、
そういう要素が凝縮されてますよね。