蔦屋重三郎こと、蔦重！
この男のこと、みなさん知ってますか？
今年の大河ドラマ「べらぼう」の主人公で、
奇想天外なアイデアと行動力によって
江戸の出版業界に革命を起こした人です。
現在、東京国立博物館では
特別展『蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児』が
６月15日（日）まで開催中ということで、
さっそくみんなで行ってきたのですが‥‥
これがほんとうにおもしろかった！
企画を担当した松嶋雅人さんの解説に、
「こんなすごい人が江戸にいたのか！」と、
なんどもワクワクしてしまいました。
松嶋さんと糸井重里の会話を中心に、
そのときのようすをツアー形式でおとどけします！
※会期中展示替えがあります。
詳しくは展覧会の公式サイトをご確認ください。
松嶋雅人（まつしま・まさと）
東京国立博物館学芸企画部長
1966年6月、大阪市生まれ。1990年3月、金沢美術工芸大学卒業。1992年3月、金沢美術工芸大学修士課程修了。1997年3月、東京藝術大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。東京藝術大学、武蔵野美術大学、法政大学非常勤講師後、1998年12月より東京国立博物館研究員。
主な著書に『日本の美術』No.489 久隅守景（至文堂 2007）、『あやしい美人画』（東京美術 2017）、『細田守 ミライをひらく創作のひみつ』（美術出版社 2018）、『蔦屋重三郎と浮世絵「歌麿美人」の謎を解く（NHK出版 2024）』など多数。
- 松嶋
- 浄瑠璃、狂歌につづいて、
蔦重は「黄表紙」とよばれる大人向けの絵物語でも、
たくさんヒット作品をつくります。
- 乗組員Ａ
- 蔦重、すごいな‥‥。
- 乗組員Ｂ
- 歌麿も写楽もこれからなのに‥‥。
- 松嶋
- 黄表紙本の代表的なものだと、
山東京伝（以下、京伝）の
『江戸生艶気樺焼』という物語があります。
寝転がっているのが主人公ですが、
彼は江戸ですごく人気キャラクターになります。
- 乗組員Ａ
- なんだか愛嬌のある顔ですね。
- 松嶋
- 丸っこい鼻が特徴で
「京伝鼻」と呼ばれています。
- 糸井
- 絵本界のタレントみたいになるんですね。
- 松嶋
- なっていきます。
京伝はすごい優男（やさおとこ）で、
商人の息子、市民の出なんですが、
彼の登場は江戸文化の
けっこう大きな転換点でもありました。
- 糸井
- そうなんですか？
- 松嶋
- じつは江戸の文化って
「町民文化」と言われがちですけど、
ほんとうは「武士文化」なんです。
価値観も内容も。
この時代に活躍した作家、
大田南畝も朋誠堂喜三二も、
もともとは武士の出ですから。
- 糸井
- 市民のもとに下りてきた武士ですよね。
- 松嶋
- そうです、そうです。
ところが、京伝は町民の出で
最初に大作家になった人です。
その大きなきっかけをつくったのは、
やっぱり「寛政の改革」があったからです。
つまり、武士が戯作にかかわれなくなった。
- 糸井
- あぁー。
- 松嶋
- 大田南畝は御家人ですし、
喜三二や恋川春町は、
地方藩の武士でかなりの高官として、
江戸で情報交換をする役割を担っていました。
その情報交換をする場というのが、
主に吉原の宴会だったりしたわけですが。
- 糸井
- そうか、そうか。
- 松嶋
- 最終的に「寛政の改革」の影響で、
喜三二、春町ともに、
書いた作品が問題視されて、
ふたりとも黄表紙から撤退します。
- 糸井
- 危ないことをやっていたわけだ。
- 松嶋
- 古典をもとにした話で、
それをパロディにしながら
当時の現代的な状況を刷り込ませていたというか。
- 糸井
- 『忠臣蔵』のスタイルですよね。
- 松嶋
- そうなんです。
それをもっと身近なタイミングでやるので、
時事性がものすごく入ってきます。
批判に感じられてもしかたないというか‥‥。
- 糸井
- 「批判してませんよ」というかたちなんだけど。
- 松嶋
- そういうふうにも読めるけど、
松平定信の政策を揶揄しているようにも読める。
あと、蔦重の出版物が
あまりに市中で評判になるので、
見せしめ的な部分もあったと思います。
- 糸井
- ということは、この頃には蔦重の影響力はもう。
- 松嶋
