映画『狂熱のふたり』より

──

先ほども少し話題に出ましたが、映画の中では
『マルメロ草紙』のお話の内容には、
ほとんど、触れていませんよね。

浦谷

数十秒のナレーションの中に入れているだけで、
物語の説明は、していませんね。

「この豪華本のビジュアルがどうつくられたか」
にフォーカスしています。

河野

そこも含めて浦谷さんの潔さ、編集の決断力、
まさに絶妙だったと思います。
でも、そのあたりの迷いはなかったんですか。

浦谷

そこの説明なしで映像をつないでみたら、
これで十分、大丈夫という感じがあったんです。

河野

刈部さんのご自宅に眠っていた映像を引き取り、
編集をはじめて、
今年（2024年）の春に開催された
神奈川近代文学館の
『帰って来た橋本治展』に合わせて完成させた、
ということですよね。

浦谷

はい。編集作業をはじめたころに、
たまたま
編集者の松家仁之さんとお会いしたんですよね。

こういう映画をつくっていると言ったら、
松家さんが
『帰って来た橋本治展』の編集委員なんですと。
だったら、そこで上映会をやりたいと。
つまり、ぼくのほうの側に目標ができたんです。

河野

大変な編集作業だったと思うんですが、
もう「テレビで」とは、思わなかったんですか。

浦谷

出しどころについては、悩みました。

評判になったらテレビに売れるんじゃないかと
言われたりもしたんですが、
テレビで、あの長さは許されないんですよ。
いまは、だいたい「45分」です。
実際の映画は「85分」だから、約半分になる。

河野

なるほど。

浦谷

その長さでは、
観ている人が、まるで、あの場面に立ち合って、
次はどうなるんだろう‥‥って
想像しながら映像を追っていくというつくりが、
できなくなってしまう。

だったら、85分のままでどうにかしたい。
あと、テレビに売ったら著作権が半分取られる。
自分勝手に動かせなくなるんです。

河野

ああ、そうですよね。

浦谷

著作権がぼくだけにあれば、
橋本さん岡田さん関係でオッケーをもらえたら、
どこへでも自由に出せるんです。

河野

いかがですか、かたちにしてみて。

浦谷

残せてよかったなあと思ってます。

作家としての橋本治さんのドキュメンタリーは、
いつかやりたいなあと思っていました。
でも、物語を書いてるところを、
えんえん撮ってもしょうがないじゃないですか。

河野

うん、うん。

浦谷

橋本さんが亡くなった直後、
生前、橋本さんと親交あった人たちが集まって、
橋本さんについて
おしゃべりをする会があったんです。

河野

はい、聞いてます。ぼくは行けなかったんだけど。

浦谷

橋本治という作家と、どういう付き合いをしたか、
みんなでしゃべりあうんだけど、
それが、じつにおもしろくて。
各人の語る橋本治がね、ぜんぜんちがうんですよ。

あれだけ多種多様な仕事をやってきた人ですから、
みんな、それぞれにちがう橋本さんを語る。
これはおもしろいと思って、
そういうインタビューを重ねて
橋本治という巨人を描こうと企画書を書いたけど
これも通らなかった。

河野

そうなんですか。

浦谷

でも、この『マルメロ草紙』の制作過程を
ひとつの映画にできれば、
「橋本さんって、こうでした」みたいな
説明がいっさいなくても、
橋本さんという人がどれだけ巨人だったか、
描けるんじゃないかと。

河野

本当に。

ぼく、この映画に寄せたコメントにも
書かせていただいたんだけど、
この『マルメロ草紙』という稀有な作品は、
「出版という業界がよかった時代の
最後のあだ花にしちゃいけない」
という思いを、つよく持っているんです。

浦谷

そうですよね。

河野

これからの若い出版人には、
この映画を見て、
橋本治・岡田嘉夫という巨人たちに
大いにインスパイアされてほしい。

自分たちも彼らに続けとばかりに、
これくらい
「アホなこと」をやってほしい。

──

出版人よ、アホになれ。心に刻みたいです。

河野

それが、
ふたりの巨人の残したメッセージだと思う。

──

たしかに勇気づけられます。

１冊の書籍をつくるために「８年間」って、
滅多にできないことでしょうけど、
でも、やってしまった人たちがいるんだと
思うだけで、
何だかもう、奮い立ってくる思いがします。

河野

うん。

コスパ、タイパと言われる時代ですが、
仕事ってむしろ、
そんなことおかまいなしに、
８年がかりでやっていいんだと言われると、
やっぱり元気が出ますよ。

──

ふたりの大きな才能が同時代に出会って、
志を同じくしたことも、大きいですよね。

浦谷

作家と挿絵画家の関係の話でいうと、
橋本さんに『ひらがな日本美術史』という
全７巻のシリーズがあるんだけど、
第６巻で
馬琴と北斎の関係が書かれているんですね。
そこで「挿絵画家」については、
橋本さん、こういうふうに言ってるんです。

「作者の書いたものをそのまま描くのは
二流の挿絵画家。
作者の書いたものを読んで、
作者が書きたいと思いながら、
まだ書かれていないものを拾い出し描くのが
一流の挿絵画家だ」と。

──

おおー。

浦谷

その意味で言うと、
岡田さんは挿絵画家として、
橋本さんの文章をそのまま絵にしなかった。

文章と拮抗する絵を描いたんですよ。

──

それが『マルメロ草紙』という本だった、と。

河野

そういうふたりが出会い、
おたがいに、
この人となら真剣に遊べそうだ‥‥と
思い合っていたからこそ、
こんなとんでもない本を
つくることができたんでしょうね。