映画『狂熱のふたり』より

──

この映画の中のもうひとりの主人公である
岡田嘉夫さんについて、
どんな方だったのか教えていただけますか。

浦谷

たとえば、田辺聖子さんの『源氏物語』の
挿絵なども描いている方ですね。

岡田さんが有名になったのは、
梶山季之さんの小説の挿絵なんですけど、
橋本さんが『桃尻娘』を書いたとき、
挿絵画家として
まず岡田さんが頭に浮かんだようです。
ただ、当時は岡田さんは大家で、
まだまだ駆け出しだった橋本さんからは
お仕事をお願いできなかった、と。

──

なるほど。

浦谷

でも、それからしばらくしたあとで、
岡田さんが
『サイモン＆ガーファンクルズ
グレイテスト・ヒッツ＋1』
という橋本さんの短編小説集を読んで、
「すごい作家だ。ぜひ仕事をしたい」
と言って、がっぷり四つに組むチャンスを
待望していたそうです。

ふたりのコンビでつくったはじめての本は
『三日月物語』です。
きっと、すごくウマが合ったんでしょうね。
『マルメロ草紙』を見てもわかるけど、
おたがい「丁々発止」ができる間柄だから。

──

映画を見ていても、
現場で、けっこう「直言」してますよね。

ダメならダメってきちんと言うところが、
気持ちいいくらいで。

浦谷

岡田さんが一流の挿絵画家と言われるのは、
文章に書かれていなくても
「こういうことを表現したいんじゃないか」
と汲み取って、絵を描いてくれるから。

挿絵がまったく「説明」じゃないんですよ。

河野

本質を捉えてるんでしょうね。

浦谷

そう。逆に岡田さんは、映画の中で
橋本さんの文章力にショックを受けたって
おっしゃってますよね。

梅の花びらが散るようすは、
画家が絵で描いたら止まってしまうけれど、
橋本さんの文章で表現されると、
ちらちら、ちらちら‥‥舞って降りていく。

──

はい、おたがい尊敬の念を持ってることが
よくわかります、映画を見ていると。

河野

ただ、橋本さんの文章を
そこまで深く汲み取ってくれる画家も、
そう多くないと思うんです。

橋本さんの描写は、近代以降の日本の小説家が
見失ってきた部分に意識を向けている。
つまり、浄瑠璃などの昔の語りものの技法を、
どう現代の物語の中へ溶け込ませていくかに、
意を尽くした人だから。

──

おたがいに、すごい人同士のタッグだったんだ。
あらためてですけど‥‥。

河野

挿絵が単なる「場面描写」ではなく、
言葉の向こう側まで見通してくれる岡田さんのこと、
橋本さんは
同志を得たような思いだったんじゃないかな。

だから、岡田さんとのやり取りを見ていると、
じつに幸福感にあふれている。
橋本さんの気づいていない部分を発見して、
受け止めて、こう返してきてくれるのか‥‥と、
刺激的なキャッチボールだったでしょう。
この『マルメロ草紙』という仕事で、
そういう相手とやっとめぐり合えた‥‥
という感じだったんじゃないかな、橋本さんは。

──

デザイナーの中島さんが、
あの会議の場のクッションになっている感じが、
またよかったです。

浦谷

中島かほるさん、ですよね。

──

現場が混乱しそうになっても、
うまい案を提示して収めてしまうみたいな感じ。

浦谷

いやあ、すごい忍耐力だったと思いますよ。
あんなふたりに挟まれて（笑）。

──

中島さんも８年間、
ずーっとお付き合していたということですよね。

浦谷

そうです。

──

エディトリアルの仕事で、
そんな長期間って空前絶後じゃないでしょうか。

浦谷

橋本・岡田コンビの『歌舞伎絵巻』などの他に
蓮實重彦さんの小津安二郎論なども、
中島さんが装丁を手掛けられているんですよ。

つまり、手ごわい相手とも仕事ができる人です。

──

その頼もしさも、伝わってきました。

ちなみに、お金を出す出版社の側にしてみたら
８年間、何も起きないというか、
いつ終わるかもわからないプロジェクトが続く、
それって、どうなんでしょうか。

河野

まあ（笑）、ある時代の余裕のある出版社では、
そういうことも許されたわけですが、
結局、言ってみれば不採算プロジェクトが
ずーっと継続しているみたいな状況で、
いつまでたってもお金にならないわけですよね。

──

はい。

河野

たしかに、何か大きな全集をつくるときなどは、
10年くらいの期間を見込んで、
どうやって回収していくか生産計画を立てて
ものごとを進めるわけですが、
この場合、ぜんぜん先が読めないわけですね（笑）。

ですから、プロジェクト担当者の立場が弱かったり、
肝っ玉が小さければ、
そろそろどうにかしろと厳しい目で見られて、
潰えてしまう場合も、当然あると思います。

──

そうですよね、ふつうの会社なら。

河野

ただ、集英社には
続けていけるだけの余裕があったんでしょうね。

当時は、まだ『鬼滅の刃』はなかったにしても、
漫画をはじめ他の出版物で潤っていて、
会社から信頼されている編集者が担当もしていて。
巨額の赤字を出してるわけでもないし、
おそらく気長に待ってもらえたんだと思います。

──

何だか凄いことをやってるみたいだというのも、
伝わっていたでしょうし。

河野

大部数を積む漫画のヒット作も大切ですが、
大きなチャレンジをして
画期的な仕事を世に残すということも、
出版社にとっては同様に大事なことですからね。

──

それこそ「財産」になりますよね。
ちなみに、どういう売れ方をしたんでしょうか。

浦谷

定価3万5000円、限定150部で発売されました。
残念ながら、
「話題」としては大きなものにはならなかった。

あれだけ美しい出来栄えなので
もし、海外のブックフェアなんかに出品したら、
きっと話題になったと思います。

河野

本当に。

浦谷

大げさでなく
「世界一美しい本」と言ってもいいと思います。