- 十分にあったと思います。
有名な話で、
このとき蔦重は「身上半減」を
定家から課されたといわれています。
- 乗組員Ａ
- たしか全財産の半分を没収されたと‥‥。
- 松嶋
- いや、いまの学説のひとつに、
「財産の半分」ではなく
「年収の半分」だったんじゃないか
とも言われています。
- 乗組員Ａ
- 年収の半分？
- 松嶋
- それくらいじゃないと、
直後の浮世絵出版はさすがに無理だと思います。
本来はそこまで厳しくしないんです。
たかが版元というか、町民がやってることなので。
本気でやりませんよ、武士は。
- 糸井
- やったらみっともないですね。
- 松嶋
- 町民に対してはそうですね。
ただ、春町は秋田藩の高官でしたから、
藩主に「筆を折れ」と迫られます。
さらに松平定信にも
「登城して、説明しろ」と言われ、
そのあと春町は登城する前に急死します。
なのでおそらく自殺じゃないかと‥‥。
- 糸井
- あぁーーっ。
- 松嶋
- このあたりはこれからの
「べらぼう」に出てくる話だと思います。
その回はまたすごく泣けるでしょう。
- 乗組員Ａ
- つづきが気になります（笑）。
- 松嶋
- 私は脚本しか読んでいませんが、
それでもビリビリ来てます。
森下脚本は、もう強烈ですよ。
- 糸井
- そうですか（笑）。
- 松嶋
- そういう意味でも、
大河ドラマと展覧会を同時にたのしめるのは、
なかなかない経験だと思います。
歴史人物たちの運命を変えた
本や浮世絵が見られるわけですから。
- 糸井
- 出版統制がはじまったあとも、
蔦重はヒット作を出しつづけるんですか？
- 松嶋
- 寛政の改革のあと、
蔦重は出版物のテーマを変えていきます。
この頃になると、
曲亭馬琴や十返舎一九が出てくるタイミングで、
武者絵本や中国小説を背景にした読本など、
真面目なものをつくりはじめます。
- 糸井
- ためになるほうに行くわけだ。
- 松嶋
- 蔦重はこの頃、書物問屋にも加入して、
学術書なんかの
情報の塊のようなものを出版しはじめます。
それが結果的にではありますが、
この江戸後期の一般市民のなかに、
学術的な知識・リテラシーが
さらに広がるきっかけになっていきます。
- 糸井
- ひゃーー（笑）。
- 松嶋
- もともと日本は極端に識字率の高い国です。
もうこの時点で地方も含めて
９割近く文字が読めていますので、
文芸も含めて知識的な分野の底上げが
すさまじく上がっていくんです。
- 糸井
- 民度を上げちゃったんだ。
- 松嶋
- ものすごく上がりました。
ヨーロッパ諸国より、
この時期の日本のほうが
まちがいなく高かったと思います。
- 糸井
- ヨーロッパは貴族や上流階級の人たちだけですよね。
- 松嶋
- 富裕層のリテラシーは高いのですが、
一般市民は文字の読めない方が
まだいらっしゃるような時代なので。
- 糸井
- 江戸は、町人が本を読みますからね。
- 松嶋
- 戯作本はひらがなが中心ですので、
挿絵付きだと子どもたちでも読めちゃいます。
- 糸井
- はぁーーっ。
- 松嶋
- あと、これは余談になりますけど、
こんな小さな本にびっしり文字を刷るわけですから、
彫り師の技術がどれほどすごかったか。
- 乗組員Ａ
- あっ、これぜんぶ版画ですもんね。
- 乗組員Ｂ
- この線の細さを彫るのか‥‥。
- 松嶋
- 江戸浮世絵の復刻を手掛ける
「アダチ版画」さんの話によると、
当時の線は筆で書けないくらいの細さなんですって。
- 一同
- えぇーーっ！
- 糸井
- 刃物だからできちゃう。
- 松嶋
- 彫刻刀のほうが細い字を書けるって。
しかも冷静に見ると、
文字部分は板を「彫る」のではなく、
「彫り残し」なんです。
- 糸井
- そうだ（笑）。
- 松嶋
- だから黒い文字になるわけで、黒地に白じゃない。
- 糸井
- そのドキュメンタリーが見たいね。
彫っているようすを再現してみたい。
- 松嶋
- アダチ版画さんに話をお聞きしたら、
「文字を見て彫るというより、全体の感覚で彫ってる」
というふうにおっしゃっていました。
そもそも江戸時代に拡大鏡なんかないですから。
- 糸井
- もう絵描きなんですね。
- 松嶋
- 目で見て彫ってるんじゃないと。
感覚でやってると。
（明日につづきます）
2025-05-30-FRI
